その一歩は

PIF企画、最終作品


Cast:
みそ様宅 フックさん・キヴィットさん
るる様宅 ティアラさん・近靖さん
猫夢様宅 ノットさん
龍季様宅 チェスターさん・藍星さん
そば猫様宅 バルドヴィーノさん
お名前のみ ima様宅 リクさん


シャトー







「宿を出る?」
「ええ」
いつもの酒場の、すっかり定位置となったカウンター席。
「そろそろ本格的に、この街に腰を据えようかと思いましてね」
シャトーはグラスを揺らしながら、言葉を続けた。氷がからんと音を立てる。
「それはまた、……急ですね」
「もーっ、ノンちゃんにも相談してほしかったのにぃ」
近靖が、バーカウンターにある棚の上から大きな箱を下ろしながら、意外そうな声を発する。少し拗ねたような表情を浮かべたノットが、その箱と言葉を引き継ぐ。
「ふむ、……少し前から、動いてはいました。酒場の皆さんに相談をしていなかったので、確かに、急な話に聞こえるかもしれませんね」
体よくつかわれている近靖の様子に苦笑しながら、シャトーは最近の様子を思い返す。と、ノットが鋭い考察を投げかけてきた。
「もしかして、最近酒場に来るのが遅かったり、来なかったりしたのって、それが原因なのかしら?」
「……気づかれていましたか」
「あったり前よぉ、常連さんだもの!」
一瞬目を丸くした後、再び苦笑を顔に浮かべる。ノットの、どうだ、と言いたげな嬉しそうな表情を見つつ、グラスを傾けた。
「それで、新しい家はどこなの?広場の近く?」
「いえ、街外れのアパートを借りようと思います。三階なので風通しが良いのと、窓から見える景色が気に入りまして」
「三階は、ネズの木より高いのかー?」
「ん?そうだな、同じくらいか、ネズの木のほうが少し高いんじゃないか」
少し離れた席で、キヴィットと藍星が会話をしているのが耳に入る。目線を送ると、キヴィットがそうなのか?と問いたげに首を傾げてきた。少し考えを巡らせてから、「そうですね、藍星さんのおっしゃる通りです」と返すと、彼女の緑色の瞳が嬉しそうに輝いた。
「やっぱりそうなのか、とーさんは物知りだな!」
藍星の膝の上で楽しそうにはしゃぐキヴィットの様子を見て、シャトーは頬を緩ませた。もっとも、キヴィットが落ちないようにと抱きかかえている藍星が、一番破顔していたが。
「そちらでも、一人暮らしですか?」
近靖の何気ない、けれど鋭く切り込む一言。シャトーは彼に視線を送った後、一瞬目を泳がせた。尻尾がゆらりと困惑気に揺れる。
―――さて、どうしようか。
正直に答えたものか、どうしたものか。いや、いずれ人口に膾炙することではあろうが。
口許に手を当てて考える一瞬の間が、はからずも答えになっていたらしい。
「いや、」と小さくつぶやいて顔を上げた時には、周囲を訳知り顔の人々が囲んでいた。状況的に不利を悟り、ぎこちない笑みを小さく口許に浮かべながら、シャトーは左隣の空席にちらりと眼を遣った。やはり、彼女が来るのを待ってからの方が良かったのかもしれないと、今更ながら後悔がかすかに押し寄せてくる。
「なぁんだ、あのべっぴんの姉ちゃんと同棲するのかい。いやぁ、若いっていいねぇ」
バルドヴィーノが酒の入ったコップを手に、破顔しながら大股で近づいてくる。肩をばしんと叩かれ、シャトーは机につんのめりそうになった。体勢を立て直すと、シャトーは努めて冷静に返答する。
「……ふむ、同棲というか、同居というか。……語義で言えば、同棲の方が近いのかもしれませんが……あくまでも、一つの住居をシェアするという心持でいます」
「ああ!?馬鹿野郎、何だよシェアって。男女が一緒に住むってんなら同棲だろうが。それにだな、あんなにナイスバディな姉ちゃんなんだからよ……」
バルドヴィーノがやいのやいのと騒ぎ立てているが、聞き流すことにした。藍星がそっとキヴィットの耳をふさいでいるのが、横目に見えた。
「宿を引き払うのは、いつ頃になりそうなのですか」
近靖がとりなすように声をかけてきた。内心安堵をしながら、シャトーは言葉を紡いだ。
「明後日の朝を予定しています。チェスターさんにお願いしていた家具が出来上がるのが、明後日らしいので」
「あら、本当にすぐなのね。……そっかぁ、寂しくなるなぁ」
ノットがお盆を持ちながら、しょんぼりとした表情を見せる。その様子を見て、シャトーはグラスを掲げて見せた。
「そんなことはありませんよ。宿を出てからも、こちらには通いますから」
「あら、とーぜんよっ!おいしいお酒と料理を用意して、いつでも待っているんだからねっ!」
瞬時に元気を取り戻したノットを見て、シャトーはほんの少し相好を崩した。
「僕が家具を運ぶんだぞー!引越しだ!本当はもう一人いるけど、その日は忙しいらしいから、僕一人だ!」
「キヴィーが世話になるらしいな。よろしく頼むただし無理はさせるな絶対にだ」
キヴィットに何かあったらただでは済ませない、という気迫が、藍星の言外から伝わってくる。苦笑を浮かべながら頷いてみせると、向こうも大真面目な表情で頷き返してきた。
からん、と店内に小さく、ベルの音が響いた。見慣れた赤い影に、人々の目が一斉に扉に向かう。
「わりぃ、遅くなったな。……って、何だよこの空気は」
「……ああ、その、……すまない」
怪訝そうな顔をするフックに目を合わせられず、シャトーはカウンターに向き直った。どこから説明をすれば良いのやら、と考えを巡らせながら、グラスに残るウィスキーをあおった。


