第67回フリーワンライ「挽歌」

第67回フリーワンライ「挽歌」


お題:
つき(変換可)
 →槻
 →月
 →〜につき
 →嘘つき
布団のぬくもり
虹色の鉱石
ジャンケン
息を吸うように 息を吐くように



ジャンル:オリジナル SF 夫婦


1982字




会いに行こう。
槻の木の下に眠る彼女のもとへ。


「持ち帰り可能な鉱石は、一人につき十個まで」
 あれは、そう、家族と参加しに行った、鉱山惑星の鉱石拾い大会。岩陰に隠れるように落ちていた虹色の鉱石を、二人同時に手に取ったのが、私と彼女との出会いだった。重なった手の柔らかさは、今でも思い出せる。
 はにかんですぐに手を引っ込めた彼女の横顔に、私はくぎ付けになった。月のように真ん丸な、エメラルドよりも美しい緑の瞳。白磁のような肌。彼女も私の事を、じっと見つめ返していたように思う。何分見つめ合っていただろうか。
「これ、……どうぞ」
 手に取っていた鉱石を差し出すと、彼女は慌てて首を振った。結構です、どうぞ。と。銀線で作られたハープのように、柔らかく高く響く声が、私の心に染み込んできた。
いや、どうぞ、れでぃーふぁーすとで。いいえ、先に手に取ったのは貴方ですもの。じゃあ、ジャンケンしましょう。そんな、お気になさらず。私は、他を探しますから。
 押し問答の末、すっと立ち上がろうとする彼女を追って、自分も立ち上がった。その拍子に、手から虹色の鉱石が零れ落ち、下の硬い石に当たった。手のひら大だった鉱石は、ぱきり、と音を立てて、真っ二つになってしまった。もう彼女の目を見ることもできなくて、私は鉱石を二つ拾い上げると、彼女の細い手首をつかみ、鉱石の片割れをその小さな手のひらに乗せて、無我夢中で駆けだしていた。彼女から逃げるように。今思い返せば、なんと純朴だったのだろう。
 その後の悶々とした気持ちも、大会終了後には解消されることとなった。何せ、鉱山惑星から出立するには、全員同じ発着場から、輸送船に載らなければならなかったのだから。三つのコロニーが合同で主催していたからか、発着場はとても混雑していた。その中で、家族らしき人たちと同じ輸送船に向かって歩く彼女を見かけた時は、これは運命だと思ったものだ。
 偶然を装って彼女の近くに座り、たまたま目が合ったふりをして、小さく頭を下げ合って。
 恐る恐る虹色の鉱石の欠片を目線の高さにまで持ち上げ、視線を送る。相手も同じように鉱石を掲げ、にこり、と微笑みを送ってくれた時には、天にも舞い上がる心持ちだった。

 そうして数年後、コロニーに一つしかない高等学校で再開した私たちは、半ば運命のように惹かれあった。
 初めてのデートは、コロニーの中の自然公園だった。
「この木ね、なんて言う名前か、知っている?」
「いや、知らない」
「欅の木、よ。昔の人は、この木を神聖な樹として、崇めていたんですって」
 この花は、チューリップ。この草は、レモングラス。
 植物に疎い私に、噛み砕いて教えてくれる彼女の顔は、とても楽しそうで。そんな彼女の手に自分の手を重ねると、細くしなやかな指が、握り返してくるのがわかった。
 卒業してからも二人の関係は変わることなく、私たちは若いカップルが直面する試練を乗り越え、愛をはぐくみ、そうして家族となった。
 真新しく支給された家族用の居住空間には、いの一番に、割れ目がぴたりと重なるように、あの虹色の鉱石が飾られた。
 数年の後には待望の子も授かり、幸せの絶頂だった。
 花と笑い声の絶えない二人。
 息を吸うように、息を吐くように、自然に寄り添いあう幸せな家族。

 そんな日々が永遠に続く、と、思っていた。

 彼女にそっくりな緑の瞳の息子がこの世に生まれ落ちて、数日も経たない時だった。
 彼女はひどく高い熱を出し、そして、そのまま、この世から去っていってしまった。

 彼女の最後の言葉は、一言一句違えず覚えている。
「明日には熱も下がるでしょうから、欅の木を見に行きたいわ」だった。
 彼女は最後の瞬間だけ、嘘つきだった。
 嬰児を抱え、棺で眠る彼女と数日間を過ごした。
 昼は泣きあかし、夜はまんじりともせず彼女の白い顔を眺める。体を横たえても、ついこの間まであった布団のぬくもりが、背中にないと気づいてしまった瞬間、涙が零れ落ちて止まらなくなる。
 数日が経ち、別れの日が訪れた。コロニーに人を埋葬するスペースはない。彼女の亡骸は、近くの埋葬用惑星へと送られることになった。
 彼女の棺が輸送船へ乗せられるその日、私は心労からか、身動きの取れないほどの熱を出していたらしい。人に聞くと、前日に買っていた欅の苗木を差し出し、これを彼女の傍に植えてくれ、と譫言ながら懇願していたそうだ。
 そうして、彼女を見送ることもなく、私は彼女と離れ離れになった。埋葬用惑星のどの空間に彼女が送られたのか、それを知ることもできず、空虚なままに私は幼子と生きていた。
 そうして今日、ようやく、知り合いが一通の手紙を届けてくれた。彼女が眠る地区を調べ上げてくれたらしい。
 家族である証明を行えば、埋葬用惑星にも、降り立つことができると。

少しだけ、足踏みをしてしまったけれど。
会いに行こう。
そこに彼女は居ないと知っていても。




万葉集巻2-210 柿本人麿の長歌を土台にしています。
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