お名前のみお借りしました とや様宅 Kさん 絢原様宅 ココくん アプスさん 新天地でのご武運をお祈りしています! その日は冬だというのに、春が一足早く訪ねてきたような、暖かな日だった。 いつものように差し込む朝日で目覚め、冷たい水で顔を洗って、朝ご飯を探して。少し体を動かすと汗ばむほどの暖かさで、森を走り回っていた子鬼の少年――ジャックは、近くの枯れ木に腰かけた。森の入り口の苫屋に住むお婆に仕立ててもらった、一回り大きな甚平の襟を引っ張り、ぱたぱたと仰いで風を送る。 「うー、なんだかちょっと、暑く”ないぞ”ー……」 天高く枝葉を伸ばす木々を仰ぎ、冬の淡い空を眺めやる。青い空に一羽二羽と鳥が飛び交い、白い腹部をさらしていった。 「天気、良く”ない”!」 そのまま体をゆっくりと倒していく。ずるり、と滑る感覚と共に、視界がぐらりと揺れ、かさかさと乾いた下草へ背中から突っ込む。 「うー、気持ち”良くな”、……う?」 空を映していた金色の瞳が、ふとぱちりと瞬かれた。大地と一体化するかのように大きく広げていた手を引き寄せ、小さな左胸を押さえる。 胸の奥で、そわりそわり、ちくりちくり、と何かが疼く。何とは明言できない、不思議な感覚。追い立てられる気持ちに、ジャックは跳ね起きた。 「……うー、……?」 首を傾げ、胸を押さえながら、立ち上がって辺りを見回す。居ても立っても居られないような、今すぐ走り出さなければいけないような。 「なんだろ……」 誰かに会わなくては。何か言わなくては。けれど、それは誰? 両腕を汲み、小さな頭を精いっぱい回し、首を最大限捻って、ジャックは考える。 ココを捕まえて相談してみようか。二人して頭を捻れば、何か出てくるかもしれない。 ――いや、俺様はあにじゃなんだ。しっかりしないと。 とりあえず、Kに相談してみよう。きっとこの不思議な胸の中身に、名前を付けてくれるはずだ。森の中でアプスに会えたら、先に声をかけてみるのもありだ。 小さく一度頷くと、ジャックは駆けだした。 大きな樹を回り、茂みを抜け、細い川を飛び越える。街への最短ルートとなるけもの道を一直線に走り、その道すがらあたりを見まわす。 黄色く柔らかな毛並みが見えないか。あるいは、黒くしっかりとした羽が見えないか。 あるいは、あの頼りがいのある、帽子をかぶった背が見えないか。 走り抜けながら、胸騒ぎは止まらない。足を止めないままに、胸を押さえる。 気を取られていたからだろうか。片足に衝撃が走り、気づいた時には体が宙を舞っていた。遅れて、足に痛みが走る。石にぶつかったつま先だけでなく、ちょうどむき出しになった膝も。 「う、うー……」 じわり、と目じりに涙が滲む。近くの下草をつかみ、声を上げないよう必死にこらえる。街で見かけた小さな子供たちを思い浮かべる。自分はまた「あにじゃ」になったのだ、これしきで泣くもんか。 ぐずり、と鼻をすすりあげ、痛む膝を押さえて立ち上がる。泥のついた手を甚平で拭うと、ぐしぐしと顔を乱暴にこする。 ――あにじゃに。 目をこすっていた手を止め、ふと考える。 あにじゃになる。 自分が、Kやアプスを兄のように慕っていたように。自分がいつか、誰かの前に立つ存在になる。 それはどういうことか。自分でものを考え、行動していくことなのでは。 ぐし、ともう一度目と鼻をこすり、ジャックは顔を上げた。くるりと踵を返し、先ほど飛び越えた小川へと戻る。 川に顔を映すと、こすりすぎたのか、真っ赤になった目と鼻が見えた。自分の顔ながら情けない表情に、しばらく目を瞬かせた後、思わず吹き出す。 涙はどこかへ行ってしまったけれど、こんな顔で、みんなに会うことなどできない。 冷たい水を掬い、顔にかける。ついでに、露草色の髪にも、泥のついた甚平にも。まどろっこしくなり、ジャックは小川に飛び込んだ。 冷たさが細い体にしみる。 「冷たく”なーい”!」 頭から水を垂らしながら、ジャックは大声を上げた。高い声は木々に反響し、驚いた鳥が飛び立つ。 胸の奥から、こみ上げる気持ちがある。どこか寂しいような、それでいて、楽しみのような。 「よーし、このまま泳が”ない”!」 誰に言うでもなく、ジャックはざぶりと全身を水につけた。 「俺様、頑張ら"ない"!」 もう一度、大きな声が森に響き渡った。 [目次] [はじまりの街 案内板](小説TOP) |