創人ギルド作品「あの夏、私は少年だった。」

8月2日に行われた、創人ギルド(公式サイト)にて執筆した作品です。

各自3つのお題を出しあい、55分の時間制限の中、ランダムで選ばれた3題を用いて自由に創作しよう、というワークショップでした。


冴凪が引いたお題:
「ジュブナイル」
「カルピス」
「メーデー」

(ちなみに、出したお題は「スペースデブリ」「祭」「あなたの○○」でした)



初稿:1551字(こちらからどうぞ)
改定後(以下本編):3796字


ジャンル:オリジナル 現代〜近未来 SF かつての少年







 ジュブナイル小説を読むのが、夏休みの楽しみだった。
 読みながら、その世界に入り込んでいく感覚が、大好きだった。自分も冒険隊やクルーの一員になって、広大な世界を駆けまわる。
 小学校最高学年だったその夏、私は宇宙探検隊の隊長だった。


 真夏の日差しが腕や足を焼こうと襲い掛かってくる。だが宇宙隊長は、こんな暑さになど負けていられない。
 車庫から自転車――宇宙船を引っ張り出す。長年連れ添った相棒だ。去年まで宇宙総督たる父さん任せだったメンテナンスも、今年は直々に教わるんだ。
 いざ発進、愛機・俺号。目標は数百万光年先、中央図書館。強くペダルを踏み込めばアクセル全開、いざいざ進め!
 前方からやってくるママチャリのおばちゃんは……あれは危険だ。船体前部に、新品の銃、ナーガ・ネーギを備えている!面舵いっぱい、回避!
 天の川では信号待ち。行き交う巨大戦艦たちを眺めやりながらいったん休憩。うわ、きんきらトラック。違う違う、えーとあれは、そう、悪の巨大帝国の作った宇宙船が、ほかの惑星から奪い取った物を運んでいるんだ!
 日焼けした腕で汗を拭っているうちに、宇宙信号が変わった。さあ、再出発だ。帆をあげろ!……あ、宇宙船に帆はないんだっけ?いや、あるある。確かあった。あのヨットっぽいやつ。
 アクセル全開で前進を続けていると、目の前に補給地点の惑星が見えてきた。手前の灰色の空間には何台もの宇宙船が止められ、緑あふれる広々とした公園――コドモーノ・コーエン惑星の中では、船員たちが思い思いに遊んでいる。だが今日の俺は、サッカーボールにも水飲み場にも用事はない。
 いざいざ進め、あと数光年!
 コドモーノ・コーエン惑星に隣接する灰色の建物。ききぃ、とブレーキを鳴らして急停車。勇ましく胸を張りながら、屋根付きのピットに宇宙船を滑り込ませる。ずらりと並ぶ宇宙船の列。先人はたくさんいるようだが、彼らの目的は上の階だ。愛機・俺号と同じようなマウンテンバイクは、うぅん、ライバルかもしれない。いや、勉強しに来た中学生かも。
 ガラス戸を開ける。ひんやりとした空気と、かびっぽい埃くささ。本の密林、中央図書館。
 さあ、今回の目標物は、どれだ。
 カウンターに手提げ袋を乗せ、先週借りた本――もとい、捕虜を、密林へと逃がしてやる。汗で張り付くTシャツを摘まみ、煽いで体に空気を送る間も、林立する本棚に視線を送り続ける。
 隊長、発見しました!見た事のないヤツです!でかした、そいつは新刊――じゃない、新顔だ!ようし、上下巻ともひっとらえろ!
 隊長、こちらにも。そいつは今まで見逃してきていたヤツだ。だが今回、俺の手の届く棚に収まっていたのが間違いだったな。そいつも引っ立てろ!
 脳内では次々と、「隊員」からの報告が入る。
 自分に背を向け隠れているつもりの本たちを、引き抜いては表紙を調べ、5冊ほど「ひっとらえ」た。両手に抱えたまま、カウンターにどさりと預ける。
 顔なじみの司書のおばさんが、「いつもえらいねぇ」と破顔しながら本の裏を一冊一冊開いていく。貸出カードに日付と名前を書いて、戻す。5冊全部にそれを繰り返した後、返却日を押した藁半紙をくれる。
 隊長、やりました!我々の勝利です!
 よし、帰還だ。だが気を緩めるなよ。
 帰路もまた、アスファルトの熱帯だ。上からも下からも止むことなく熱気が襲い掛かる。アクセル全開、急げ、急げ、急げ。
 わき目もふらずに走り抜け、家へと無事生還。額から滴る汗は勲章だ。
 隊長、ついに我々は生還しました。
 母星のピットに愛機を入れ、暗くひんやりとした玄関を開けると、隊の生還を待ち望んでいた人々の大歓声。
 学年一の美少女が、駆け寄って手を握ってくれた。その奥ではクラスのボスが悔しそうな顔をしている。へへん、どうだ。なあんて、ね。目に流れこんできた汗に瞬きをすれば、その姿は一瞬で消える。
 日本間に手提げを投げ込む。洗面台で手のひらと顔とついでに腕全体を洗うと、外の暑さと興奮で熱されていた頭も落ち着きを取り戻した。投げ込んじゃったけれど、本、大丈夫かな。忘れ物とか落し物とかしてないよな。自転車に鍵、かけたっけ。
 ぼんやりと頭を巡らせながら、冷蔵庫を開ける。ひんやりとした空気に、思わず顔を前に出す。扉の裏側には、牛乳の紙パックや麦茶のポットに並んで、白地に水玉模様の細長いボトル。
 ちゃぷん、持ちあげて耳元でゆらし、残量を確認する。お姉のやつ、またたくさん飲んだな。
 戸棚からグラスを出して、冷凍庫の氷を目いっぱい入れる。
 ボトルを手に取ると、ちょっとだけ力を込めて、きゅぽんと蓋を開ける。とくとくとく。おっと、これじゃ濃すぎるかもしれない。まあいいや。俺だってぜーたくしてやる。
 水道水をそそぎ、からん、とひと混ぜ。スプーンに残ったひとしずくを口に運ぶ。うわぁ、やっぱり濃いや。水をもう少し。
 まだきっと濃いであろうカルピスを片手に、静かな日本間へ。縁側の外にはまぶしいほどの日差しが降り注いでいて、芝生も木々も白っぽく輝いて見える。蝉の声がうるさい。
 さあ、待ちに待った時間だ。宇宙探検隊、出動!
 ちゃぶ台にカルピスを乗せ、手提げ袋を漁ると、適当に一冊を引っ張り出す。おっと、下巻だった。仕方なしに手提げ袋を覗き、上巻を探す。宇宙服を着た少年少女が、電気の銃を持って、何やら奇妙な格好をした宇宙人と向かい合っている。
 さっそく汗をかき始めたカルピスのグラスの横に下巻を置くと、上巻を手に、ごろり。畳の香りが鼻をくすぐる。
 明かりのついていない電灯が、手を伸ばしても届かない遠くにある。あれは宇宙からの侵略者が乗ってきた宇宙船だ。隊長の住処に忍び込むとは、なかなかやるな。ばきゅん、ばきゅん。本を胸に乗せ、指で拳銃を作ると、天に向かって撃つ真似をする。縁側から風が吹き込み、埃がひとひら落ちてきた。ぐあっ、攻撃だ。
 ……読むか。
 ふと我に返ると、胸元の本を手に取る。電灯が隠れるよう、顔の上に両手で捧げ持つ。
 透明なカバーがかけられた硬い表紙をゆっくりと開く。図書館の蔵書のマークと、まだ新しい本の紙のにおい。
 ごくり、唾を飲む。
 さあ、冒険の始まりだ――



