| ジャックの、よろしくお願いします、小説です。 ―――なんで俺、本当のことが言えないんだろ。 森に佇む、大きな樫の木。その枝の頂上に近い一本に腰掛けながら、ジャックは空を見上げていた。 周囲の木々から頭一つぬきんでた、この背の高い木に登ると、星にも手が届くのでは、と思えてくる。彼の、お気に入りの場所だった。一つ上の枝に吊り下がっているヤドリギをこつんと軽くつつき、小さく揺れる様をぼうっと見やると、目線を下に落とした。 月明かりが下の森や、遠くの街を照らしている。まだ中心のあたりは灯りがともっているが、街はずれのほうはすでに暗い。 もう、子供が起きているにはずいぶんと遅い時間だ。だが、今日は……今日も、どうしても寝付けなかった。 ―――なんで、考えているのと逆のことを言っちゃうんだろ。 藁草履をはいた細い足をぷらぷらと揺らしながら、毎日毎日心の中でくすぶっていることを、今晩も考えに上らせる。 ―――他の人はみんな、どうなんだろ。 ―――ちゃんと思った通り、話せんのかな。 ―――俺みたいに、違うこと言っちゃって、怒られたり、悔しくなったり、しないのかな。 ―――話、できる人なんていないから、わかんないや。 薄い唇を尖らせる。街に住む大人たちや、―――いつだかわからないけれど、似たような服を着た大人たちに、会うたびに、口を利くたびに、怒られて、叱られて。 “この天邪鬼め” “嘘やさかさまの事ばっかり言って、大人をからかうのか” ―――だってさ。 じわり、と黄金色の瞳に、涙がにじむ。 ―――勝手にそうなっちゃうんだもん。 ―――俺だって、言いたいわけじゃないんだもん。 「欲しい」と思えば”いらない”と口に出て、「綺麗」と思えば”汚い”と口に出る。 本当に言いたいことと、逆の言葉が、自分の意思と反対に出てきてしまう。 言ってしまったら、もう後の祭り。誰も話を聞いてくれなくなる。 「嘘つきの餓鬼」とレッテルを張られて、言うことすべてが嘘と捉えられてしまう。 わかっているのだ。もう何度、経験してきたことか。 直したくても、誰も方法を教えてくれない。誰も話を聞いてくれない。 甚平の袖で、乱暴に目をこする。 ―――なんで? こすってもこすっても、後から後から涙が零れ落ちてくる。 ―――俺、どうすりゃいいの? ―――誰か、だれか…… 顔を思い浮かべようとしても、ぼんやりとして、誰も思い出せない。 街でいじめた女の子。それを見て、怒ってきたおばさん、おじさん。 広場で遊ぶ子供たち。街を行き交う、老若男女。 去来する顔はどれも、「特別」ではない。 ―――「友達」だって、いないし…… やっとの思いで涙を押し止め、鼻をすする。 友達。思い浮かんだ単語を、心の中で復唱する。どういった存在の事なのだろう。いつも一緒にいて、一緒に遊んで、いろいろな話をして。 ―――本名、教えれば、誰か友達になってくれんのかな。 ―――でも、…… “真名を知られたら、相手に魂を握られてしまう” “悪意を持った人間に、呪いをかけられてしまう” いつかどこかで聞いた噂。ジャックはぶるり、と体を震わせた。 その噂が真実かもわからない。誰かに聞けば、「そんなことはない」と一笑に付してくれるかもしれない、のだが。 ―――みんな、違う名前で話してんの? ―――俺の、”ジャック”みたいに? ―――わかんないや。誰も、教えてくれないもん。 ―――それに、なんでだか、本名も、どうやっても口に出せないし。 無意識のうちに口に出さないよう自分を縛っているのか、それともこの口のように、何か術がかけられてでもいるのか。 ―――俺は。 ぐしゃぐしゃと、露草色の髪をかき乱す。指先が、額の上の一本角に触れた。 ―――俺は、一人でも、平気だもん。 ―――そうだよ、平気だ。大丈夫。たぶん、きっと。 思いを確固たるものにするために、口を開く。 「俺、一人でも、へいき―――」 ―――あれ、思ったことと同じことが言えそう。 そう思ったのだが。 「―――”じゃない”、もん」 それに続く言葉が、口からこぼれ出てきた。 ぽかんと開かれた口が、わなわなと震えだす。 黄金色の瞳から、再びぽろり、と涙が零れ落ちた。 「平気じゃな、平気じゃないも、んっ……」 ぼろぼろと涙があふれ出てくる。心で嘘をつくたびに、口からは真実が零れ落ちる。 「…………ほんとは、”平気だもん”っ……!」 ―――違う、違うよ……平気じゃないもん、平気じゃないもんっ…… 「ふっ……うっ、……ふえぇ……ひっく、うあ、うわあぁぁん……!」 月に薄く雲がかかり、全てが寝静まった世界で、少年は一人涙を流す。 膝を握りしめて、大声を上げて。 偽りの言葉しか口に出せない彼が、唯一素直に表せる、言葉にならない感情。 それを見届けるものは、今は彼に寄り添う樫の木と、ヤドリギだけだった。 月にかかった雲が払われたころ、ジャックはやっと泣き止んだ。 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を、袖でごしごしと拭う。 すん、と小さく鼻を鳴らし、空を見上げた。 ―――明日は、本当のことを、言えますように。 小さな掌を合わせ、月と星の輝く空へ祈る。 祈りのポーズを解き、もう一度目をこすると、ぶんぶんと大きくかぶりを振った。 足を振って草履を無造作に放り投げ、器用に木を下りていく。 木の根元にある、大きな藪。そこに拾ってきた板切れを敷き、雨漏りをしないように上に布をかぶせただけの小さな小さな「家」。 飛び散らかった藁草履を片方ずつ拾い、「家」の中へもぐりこんだ。 中でくるりと方向転換をして、入り口の穴からひょっこりと顔を出し、上を見上げる。 樫の木の枝に覆い隠された、その隙間から少しだけうかがえる夜空。 しばらく無言でそれを眺めた後、再び藪の中へと頭を引き入れた。 一人で生きられない小さな子供は、明日も街へと足を運ぶ。 例え疎ましがられても、罵られても、一人でいるより、ずっと楽だから。 誰でも良いから、構って。 ―――俺の話、聞いて。 愛の反対は、無関心 冴凪宅初、声をあげて泣ける子。 このあと滅茶苦茶皆様から可愛がってもらえました。本当にありがたいことです。 [目次] [はじまりの街 案内板](小説TOP) |