第81回フリーワンライ『凍れるレディに口付けを』

お題:全部
奪われても尚綺麗なままで
微睡む瞳に落ちる温もり
雨宿り
唇伝うは、甘い唾液
お人形みたい


ジャンル:オリジナル SF 白衣の男


前回(『凍れるレディとお茶会を』)の続き物ですが、この話だけでも独立して読めます。






 轟音と共に、一台の宇宙船が空港に降り立った。巨大な船体の脇腹には、宇宙で共通の、医療関係を表すマークが一つ。
 やがて宇宙船から降り立ったのは、一人の男性だった。駆けつける空港職員に指示を出し、船体から何かを運び出させる。シングルベッドより一回り大きく、細長く、透明なドームで覆われた――近未来の棺桶のようにもみえる箱。そしてそれに引き続く何台もの機械。本来なら貨物室に置かれるようなそれを、まるで繊細な砂糖菓子のように、職員たちが手ずから丁寧に運び出す。
「さあ、麗しのレディ。お茶会の会場に到着いたしましたよ」
 棺のような箱に寄り添いながら、男は口許に笑みを浮かべた。見る人によっては狂気を感じ取り、また別の者が見れば楽しげに笑んでいるような、不思議な表情を男は作り出す。
 ドームで隔たれた小さな世界には、女性が一人横たわっていた。ほんのわずかに口許は弧を描き、今にも開いて動き出しそうな不思議な瑞々しさを保っている。冷凍睡眠によって体の自由を奪われても尚綺麗なままで、女性は十数年の時を、この箱の中で過ごしてきた。
「かの領主からお預かりした、大切なご令嬢だ。最高のおもてなしをいたそうではないか」
 男は思い出す。娘はやらん、と、頑として男の申し出を突っぱねたそのさま。張られた頬は数日痛んだ。それでも、へりくだり、脅し、美辞麗句を並べ立て、令嬢をこの惑星へと連れてくることに至った。
「実家は裕福、豪奢な身なり、ほっそりとした腕、しなやかな体。微笑み眠るさまは白雪姫のよう。――加えて、十数年前の発病状態をそのままに維持している、世にも貴重なお方だ。間違っても失礼などないように」
 指示の合間、息を継ぐ間もなく言葉を紡ぎ続ける男に、周囲は呆れながらも従う。白衣にシルクハットという姿。このような立ち振る舞いでも、ある界隈では著名な研究者らしいのだ。
空港に乗りつけられた巨大な輸送車両に、冷凍睡眠の装置を乗せる。男はこともなげに運転席に乗り込むと、自動運転のシステムを操作し、目的地を設定する。
「さあ、レディ。お茶会の席まで、楽しいドライブと洒落込みましょう。まあ、宇宙を駆ける船で、すでにご一緒はしておりましたがね」
数時間の車中、男は語りとおす。宇宙船の中で語ってもなお飽き足らず、何度も何度も、令嬢の病名、視診による現在の状況、薬の開発過程、治療技術の上達過程、治験の結果、その他――病気に関する論文を、最初から最後まで一言一句違わず語り終えたところで、ようやく車は止まった。
 巨大な玄関ホールにずらりと待機していたのは、純白の服をまとった看護師や医師たち。男は次々と指示を出し、令嬢と冷凍睡眠装置を運び出させる。ドームの中を覗き込んだ女性看護師たちが、まあ、お綺麗、お人形みたい、と次々に声を上げた。
「さあさ、こうしている暇はありません。すぐにレディの目を覚まし、治療に映るのです」
 三々五々、自分の持ち場へつかせると、男は再び口元ににんまりと笑みを浮かべた。
「さあ、レディ。お目覚めの時間ですよ」


 惑星で気をもむ領主の下に、令嬢の治療が成功したと連絡が入ったのは、令嬢が出立してからちょうど一週間後の事だった。
 仕事をすべてキャンセルし、領主は宇宙船を貸し切り乗り込む。領主が住む惑星から、娘が運ばれた医療の発達した惑星まで、片道六日間の旅路。その間も、次々と治療の過程のデータが送られてきた。手術室や診察室には監視カメラがついているらしく、時折動画や写真が混じる。惑星間通信はまだ時折ノイズが入ることも多く、テキスト以外のデータは取得に時間がかかり、領主を何度もやきもきさせた。
 宇宙船が空港に到着し、ハッチが開くが早いか、領主は転げ出るように降り立った。すぐに呼び立てていたタクシーに乗り込み、病院を目指す。
 最上階、フロアの半分を占める巨大な白い病室に、娘の姿は会った。柔らかそうなベッドの上に体を起こし、窓の外を眺めていた目が、領主へと向いた。その横には、かの男が付き添っている。室内でもシルクハットを脱がないそのさまは、白い世界の中で一層異様に見えた。
「お父様」
 柔らかな瑞々しい唇を動かし、可憐な声で、令嬢が声を上げる。次の瞬間、令嬢の体は領主の腕に包まれていた。令嬢の微睡む瞳に落ちる温もりは、どちらの涙だったか。
 いつまでも離れようとしない父娘にしびれを切らしたのか、男は割って入るとぐいと令嬢を引きはがす。
「やれやれ。感動の再会は喜ばしいものですが、ご令嬢はまだ病み上がりですぞ。さあ、ご無理をさせないように。おや、レディ、お顔が濡れております。お茶会は中断して、雨宿りいたしましょう」
 白衣のポケットから白いハンカチーフを取り出すと、男は令嬢の顔を恭しく拭く。何とも言えない表情で眺めていた領主の手元で、通信装置が着信を告げた。
 送られてきたのは、膨大な量のデータ。惑星間通信で送り切れなかったものが一気に到着したらしい。最新のデータを開き、領主は固まった。
 一枚の写真に写っていたのは、男が令嬢に口付ける姿。唇伝うは、甘い唾液。その様子までも鮮明に写し取られている。
 領主の顔が、次第に歪み始める。その様子を目にしてか、男はこともなげに、楽しげにつぶやいた。
「麗しいレディの目を覚ますには、口付けが一番でしょう?」
 数秒後、男の体が宙を舞った。






お茶会どっかいった。アリスから白雪姫になった。
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