第80回フリーワンライ『凍れるレディとお茶会を』

第80回フリーワンライ『凍れるレディとお茶会を』


お題:全部
なごり雪
今宵貴方を攫います
真っ白な世界の優しさに
暗いお部屋の中
気違いのお茶会


ジャンル:オリジナル SF てんやわんやの大騒ぎ


1489字






『親愛なるレディ
 暗いお部屋の中に一人きり、息が詰まってしまうでしょう。固く閉ざされた鳥籠から、今宵貴方を攫います。貴女に白を見せてあげましょう。どうぞご準備を』


 宛名に令嬢のフルネームが書かれ、ご丁寧にも切手無しでポストに入れられていた封筒に、朝から屋敷中が大騒ぎだった。
 領主の命によって封は開けられ、令嬢の手には渡ることなく、直ちに科学調査機関へと回される。指紋、DNA、紙の材質、インクの種類、含有している微細な物質――どの惑星、あるいはコロニーで作られ、書かれ、送られてきたのか。
 上を下への大騒ぎの中、領主は取り囲む執事たちを追い払い、娘の『部屋』へと向かう。大きく扉を開け放って電気を付けると、どこから忍び込んでいたのか、埃が舞い上がった。ライトの白を受け、なごり雪のように儚く、きらきらと光る。
 灰色の部屋のさらに奥、機械に囲まれ、透明なドームで覆われた、一つの寝台。そこで眠るうら若い女性は、もう十数年も目を開けていない。
 ドームの上から、瑞々しい唇と、白い頬を眺める。このドームが開いた瞬間、コールドスリープ機能は緊急停止し、彼女を包む化学物質は消え去り、そして彼女の肉体は、滅びる。
 これは鳥籠などではない。彼女の「命」を、肉体を守り、いつの日か訪れるであろう目覚めを待つ卵の殻なのだ。
 歯ぎしりをしながら、領主は壁を見遣る。そこに貼られた写真には、まだ若かった領主と、その腕にしがみつく娘。突然に彼女を襲った病は、この惑星、いや、どの宇宙を探しても、当時は治すことができないものだった。治療法が見つかるまで、宇宙長期航海の技術を応用した冷凍睡眠――何十年かかるかもわからない一縷の望みに、彼らはすがったのだった。
 かくして冷凍睡眠自体は成功し、令嬢は今、一人静かに眠りについている。奪わせてなるものか。領主はもう一度歯噛みし、部屋を後にする。

 部屋の前には厳重な警備を。
 敷地内の巡回は最大限に、野兎さえも追い払え。
 宇宙空港、ジャンクション、全てに手を回せ。
 惑星警察、惑星軍、動かせるものはすべて動かせ。
 怪しい者を、この敷地に、娘に、一歩たりとも近づかせるな。

 そうして迎えた宵のとばり。
 恒星が地平線に沈んでも、星が場所を移り変えても、怪しい人影は姿を現さない。
 支給された暖かな飲み物と菓子を手に、メイドも執事も見張り番。あちらへこちらへ走り回る人、眠らないように話し続ける人。まるで絵本の中に出てくる、気違いのお茶会のようだ、誰かがそう呟いた。
 もう少しで日付が変わる。あれは虚言だったのだろう、良い人騒がせだ。誰もが思い始めた瞬間、領主が声を上げる。
 指さす先には、シルクハットをかぶった白衣の男。
「豪奢な歓迎、痛み入ります。ご令嬢をお迎えに参りました」
 そう言って差し出したのは、身分証明書と分厚い書類。書類の表紙には、娘を蝕む病名が、大きく書かれていた。
「我々の惑星で、治療法が見つかりました。どうぞご令嬢を、わが星の病院へ」
 シルクハットを手に持ち、仰々しく首を垂れる男。
「わが星の医療技術は宇宙一。高名な医者、親切な看護師。精密な器具、清潔な院内。純白を基調とした、特別な病室をご用意いたしましょう。真っ白な世界の優しさに、ご令嬢は喜ぶこと間違いなし」
 沈黙が降りる。伸るか反るか、屋敷中の眼が領主に向いた。
「今すぐここを発てば、我々の惑星に着くのは六日後の午後六時。ご令嬢が目を覚ますのは、その翌日の午後六時」
 歌うように続ける男に、領主は絞り出すように問う。
 何が望みだと。この騒ぎは何事かと。
 男は楽しげに答えた。水銀に輝くシルクハットを手に。
「麗しいレディとお茶会をしたく」

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