第64回フリーワンライ「GCAT184の子供達」 お題: ダブルレインボー 破れた手紙 グラウンド 立体印刷可能性 百一匹目のサル ジャンル:オリジナル SF 白衣の博士 2502字 『報告書 2XXX年X月X日 学校のグラウンドで遊んでいた子供が一人、突然に不可解な踊りを始めた。 遠巻きに眺めていたほかの子供たちも、何かが乗り移ったかのように同じ動きをはじめ、いつしかグラウンドは、マスゲームのように、壮大な大演舞場となっていた――』 電子データで送られてきた報告書を印刷にかけ、男は大きな背もたれに寄りかかった。アンティークな椅子が、ぎしりと音を立てる。 「――どこまで広がるのかね、この現象は」 男が小さくつぶやく。彼の手元には、同じような文体の報告書が、数枚置かれていた。最も日付が早い一枚の報告書を手に取る。そこには形式ばった文章とともに、数枚の写真が添付されていた。 おそらくグラウンドの監視カメラを引き延ばしたのだろう、不鮮明に写る一人の少年。それを眺めやりながら、男は据え置き電話の受話器を持ち上げた。 「私だ。一番初めに『踊り』を始めたガキについて、わかる奴を出せ」 光速にして数分の時差を交えながら、情報がやり取りされる。 受話器を置いた男は、確信と満足に満ちた表情で、小さく頷く。立ち上がりながら、再度受話器を持ち上げ、建物内の宇宙船発着場へとつなぐ。 「船を用意しろ。直接確認しに行く。――百一匹目のサルをな」 乱暴に受話器を投げ置き、男は白衣を翻しながら、部屋を後にした。 宇宙船は光の速さで宇宙を行く。周りの星々がにじみ、スターボウ<星虹>が眼前に広がる。確か地球では、虹が二つかかる「ダブルレインボー」は幸運の前触れである、という伝説があると、何かの機会に聞いた気がする。ならば、虹が幾重にもかかったようなスターボウを抜ける自分には、いったいどれほどの幸運が訪れるのだろうか。 などと感傷じみた考えを振り捨て、男は正面の惑星を目指す。 惑星の発着場に降り立つと、男の眼は近づいてくる集団を捉えた。互いに目配せを交わし、さりげなさを装いながら合流し、発着場に横付けされた車へと乗りこむ。 「ガキは」 「調べました。やはり、博士のおっしゃる通りでした」 「そうか」 同乗者の一人から書類が手渡された。履歴書のような表紙に貼られた写真を眺めやり、博士と呼ばれた男の口許に笑みが浮かぶ。 清潔で広い大通りを、車はひた走る。男の住む惑星とは雰囲気を違えた街並みや、道行く人々に時折視線を送りながら、男はぶ厚い書類へ目を落としていた。 「着きました」 声をかけられ、顔を上げると、広い敷地が目に入った。チャイムが鳴り響き、子供たちが飛び出してくる。下校の時刻なのだろう、迎えの車が、建物の前にずらりと列を作っていた。 「その子供には、帰らぬよう伝えてあります」 男が口を開きかけたところで、同乗者が先手を打つ。満足そうに頷くと、男は書類をひとまとめにした。 「行くぞ。早く顔を見たい」 「かしこまりました」 運転手に横柄な態度で挨拶をし、男と同伴の者たちは、重々しい雰囲気の建物――学校へと進む。 教職員と思しき女性の丁重なもてなしを突っぱね、博士は開口一番、子供を出すように告げた。一瞬の緊張と沈黙の後、校長室の場所が示される。 がちゃりと音を立て、校長らしきスーツを着た男性が立ち上がるのもかまわず、男は腰かける子供の肩を掴んだ。そのまま頭を掴み、上を向かせる。 「ナンバーは」 「――遺伝子No.GCAT184。製造No.3341-5」 子供の口から、すらすらと英数字が述べられる。同伴者に視線で合図を送り、メモを取らせる。録音機のスイッチが入る音が、かすかに聞こえた。 「お前が、百一匹目のサル――、GCAT184情報伝播事象の、惑星越え第1号、か」 人間の立体印刷可能性。 絵空事に過ぎなかったそれを、倫理や道徳、技術的な問題をすべて乗り越え――あるいは無視し――成功させた第一人者は、博士と呼ばれたこの男だった。 轟々たる批判を浴びながらも、やがてそれは、苛烈な環境変化に対応する遺伝子の発見と同時に、次第に人々の間へと浸透していった。惑星開発には、シビアな環境にも耐えられる、代替可能の人材が、必要不可欠だったからだ。重い資材や機械を運ばなくとも、食料を与えるだけで動く。特殊なメンテナンス技術も必要ない。ある程度の年齢まで、数人に一人、ナニーを付ければよい事だ。 何より、立体印刷ということは、遺伝子がすべて同じ――ある種、クローンと等しい存在だ。病気のなりやすさ、寿命、おおよその予測がつく。 もっと言ってしまえば、元となる人間や細胞すら必要ない。シャーレの中で遺伝子を組み立て、あるいは優秀な遺伝子情報をセットし、スイッチを押せば、数時間で「完成」する。 そうした理由で、各惑星では、大量に立体印刷人間が「製造」された。 今男の目の前に居る少年も、その一人ということだ。 目下、惑星間で話題となっている「踊りの伝播」という事象。それを引き起こしているのが、GCAT184と呼ばれる遺伝子を持つ子供達である。男の仮説が、今目の前で確認された。 「お前は、突然踊りを始めたといったな。それは、どこで覚えた。いや、どこから受信した」 「……わかんない。頭の中にね、こうやって踊るんだって、浮かんできたんだ。だから、踊ろうって思ったの」 拙く話す目の前の子供は、まだ10歳に満たないくらいだろうか。幼年期だからこそ、伝播が起こったのか。男の中に、新たな仮説が立つ。 「そうか。――では、お前に課題を与える。今ここで、何かを念じろ。強くだ。学校の建物を超え、惑星を超え、宇宙全部に広がるように」 「何か?何かって、何?」 「難しいか。なら」 男は、少年の傍に置かれた荷物を手に取った。中を漁り、一つの手紙を取り出す。 「だめ、それは、ソリドにもらったの」 少年の悲鳴交じりの抗議も聞かず、男はその手紙を封筒ごと破り捨てた。 少年の鳴き声が、校長室にこだまする。 「そうだ、泣け。手紙をくれたガキの事を想え。強く、強くだ」 破れた手紙を少年に向かって放り投げ、男は踵を返した。 「隣の惑星へ行く。そこに居るGCAT184遺伝子のガキが泣いていたら、仮説は実証される」 同伴者に告げながら、男は部屋を後にした。 [目次] [小説TOP] 23 |