第65回フリーワンライ「凍れる惑星」

第65回フリーワンライ「凍れる惑星」

お題

ひとひら紅葉
天雷
雨の匂い
偽りの花嫁
ミランコビッチ・サイクル


ジャンル:オリジナル SF


1207字




 かつて地球の物理学者が考え出した「ミランコビッチ・サイクル」なる計算式によると、この惑星は間もなく氷河期を迎えるらしい。
 誰がそんなことを信じるだろうか。花は咲き乱れ、鳥は歌う。雨の匂いが森を満たし、眩しい日差しが降り注ぐ季節が終われば、ひとひら紅葉が掌に落ちる。雪は降れども、せいぜい子供が雪だるまを作って遊ぶ程度。
 何もせずとも清水が沸き、森には豊かに果物が生り、動物たちは警戒心もなく人間にすり寄ってくる。
「辺境のオアシス」と呼ばれるこの星が、まるまる凍り付くなど。
 論を打ち出した学者は、はるか遠くの無人小惑星へ追放された。
 そうして人々は、なおも享楽に耽る。
 堕落と怠惰な毎日が、人々を鈍感にする。気づいたときには遅かった。毛皮に包まってもなお防ぎきれない寒波が、人々を襲う。
 打つ手もない人々は、吹きすさぶ吹雪を目にし、おののいた。凍れる天雷だ、怒れる神々の断罪だと、震えあがり許しを乞う。
 しかしそれも、口先だけの願い。逃げ出すための宇宙船を作ることも、長い氷期を生き延びるためのシェルターも、冷凍睡眠の方法も。手段はいくらでもあれど、緩み切った体は動くことなく、ただただ近くの惑星へと助けを求める。受け入れ不可の返答が届いた頃には、海面が数メートル後退していた。
 星は凍り続ける。全てを閉じ込めて。花は枯れ、歌声は絶えた。
 沈没する大型船に乗り合わせたかのように、気だるい諦念が星の住人を包む。
 そうして、開き直った暴虐が、哀れな星を席巻した。
 ありとあらゆる犯罪がまかり通る。妬み、怒り、犯す。強きは助けられ、弱きはくじかれてゆく。
 偽りの花嫁は富豪から紙切れ同然の金をだまし取り、凍りゆく海へと投げ込む。
 希少な肉は、全星規模のバーベキューで食べつくされた。
 そうして人々は空に祈る。来世は、幸せになれるようにと。


「という、伝説が残る星らしいのだが」
 小惑星に降り立った探検家が、地図を広げるもう一人の男に声をかける。
「確かに文明の残滓は見受けられるな」
 男たちの足元には、家の屋根の一部。氷に覆われ、地面は目下はるか。
「で、だ。なんでまた、ここの人類は、そんなに幸せに暮らせたんだ。いや、暮らそうとしたんだ。この惑星の離心率がとんでもない事だなんて、ちょっとコンピュータに打ち込めばすぐに調べられるはずなのに」
「それはまあ、この惑星の環境が偶然地球に近かったときに、偶然移民船がこの近くを通りがかって、偶然故障して、偶然うまく着陸出来て、偶然植物が根付いて、……」
「ああ、もう良い。所詮空想に過ぎない」
 地図を持った男が手を振り、話を遮る。探検家の格好をした男は辺りを見回し、ひとつため息を吐いた。
「さて。俺たちも緊急着陸したわけだ。おかげ様でとでも言おうか、水は存分にある。動物性たんぱく質も、多分この氷の下に。……どうする?」
「そりゃ、な」
 声をかけられた男は地図を仕舞い、宇宙船へと戻る。
「……たしか、ドリルがあったよな」

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