第53回フリーワンライ「一葉の船は」

第53回フリーワンライ「一葉の舟は」



お題:全部
笹舟が行き着く先
川に橋を掛ける誰か
夏草
愛は言葉と態度の両方で示せ
片腕では足りない


ジャンル:オリジナル 近未来 SF 



関連話→あるラーメン店にて



2217文字






「おい、そろそろ火星を通過するそうだ。……ジョーは部屋か? 伝えてやってくれ」
「ジョーならここにいるさ。ヘイ、ジョー!」
メモを片手に、開いた手で扉を操作し、ふわりと赤毛の男が飛び込んでくる。筋トレをしていた金髪の男が一度赤毛の男に顔を向けると、船室の窓際に腰かける男を指し示した。
「呼んだか」
ジョーと呼ばれた男が、星の広がる窓際から離れる。ゆらりと鍛えた体躯を動かし、赤髪の男と金髪の男とで三角形を作るような場所へ位置取る。短い黒の髪がゆあんと揺れた。
「ははは、地球の方向を眺めたりして、ホームシックかい。ジャパンのママが恋しくなったか、ジョー」
「まさか」
金髪の男の冗談に短く答え、ジョーは再び船窓の外へと視線を送る。
「いーや、その顔はママに会いたいって顔だな! だいたい日本人は愛情表現が足りないのさ!ラブってのはもっと、言葉と態度の両方で表さないとね! 片腕じゃ足りないぞ、両腕でぎゅーっとな! ……おっと、気を悪くしたかい? 悪かったね」
金髪の男がべらべらとまくしたてているうちに、ジョーこと穣は、三角形から離脱した。ふわりと窓辺に近づくと、船窓を一瞬の速さで星が横切る。
「いや、気にはしていない。 ……確かにほんの少し、緑あふれる大地が恋しくなっていたからな」
あっという間に遠ざかっていく星々を眺めやり、窓の外に向かって、穣はぽつりと言葉をこぼす。船室の中に、逃げ場のない沈黙が薄く広がった。
「春の花の香りに、生い茂る夏草。秋は落ち葉を踏んで、冬は舞う雪に手を伸ばす」
星々に窓越しに手を伸ばす穣の背を、赤毛の男と金髪の男はしばらく眺め、ややあってゆっくりと目を見合わせる。
またひとつ、船窓を星が横切った。
「……ジョーは、随分とまあ、ロマンチス……詩人だな」
「日本人の感性はとても繊細だと聞くが、一介の宇宙飛行士でもすぐにそういったことを思いつけるとはな。さすがだ」
「聞こえている」
穣は首だけ男たち二人の方へ向けると、ほんの僅か視線を逸らした。
「……たまに思うんだよ。俺たちのこの船って、笹舟みたいだなって」
「ササブネって何だい、ジョー」
「ああ、……ササは、そうだな、んー、……丈の短いバンブーの、その葉を使って作ったリトルシップ、だ。毎年夏の、タナバタって行事が近くなると、子供たちが舟を作り川に流す。そんな文化があった、らしい」
顎に手を遣り、自分の記憶を頼りに、笹舟を説明する単語を英語で組み立てる。合っているかどうか一抹の不安がよぎりながらも。
「へぇ、日本は自然界から面白いものを作りだすのだな」
「ジョーはそのササブネを作ったことがあるのか?」
男たちの反応はそれぞれだった。二人にようやく向き直ると、穣はこくりと頷く。両手のひらで船の形を表すと赤毛の男と金髪の男が、興味津々、といった様子で覗き込んできた。
「ああ、ある」
「ヒュー、やるねぇ!」
「今時の日本人なら、近代文化史の教科書くらいでしか見た事がないだろうけれどな」
注釈をつけつつ、穣は手のひらの舟を解体し、腕を組む。その目線は考え事をしているようで、どこか遠くを見やっているようにも見える。
「ジョーはそのフネを、どこで作ったんだ?」
「ん、山奥のキャンプ場さ。家族で自然体験に行ってね、まだ元気だったじいちゃんとばあちゃんが、水質に問題のない小川と有害物質の検出されないクマザサを見つけて。彼らも詳しくは知らないようだったけれど、教えてくれてな。……そうだ、俺が宇宙に興味を持ったのも、そのキャンプ場だったな」
「続けてくれ」
珍しく長台詞を紡ぐ穣に、金髪の男が的確に合いの手を入れる。赤毛の男は壁に寄りかかるようにしながら、静かに話に聞き入っていた。
「良いのか? ……ん、とな。その夜に、天の川が見えたんだよ。夏だったから、草の上に寝っ転がって。そうしたら、天の川を、たまたま衛星が横切ったんだ。ゆっくりと動いているから、UFOか何かかと思ったんだよ。そうしたら、父親が、あれは衛星だって。母親が、天の川に橋を架けているみたいねぇって。誰があれを動かしているんだ、って思ったのが、俺が宇宙に行きたいと思った最初のきっかけさ。 ……すまない、長くなった」
ふと我に返り、語りすぎたと口許を抑えて顔を背ける。その耳に、二人の同僚の声が届いた。
「いや、君の話が聞けてうれしかった」
「なるほどね。良い話だ。じゃあお礼に、いつか、俺が宇宙を目指した話もしてやるよ」
「ああ、楽しみにしているよ」
笑顔を見せる男たちに顔を再度向けると、穣は小さく頷いた。
「ところでさ。ジョーが天の川っていうから、ミルキーウェイが食べたくなったな。まだあったよな?」
「アメリカ仕様のミルキーウェイの今月分は、もうお前が食い尽くした。ヨーロッパ仕様ならまだ辛うじてある、が、俺の船内食だ」
「じゃあいらないな、キャラメルが入っていないミルキーウェイなんて認めない」
「なんだと」
「ヘイ、喧嘩かい?」
ぷしゅう、と、赤毛の男が入ってきたのと反対側から、数人が顔をのぞかせる。
「ああ、惜しかったな君たち、今、ジョーの素敵な大演説が行われていたところだ」
「いや、そんなものじゃない、やめてくれ」
「そうだ、で、ジョー。ササブネは何を表していたんだい?」
「ああ、……いや、なんでもない。忘れてくれ」
同僚たちの話し声が、小さな舟に響き渡る。
このシャトルは、目的もなく漂う笹舟ではない。刻みつけるように、穣は心の中で呟いた。
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