第43回フリーワンライ 「高い高いその外には」

第43回フリーワンライ(2015.4.5)
twitter→4/5付つぶやき

お題:
「あい」→eye(目)、亜衣、藍
「物語の中だけの存在」
「ことだま」

ジャンル:
近未来 日常 高校生(一人称視点)

2117文字






物語の中だけの存在だと思っていた「本物の太陽」を、この目で見ることができるかもしれない。
そんな理由で志望した、数日前公にされたばかりのこの職種。
志望選択シートを覗き込んだ友達からは呆れと物珍しさが混じった目で見られ、提出した直後の休み時間には校長室に呼び出された。
「確かに、この職業に立候補する生徒が出てくれるのは本校としても誇りだ。大変名誉ある職業だろう。君は成績でも素行でも問題はない。だが――」
その後に続く、学業との調整、体力面、大学進学への影響、その他もろもろの制限事項。
あくびをかみ殺しながら聞き流したそれらの言葉、「どう補う?」の一言を、紙切れ一枚で翻す。
「すみません、もう内定貰ってるんで」



学校を出たのは夕方すぎだった。泣きはらした目の母親と一言も口を開かない父親を後ろに従えながら、路線バスは通りを進む。
窓から外を眺めると、ドームの天井に映し出される「夕焼け」。
無数のライトが街を真っ赤に染め上げている。明日はきっと晴れだろう。外れる事のない天気予報を確認するまでもなく、ぼんやりと手元の紙に目を落とす。
ここの処不調らしいあの地区のライトは、修理の優先順位はどのくらいなのだろう。突然昼が夜になったり、夜が昼になったりする生活に、友人たちは毎日疲れ切った表情をしている。
紫外線発生装置はここ数年、異常値を示しっぱなしだ。
だれが修理するのだろう。
そもそも、あんな高い天井に、どうやって手を伸ばすのだろうか。
長い間自分が抱いていた疑問が解決されたのが、この新聞の記事だった。
社会面の4分の1ほどを割いて書かれた、壮大な国家プロジェクト。
この都市を囲む高い高いドームに上り、直接手を加えるというもの。
幸い、自分は理系だ。そして演劇部だ。面接では高校生という身分と若さ、エネルギッシュさを存分に演じた。生まれ育ったこのドームの天井が照らし出す光に幼いころから興味がありました、と輝く目と声で伝えただけで、お偉方を満足させることができたようだ。
今まで知らなかったが、ドームはどうやら二重構造をしているらしい。その隙間(とはいっても、四車線ほどの幅はあるらしいが)で修理を行う、とは面接で聞いた。世の中の誰も知らない国家機密を知ることができただけでもわくわくした。誰もこのドームから出た事がないのだから当然だろう。地下道を通ってほかの都市に行っても、広がるのはその都市を覆うドームの高い高い天井。
ドームの「隙間」とやらに出た際、運が良ければ「外の世界」が拝めるかもしれない。そして、「本物の太陽」も。
「外」が熱いのか寒いのか、何かの授業で習った気もするが忘れてしまった。何にせよ、人が住める環境ではないことはデータを見ても明らかだった、とだけ覚えている。幼い時からとことん自分は理系なのだろう。そんな自分が片時も本や台本を手放さないからこそ、周りの人々は「変わったやつ」という目で見るのかもしれない。明日からそれも加速するのだろう。
「本気なのか」
不意に後ろの座席から、低い声がかかった。
「本気だよ」
振り返りもせずに言葉を返す。本気、の部分に力を込めて。言霊というものが存在するのなら、今は頼ってみるだけだ。
「けれどね……、ドームの外は人が住める環境ではないって言うじゃないの。その隙間とやらだって、外の空気とか、有害物質とかが混じりこんで、危ない場所かもしれないじゃない」
母親が続けて言葉を紡ぐ。
「別に構わないよ、そんなの。どう有害なのか誰も知らないなら、私が実験体になるまで」
隙間の世界で活動する人が、今までにも、たった今この瞬間にもいるはずなのだ。短期的な被害が明らかになっている事項なら、国家も総力を挙げて高校生を募るなどしないだろう。
国家面接で貰った分厚い資料を読みながら適当に返事をすると、鼻をすする音が聞こえた。
「亜衣……体を大事にして頂戴」
「そういうの、嫌い」
そう言いながらも、ほんの少しだけ気持ちが揺らぐ。親しい友人や面白い先生、ほんのちょっぴり憧れていた先輩の顔が、脳裏をよぎった。
小さくかぶりを振り、目の前の現実とこれからのことに思いを向ける。
バスが停車し、人々が乗り降りする。バス停の横に立つ街路樹からは、機械スズメの鳴き声が絶え間なく聞こえる。
春先だというのに分厚い日傘と手袋の老婦人が乗って来て、満員の通路、自分の座席の横に立った。他の人が立ち上がる前に、一足早く席を譲る。
感謝の言葉に小さく頭を下げ、分厚い強化ガラスの窓から外を眺めた。
ドームの天井には藍色が広がり始めている。その中で一部、煌々と白い光が照らす地区。先ほどの「夕焼け」では気づけなかったが、どうやら今日も調子が悪いらしい。隣の席の男子は、明日も目の下に隈を作ってくるのだろうか。いや、分厚いカーテンを先日買った、と言っていた気もする。
隙間に行けるのはどのくらい後なのだろうか。そこでは、「本物の太陽」や「かつての野外文明」の断片だけでも垣間見られるのだろうか。もしかして、野生の雑草なども生えているかもしれない。もしそうなら触って見たい。
はて、太陽とは何色だっただろうか。もう一度、あの絵本を見返してみよう。
下りるバス停が近づいてきた。




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