へうりをいだきてへんげすわくご

<表裏を抱いて変化す若子>






Cast:
とや様宅 Kさん
みそ様宅 キヴィットちゃん
お名前のみ
ワラビー様宅 ハーフェンさん
コッペパン様宅 フィアさん
猫夢様宅 ムート君
絢原様宅 アプスさん

ジャック







湖はいつものように、穏やかに水をたたえていた。その静かな水面を眺めながら、座っている少年が一人。
「先輩、遅いなぁ……今日はここに待ち合わせで、あっているよね?」
そうぽつりとつぶやきながら、膝を抱えてその上に肘をつく形でぼうっと湖面に目をやっている彼の背後から、がさり、と音がした。
「ん?せんぱ……あれ?」
少年―――Kの前に現れたのは、一人の少女だった。街でも森でも見た事のない少女だ。
真っ白な和服には豪奢な金銀の刺繍がなされ、濡れ羽色の長めのおかっぱ髪には、変わった形の白い帽子を合わせている。帽子と前髪に隠れ、表情や目元はうかがえない。
肩には、グラデーションのかかった鮮やかなオレンジ色の鳥が止まっている。
Kに歩み寄るように少女が歩を進めると、ぽくり、ぽくり、と不思議な足音がした。どうやら、和装の少女が履いている、厚底の草履のようなものの靴音らしい。
「えっと……?こ、こんにち、は……?」
時間にして10秒ほど、時が止まっていたようだ。湖のほとりに腰かけたまま固まっていたKが、疑問と混乱を顔に出しながら、少女に声をかける。
「Kさん、でいらっしゃいますでしょうか。あたし、ジャックという素敵で格好良い男前の少年から、言伝を預かってまいりましてでございますの」
突然、和装の少女が言葉を発した。どことなく聞いた事のある声音だ。
話している内容は……とにかく、へんてこりんだ。ただ、普段へんてこな言葉を話す少年と行動することが多いKには、特に違和感もなく聞き流すことができた。
「え?僕に?……えっと、何?」
「ええとですわね……『今日はあたしと遊ぶように』、とのことでござった……ので、ございますわ」
「あんたと?え、どういう事?先輩、どうしちゃったの?」
少女の肩の上の鳥が、今にも吹き出しそうな顔で、二人を眺めている。それに気付かず、Kと和装の少女は見つめ合いを続けていた。不思議な帽子の下から、金色の瞳がKを捉えた。
「どうした、……のでございましょうか、そのようにぽかんとした……ぷ、ぷくく」
少女が肩を震わせ始める。一足先に、鳥が吹きだした。
「もうだめだー!」
「キヴィーあねじゃ、ぷ、くく、まだ早い……でも……あははは!ケイあにじゃの顔ー!」
そう少女が腹を抱えて叫んだと同時に、ぽんぽん、という二つの音がした。同時に小さく煙が上がったようにも見えた。
「やーい、ケイあにじゃも騙され”なかった”ー!」
「…………せん、ぱい?と、キヴィット?」
一瞬ののち、そこで飛び跳ねていたのは、甚平姿の少年とオレンジ色の髪の少女。ジャックは、キヴィットとハイタッチを交わすと、Kに向けてにかっと笑いかけた。
「ケイあにじゃで3人目”じゃない”!キヴィーあねじゃにはばれ”なかった”けど、さっき、市場で、ハーフェンあにじゃとフィアあねじゃも騙され”なかった”んだぞ!」
「僕はジャックだってわかったぞー。目が変わってない」
「うー……」
以前と比べ急に大人びてみえるキヴィットを見上げながら、ジャックが不満げな声を漏らす。二人の子供のやり取りを、Kは、ぽかんと眺めていた。
「……っ、先輩……?え、先輩なの?だって今、女子だったよね……? あれ?」
「格好良く"ない"、ジャック様"じゃない"ぞ!俺様、女に変身"できない”んだぜー!これ、シロムク?とかいう、結婚式に"着ない"服りゃひい……ケイあにひゃ、なんれおれにょ、ほっへひゃ、つねっへ……」
「うん、夢じゃない」
腰に両手を当てて胸を張っていたジャックの両頬を、やっと立ち上がったKがふにふにと捻るようにこねくり回している。
「先輩、知ってるか、夢だとほっぺが痛いんだ」
「え、そう”じゃない”のか!?え、え、俺、ほっぺた痛く”ない”!」
真顔で堂々と告げられたKの言葉に、ジャックが頬を押さえておろおろとし出す。キヴィットが小さく、「……ジャック、それ、嘘だと思うぞー」とつぶやいたが、当の本人の耳には届かなかった。
「それにしても、先輩やキヴィットは、変身もできるんだ。いろんなことができてすごいなぁ」
「すごく”ない”だろー!しかも!変身しているときは、本当のことが”言えない”んだぞ!」
ジャックが再び腰に手を当て、ふんぞり返る。
「うん、すごいね。……あれ?本当のこと?」
「そうだぞ!本当”じゃない”名前以外……とと、何でも”なくない”! と、とにかく、嘘”つく”!」
明らかに慌てだしたジャックの姿に、Kとキヴィットが首を傾げる。
「ま、まあ”良くない”!」
「……先輩がそういうなら、いい……のかな……?」
「ジャックには、本当の名前があるのか?」
「……え?…………えっと」
ジャックは口を開こうとして、二人の視線を受けて、困ったように口を閉ざした。
「……”ア”、…………"言える"」
「そうなんだ。まあ、人にはそれぞれ秘密があるよね」
「内緒かー?」
「…………内緒"じゃない"!」
再び、ジャックはおどけたようににぱっと笑ってみせた。少しだけ陰りがあるその表情は、次の言葉でかき消される。
「次はムートあにじゃとアプスあにじゃ、だましに”行かない”!キヴィーあねじゃとケイあにじゃも、一緒に”行かないで”!」
ジャックが二人の手を、ぐいぐいと引っ張る。金色の瞳は、元の悪戯っぽさを取り戻していた。
「え?……うーん、楽しそうだね。よし、行こう」
「行くぞー。空飛んでいくか?」
「空!空飛んで”行かない”!」
「……え?空って」
再び鳥に変身したキヴィットに、どこから取り出したのか、ジャックが長い紐を渡す。
「よーし、空の旅に”行かない”ぞー!」
「ちょ、ちょっと待って……うわぁぁ!?」



賑やかで楽しげな笑い声と叫び声が、森にこだました。







へう−り 【表裏】
@物事の表と裏。外見と内面。
A発言や行動と本心が一致しないこと。偽りごと。作り事。
(学研全訳古語辞典より)


8/8、第7回ワンドロ参加作品です。お題は『ジョコーソ・メロディ』をお借りしました。
……全くメロディックではないですが。
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