翌日は午前中だけ広場に立ち、午後は身の回りの整理に明け暮れた。少ない荷物をまとめた後、ノットから借りた掃除用具で部屋の中を綺麗にしていく。
普段ルームキーピングはノットに任せきりだったため、使い慣れない道具に悪戦苦闘をしながらも、感謝の意を込めて掃除を進めていく。外が暗くなる前には何とか片を付けることができ、やっと人心地がついた。
その日の夜には、小さな送別会兼壮行会のような、小さな宴を催してもらった。別に遠くへ行くわけではあるまいと最初に聞いたときは苦笑したが、皆の好意だと聞かされ、ありがたく受け取ることにした。
その日は遅くまで、良く酒場に顔を出す面々と飲み交わし、早めに部屋に戻った。半日しっかりと体を動かしたからか、心地よい疲れに襲われ、珍しくベッドに横になる。癖で少し体を丸めると、そのまま夢を見ることもなく、眠りに引きこまれていった。


翌日の朝―――出立の朝は、抜けるような快晴だった。
長いような短いような、と思いを馳せながら身支度をし、荷物を抱える。服などの荷物は手に、普段の仕事道具や楽器は肩に。
部屋を一度大きく見回した後、シャトーは部屋を後にした。
「……おや、近靖さん。丁度良かった」
出先から戻ってきたらしい近靖と、階段で出くわした。そのまま廊下の隅で、少し立ち話をする。
「もう出発ですか」
「ああ。短い間だったが、世話になった」
「いえ、こちらこそ。……シャトーさんは、その、……」
「ふむ?」
「……何でもありません。……お幸せになってください」
「ありがとう。……君の人生も、幸多からんことを願っている」
社交辞令ではなく、心を込めて、そう告げる。近靖が顔を拭うのを見て、小さく笑みを漏らした。
「では、……とは言っても、遠くに行くわけでもなし、広場や酒場でいつでも会えるのだがな」
昨日も感じたことを改めて口に出し、小さく苦笑する。それから帽子を取ると、胸に当てて一礼をした。近靖と、その後ろの自分の部屋の扉に向けて。
「また酒場で」