「――長、社長」
 木を叩く高い音と、遠くから聞こえる声に、ふと引き戻される。手元の資料には、高級な万年筆で書かれたみみず文字。宇宙人が私の身体を乗っ取って、暗号を――いや、馬鹿馬鹿しい。まだ夢の世界から抜け出せていないようだ。かぶりを振る。
「社長」
「入ってくれ」
 扉の奥からなおも聞こえる声に、資料のページを入れ替えながら応える。
「失礼いたします。……ご気分がすぐれないのでしょうか。お医者を」
「いや」
 夢の中で冒険していた、など言えない。心配そうな視線を送ってくる秘書を片手で制す。
「少し――宇宙に思いを馳せていた」
「それは、今後の惑星開発の展望ということでしょうか」
「ああ、いや、……ふむ、そうだな、そういうこと、だ」
 手元の資料に目を落とす。一番上に来ていたページは、数光年先の惑星のテラフォーミングについて、綿密な調査結果が記されている。
「そうでしたか。ところで社長、出発のお時間です。資料はお目通しいただけましたでしょうか」
「ああ」
 自分の喉元から響くのは、何とも億劫そうな、年老いた声だ。
「船の中で読む」
「……かしこまりました」
 広い机のあちこちに置かれていた資料の束を、無造作に重ね、茶封筒に詰める。パソコンと共に年季の入った鞄に突っ込むと、秘書が手を差し出してきた。重量のあるその鞄を、手渡す。
「今日の予定は」
「はい。本日はこの後、車で空港まで向かいます。宇宙船にて移動、船内で軽食をご用意いたします。惑星A-203に到着後、現地法人と会合。そのあとは再び宇宙船で――」
 秘書が手帳を取り出し、つらつらと語りあげる声を、半分聞き流す。心は、真夏の日本間へ。
 夢中になってジュブナイル小説を読み、自分を本の中の世界に置いて、冒険していた日々。あれから何十年が経っただろうか。
 地球人は、宇宙に進出した。
 けれど宇宙人なんていなかった。
 いたのは、母なる地球を飛び出して惑星の開発を続け、自分たちの領土を広げていく人間ばかり。
 いや、侵略しに来た宇宙人が、その惑星の生態系から見た地球人だったのだろうか――
「……社長?」
「ああ、済まない。行こう。……そうだ」
「はい」
「今日の船内食の飲み物には、カルピスを頼む。濃い目でな」
「……かしこまりました。用意させましょう」
 仕事の早い優秀な秘書は、すぐに携帯電話を取り出すと、扉の外へと出ていく。空港に連絡を取るようだ。
 豪奢な椅子をこれまた豪奢な机にしまう。ふと窓際に歩み寄り、外を眺める。向かいには自社のビルより高いビルの林、足元には豆粒のような車の列。空には宇宙船からたなびく煙。磨き上げられた窓ガラスについた左手の甲のしわとしみ、半ば透きとおりながらかすかに映る年老いた男の影。


 メーデー、メーデー、メーデー。こちらは私号、私号、私号。メーデー、私号。位置は銀河系の片隅の小惑星、そこに作られた都会のど真ん中。林立するビルのジャングルで遭難、自分を見失いかけている。すぐに救出されたし――


 ふいに、そんな言葉が、頭をよぎった。


 愛機・俺号は、まだ実家にあるのだろうか。







創人ギルドでは、普段の創作生活とは一味違う新しい体験をさせて頂きました。


ちなみに、現実の「ヨットっぽいやつ」→太陽帆(wikipedia)IKAROS
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