第71回フリーワンライ『星月夜に聞く物語』

第71回フリーワンライ『星月夜に聞く物語』


お題:全部
月と星と人間 この3つを使った三角関係
赤い糸
神様の悪戯
嘘に紛れた宝石を
囚われたのは王子様



ジャンル:西洋ファンタジー 王子様


5分ほどオーバーしております。




「さあ王子様、夕食後のお勉強を始めましょう。今晩は、隣の国で用いられる公用語の読み書きを――」
「いやだ、僕は星の勉強がしたいのだ」
 教育係の笑顔と猫なで声をばっさりと切り伏せて顔を背けると、王子はぷうと頬を膨らませながら、大きな窓から夜空を仰いだ。背後から、大きなため息とともに、教育係の言葉が飛んでくる。
「王子。我儘を申してはなりません。貴方様はいずれ、この国を統べるお方になるのですよ」
「僕が大人になるまでに、国が存続するかどうかなんて、わからないではないか。だったら月と星の勉強をする方が、なんてったって現実的だい。この国と国の民に、今まさに必要とされているんだから」
 大人びた言葉と子供らしい言葉遣いが混ざり合った、少し背伸びをしたような言葉。声変わりを間近に控えているからこそ、その言葉遣いが彼に良く映える。
 漆黒の森の上に広がった、やや青みを帯びた濃藍の空。そこには白く輝く三日月が、上の刃先は天の頂上を、下は森をえぐらんと佇み、小さな視界一杯に広がる夜の空を二分割している。
 そして、丸みを帯びた月の刃の内側に、小さく光る点がぽつり。
「ほら、星がまた今日も近づいた。あと何日で、この国に到着するんだい。さあ、天文所の博士たちを呼んできておくれ」
 星の輝きに碧の瞳を囚われたまま、王子は追い払うように、後ろへと手を振った。開かれた窓からちりりと冷たい風が吹き込み、肩まで伸ばした金の髪と、胸元のリボンを揺らす。
「王子様、天文学は昼間と決まっておりまする。今この時間、まさに天文所は大わらわなのですから」
「だから早く、王宮のてっぺん……ごほん、屋上に、観測所を作れと申しておるのだ。国で一番高い建物なのだから、観測にはぴったりではないか。――天文所がだめなら、そうだ、森の魔女たちだ。あの者たちを呼んで来い」
「王子!」
 ぴしゃり、と大きな声が聞こえ、王子は肩を竦めた。恐る恐る振り返ると、教育係が両腕を組み、冥府の王もかくや、といった表情で構えていた。
「あの嘘つきの者たちを王宮に入れるなど、あってはならぬ事。ましてや、このような夜に、一国の王子と謁見しようとは」
「謁見じゃないやい。学問を教えてくれる先生としてだ。それに、頭のかったい大人たちには嘘にしか聞こえなくとも、中には真実の宝石が紛れているかもしれないではないか」
「王子」
 教育係の声が、一段低くなった。こうなると、王子が何を言っても、聞き入れてもらえる可能性は薄い。
「……わかった」
 ふい、と顔を反らし、王子は再び夜の空へと顔を向けた。ややあって、ふう、とため息が一つ聞こえる。頑として振り返らず、目が痛くなるまで見開き、月と星に目を凝らす。もう一度ため息が聞こえた後、歩み寄る足音が聞こえた。
「…………では王子、私も譲歩いたしましょう。今宵は、歴史の勉強にいたしましょうか」
「歴史? だから、僕は――」
「歴史と申しても、ここ数か月。かの憎き星が現れた頃からの史実を、図書室にて読み解くのはいかがでしょう。王子が文字にお目通しいただくことさえも一苦労なようでしたら――そうですね、ばあやに『読んで』いただくのは」
「……行く」
 窓枠から、凭れかけていた体を起こし、王子は振り返った。にんまりと笑みを浮かべる教育係には目もくれず、かすかに頬をふくらましながら、広い自室を横切り、扉に手をかけた。


 図書室を開けると、かびと埃の混ざった古書の香りが鼻をついた。きらきらと細かな埃が月光に舞う中、奥に腰かけていた女が顔を上げる。
「まあまあ、わたくしの愛しい王子様」
 ほんのわずかしわがれた声は、それでもなお凛と通る。黒の質素なワンピースをひらりとなびかせ、恭しくカーテシーをした。きっちりと結い上げられた白銀の髪は、首を垂れようとも、一筋たりとも動かない。
「夕餉はおいしゅうございましたか。して、かような時間に、王子はいったい何をお探しですの」
「ばあやに用があって来た。この国の、つい最近の歴史――星が現れた時から現在まで、を語って……読んでほしい」
 王子が早口に告げると、ばあやと呼ばれた老女は、微笑み一つ頷いた。
「畏まりました。どうぞ、おかけください」
 先ほどまで自分が腰かけていた椅子の向かいを掌で指し示すと、老婆は一足先に、自分のロッキングチェアへと腰かけた。王子も向かいの木椅子に腰を下ろし、教育係がその後ろに控える。
 老婆が手を重ねたのは、分厚い本。表紙を開くと、質の良い羊皮紙にびっしりと文字が書きこまれている。
「さて、王子。星が現れた日から、ですわね。お読みいたしましょう」
 老婆ははらはらと羊皮紙をめくると、一か所で手を止めた。
「時は遡ること数千年。昔から、わたくしたち人の子と、月とは、赤い糸で結ばれておりました。月の灯りは私たちに淡い光と安らぎをもたらし、我々は月を見上げては祈りを捧げる。そうして、我々と月は仲良く暮らして居ったのです」
 ゆるり、ゆるりと骨ばった指が、羊皮紙の文字を追う。けれども老婆が語る言葉は、記された文字よりもはるかに多く、長い。
「ところが、そこに嫉妬をしたのがかの星。我々と仲良くしたいと、月の合間から顔を出し、わたくしたち人の子へ、一直線に近づいてきたのでございます。さて、馬も星も、急には止まれぬもの。かの星は、どうやらこのままでは、我々の国に勢いよく飛び込んできそうなのでございます」
 もはや指で適当な文字列を追うこともやめ、老婆は語る。膨大な資料と事実を元に、その頭の中で編み上げられた物語を。
 王子は静かに傾聴しながらも、そっと碧の視線を外し、老婆の奥に見える窓、そこから覗く月と星とを眺めていた。



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