その年月は

お久しぶりですシャフク。


Cast:
みそ様宅 フックさん
シャトー





「ジェンナ、散歩に行かないか?」
ベランダへ続く窓を開け放つと、男は振り返り問うた。小さなリビングに朝日が差し込み、初夏のからりと爽やかな風が流れ込んでくる。その風がたどりつく先、奥のキッチンで、愛する人が小さく首をかしげるのが見えた。
「あ?今日か?」
「ああ。休みなのだろう?俺も今日は休みにするから、海辺にでも行かないか」
「別に構わねぇけどよ。どうした、突然」
「ふむ、たまにはそういう日があっても良いだろう」
ぱたり、と長い尻尾を一度揺らして、シャトーは深緑の瞳をまっすぐに向ける。口端を上げて見せると、やや離れたところに立つフックがますます怪訝そうな顔をするのが見えた。
「んー、……とりあえず、朝飯作るから少し待ってろ。それから準備して行こうぜ。何か軽食でも作って持っていくか?」
「いや、それほど遠出はしないだろうから、構わない」
煮込まれた野菜の甘い香りが鼻に届き、尻尾がもう一度嬉しそうに揺れる。穏やかな朝の風景が、街はずれの小さなアパートに広がっていた。


頭上高くに昇った太陽が、木々の合間から透けて見える。
さくりさくりと二つの足音が、静かな森の中に響いた。
散歩道を少し外れた小さなけもの道は、海へと続くショートカット。
「良くお前ひとりで散歩に行っているみたいだけどよ、こっちの方にも来るのか?」
真横からかかった声に顔を向けると、問いかけるような真紅の瞳と目が合った。やや見上げる位置にある、強く柔らかな光を湛えた宝石のような瞳に、心臓が小さく踊る。
「ふむ……普段はあまり来ないな。山側の森へ行くことが多い」
「ふーん……」
再び下草を踏む音が広がる。風に交じりはじめた潮の香が、目的地は近いことを知らせてくる。
まばらになった木々を抜けると、目の前に広がったのは真っ白な砂浜。その奥では、白波を立てる海が、太陽の力強い光を照り返して輝いていた。あたりに人影はなく、波音だけが広がっていた。
足元の熱を感じながら、波打ち際へと近づく。
「んー、やっぱり海は良いな」
ぐいと大きく伸びをしているフックへ目を遣りながら、シャトーは静かに呼吸を整えた。彼女の右腕が降ろされるのを待って、左手でそっと触れる。
「ジェンナ」
名を呼ぶと同時に、相手が振り返るのも待たず、ぐいとやや強く腕を引く。そのままの勢いで抱きかかえるように、体を引き寄せた。
「……何だよ、いきなり」
「覚えているか?」
相手の抗議めいた声にかぶせるように、問いかける。
「一年前、この場所で」
「……あ」
そう、去年も確か、このように晴れていた気がする。もっとも、あの時は周りに目を向けている余裕などなかったが。
一年たっても変わらない身長差に一瞬意識を取られかけながら、上目がちに視線を送る。相手の頬がほんのり赤く見えるのは、照り返しだろうか?
「『ずっと、君の左隣に』、だったろうか」
「……ちょっと違ぇ気がするぞ。『俺の傍にいてくれ』、じゃなかったか?」
今度はシャトーが赤面する番だった。視線を逸らすと、ゆらゆらと動揺する尻尾の先端が視界の隅に映った。
「……ふむ、…………そうだった、かもしれないな」
小さく呟くと、シャトーは再び視線を上げた。ルビーレッドの瞳をまっすぐに見遣る。
「一年前どんな言葉を紡いだにしろ、君を想う気持ちはあの日から、一時たりとも変わったことはない。……愛している、ジェンナ」
抱きしめる腕に力を込める。長いようであっという間だった日々へと思いを馳せながら。
「この先も、ずっと傍にいてほしい」
震えそうになる心と声を叱咤し、最後までしっかりと言葉を紡ぐ。相手の言葉は待たず、そのまま唇を寄せた。

懐の小箱が、ことりと揺れた。





一年って、とても早いですね。
改めまして、素敵なご縁をありがとうございます!
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