第55回フリーワンライ「絡める小指のその意味は」

第55回フリーワンライ「絡める小指のその意味は」
※2015.7.20加筆修正あり



お題:
天の川を渡れたら
恋愛戦争、敵の敵だって敵
水平線に君をのぞむ
悪い往生際
小指の約束


ジャンル:オリジナル 近未来 宇宙コロニー 片想い? 







ゆっくりと地球が自転する。僕は宇宙コロニーの上から、それを眺める。
ありきたりなライトノベルのような一文が頭をよぎり、思わず頭を抱えた。
実際に地球は、足元、このコロニーよりはるか下で、今日も変わらず自転をしているのだろう。
丁度水平線に当たる辺りに、自分が青春時代を過ごした大陸が見えてきた。きっと君も、地球で穏やかに日々を過ごしているのだろう。
僕のことなど、忘れて。
強化ガラスの窓から地球を眺めおろし、青年は口元に小さく笑みを浮かべた。
目下の水平線に君をのぞむ。
ああまた、SF小説で使い古された一文が。
「何やっているの?そんなところで」
「ああ、……いや」
後ろから同僚の女性の声が聞こえ、男は意識を引きもどした。ふう、と小さくため息をつく。
「恋煩い、かしら」
図星をついてくる女性には、苦笑いで返すことしかできない。その表情で納得してくれたのか、彼女が小さく頷いた。
「正確に言うと、終わった恋だけれどね」
「ふうん」
貴方が嫌でなければ、話を聞くけれど。女性の表情にそんな感情を読み取ったのは、勘違いではないだろうか。
男は窓から身を引きはがし、通路に置かれたソファへと移動する。女性も書類を抱えたまま、無言で着いてきてくれた。
柔らかなソファは、二人の体重を受けてぎしりと沈み込む。地球は足元に隠れ、見ることができない。廊下に設置されたテレビでは、地球の各都市の衛星画像が、数秒おきに流れてくる。
「往生際が悪いってのはわかっているんだ。もう何年も前の話だし」
ぽつり、と男は呟いた。
「けどさ。……まさか地球を発つ一週間前に、彼氏ができたなんて報告されるだなんて、露にも思わないだろ。しばらく会えなくなるでしょうから、なんて。ご丁寧に面と向かって、さ」
「あらまあ」
膝に両肘を乗せ、組んだ掌に顎を乗せる。女性が、明るい紅の引かれた口許に手を遣るのが、横目に見えた。
目の前を、数人のグループが通り過ぎる。そのうちの一人と目が合うと、ウインクを返してきた。いや、そういう関係じゃない。勘違いしないでくれ……行っちまった。
一つため息をつき、頭の中の言葉を整える。
「……素敵な女性だったからさ、ライバルは居たんだよ」
ぽつり、ぽつり。雨だれのように、男は零しだす。
「プロムに誘ったのも、3時間遅かった。互いに職に就いてから連絡しても、3回に2回は予定があると断られた。けれどお高く留まることもなくて、俺みたいなやつにも優しかった。だからさ、周りに拝み倒して協力してもらいながら、一縷の望みにすがって、アタックし続けていたんだけれどさ」
自嘲気味の笑いが、男の口許から零れ落ちる。
「最終的に彼女を射止めたのは誰だったと思う? ……俺が相談していた親友さ。ライバルとは犬猿の仲。彼女に気なんて全くありません、なんて顔をしていた奴」
「……ふうん」
「ありがちなパターンだ、って言いたいんだろう? 事実は小説よりも奇なり、とは言うけれどさ。大体の事実は小説の中に書き散らされているんだよな」
男はもう一度、大きく息を吐いた。女性が所在なさげに、手元の書類をぺらぺらとめくっているのが見える。
「恋愛ってのは戦争だ。敵の敵だって敵になる。鎬を削り合って、力の限りを尽くして、勝ち残った者が――他の奴らから一歩でも二歩でも抜きんでた奴が、彼女に射とめられる。そういうもんだって、身をもって知ったよ」
「……相当、倍率の高い相手に挑んだのね」
女性が小さく呟いた言葉が、耳に届いた。そうかな、と思い返しながらも、客観的に見れば確かに倍率は高かったのだろうと考える。
「私は、その、――そんな環境に身を置いた事がないから、ええと――何と言葉をかければ良いのか、わからないのだけれど」
「ああ、気にしないでくれ。吐き出したかっただけだから」
書類を胸に抱えながら、必死に言葉を探しているらしい女性に、努めて明るく声をかける。彼女の銀縁眼鏡、良く見ると蔓の部分に、細かな意匠が施されているんだな――こんな距離で見た事がなかったから、今まで気付かなかった。
「だからさ。テレビに出るような偉業を成し遂げてやろうと思って、こっちに来てからも頑張ったけれどさ。芽なんてそう簡単に出るものでもないし。第一、下っ端がそうそう簡単に、テレビに取り上げられるわけがないよな。一時流行ったSNSでの人気者じゃあるまいし」
口端に笑いを貼り付けながら、居心地の良いソファから身を引きはがす。ふと窓に視線を送ると、窓枠すれすれに地球の地平線が伺えた。地球は速度を変えることなく自転していて、水平線沿いの陸地も、先ほどとは異なる形を描いている。
振り返ると、同僚は俯いて、腰を下ろしたままだ。
「ええと、その、……私たちのプロジェクトが成功したら、その……」
「ん?」
女性の顔は窺えない。大事そうに抱えた書類に、顔のほとんどが隠れているからだろうか。
「人類初、コロニーにて制作された期待の星が、無事に天の川を渡れたら」
女性の言葉に、ますます首を傾げる。遠回しな言い方過ぎて、うまく趣旨がつかめないのだが、つまり。
「俺たちのチームが企画立案した人工衛星が、銀河系を抜けて系外の星々探索に向かったら、か?」
「ええ。……貴方に、その、お願いしたいことがあるの」
「ああ、良いよ? 何でも聞いてやるよ」
俺たちの”期待の星”は、地球とコロニーの威信をかけた一大プロジェクトだものな。そう声をかけると、女性がやっと声を上げた。柔らかそうな頬が、ほんの少し赤く染まっているように見えるのは、勘違いだろう、きっと。
「じゃあ、……約束してくれる?」
すっと差し出されたのは、白くて、絡めたらすぐに折れてしまいそうな細い小指。眼鏡の下に隠れた微笑みが、こんなに可愛いとは……初めて知った、かもしれない。
「……ああ」
自分の差し出した小指は、無骨で、地上の男よりは重力の関係で少し細くて、でも指の筋肉の付け方なんて知らないからそのままにしていて。
「約束するよ」
小指を絡める。彼女が言いたいだろうことにも、今だけはあえて目を逸らして。
「ゆびきり……何だっけ?」
「指切りげんまん、よ。嘘ついたらハリセンボンを飲ませるわ」
「ハリセンボンを? うわあ」
これは嘘を付けないな。必ず守ろう、約束を。

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