階段を下りていくと、藍星とキヴィットが支度を整えて待っていた。
「今日はよろしく頼む、引越し屋さん」
「おお!僕、やるぞ!」
叫ぶや否や、キヴィットはチェスターの工房の方角へと走っていく。くれぐれも怪我はさせるな、と藍星の念押しを受けながら、すでに姿の見えない少女を追って、先を急いだ。
工房の前には、既にフックの姿があった。少し距離を置いて、キヴィットが工房の中を覗き込んでいる。
「おせぇじゃねぇか、猫坊」
「すまない、少し立ち話をしていて」
荷物を抱えたままにっと笑う最愛の女性の姿を見て、わずかに鼓動が早くなった気がした。
「おっはよう!頼まれてた家具、できたよー」
ぎぃとドアが開き、中から笑顔のチェスターが顔を出した。その後ろから、ティアラがちらりと顔をのぞかせる。
「これ、貴方たち用の家具だったのね。実用性第一みたいだから、お店か何かに卸すのかと思ったわ。それで、式はいつ挙げるの?」
「第一声がそれかよ。それに、実用的にしろって注文したのは俺だ」
「あら、デザインって、とても大事だと思うけれど」
「生憎俺は見た目より使い勝手重視なんでね」
そこはかとなくぴりっとした空気の下でティアラとフックが言葉を交わしあう間、猫の男性二人は家具の代金や搬送方法について最終確認をしていた。チェスターが荷車を引っ張り出してくる間に、キヴィットを呼んで間取りと配置を伝える。
「なー、これも載せて良いのか?」
キヴィットが重そうな家具をひょいと担ぎ上げて荷台に載せるのを、驚き半分感心半分で見つめながらも、小さな家具や部品を積み込んでいく。
チェスターとティアラに見送られて、3人は工房を後にした。


「高いなー?」
玄関から細長い廊下を通ってリビングに入ると、すぐ右手には大きな窓と扉。その外にはベランダが、ゆるいカーブを描きながら設置されている。ベランダの外には草原が広がり、その奥には深い森が延々と連なっている。木々に隠れて見えないが、森の更に奥には、砂浜と海が広がっていることだろう。
向かって左手にはカウンターキッチン。そして正面には、縦に並んだ部屋が二つと、水回りが、通路を挟んで向かい合っている。
シャトーが窓を開けると、森からの風が吹き込んできた。
不動産屋とあれやこれやとやり取りをした後、家具を運び、設置をしていく間に、昼時になる。市場までひとっ走りして簡単に食べられるものを買い込み、腹ごしらえをした後、引越しを再開する。
搬入と配置が終わったのは、夕方近くだった。
キヴィットにお駄賃とお菓子を手渡し、ぴょんぴょんと跳ねるように帰っていくのを見送る。二人して部屋に戻ると、しんとした静けさと、なんとなくこそばゆい空気がリビングに満ちた。
「あー……夕飯、どうするよ。何か作るか?」
頬をかりかりと掻きながら、フックがぽつりと呟く。それを聴き、シャトーは口許に手を当てて考え込んだ。
「ふむ……君の手料理もぜひ味わいたいが、まだキッチンも片付いてはいないだろう。……食べに行くのはどうだろうか」
「いつもの酒場か?」
「むろん」
顔を見合わせ、ふっと笑う。それぞれの自室に戻り必要なものだけを取ってくると、部屋の中のランプを消してアパートの外に出た。
「今度また、リクの店に食べに行こうぜ。近くにあるんだし」
「ふむ、そうだな」
短い会話を交わしながら、玄関灯にマッチで火を入れる。その行為が、ここが自分たちの家だと再確認させてくれて、自然とほんの少し、顔がほころんだ。


酒場から戻ってきた頃には、すっかり夜も更け、淡い星月夜と静寂が辺りを包んでいた。
シャトーはベランダに出て、大きな窓枠にもたれかかるように腰を下ろすと、ハープを爪弾いていた。心地よい風が前髪を揺らす。
「ふむ、もう秋なのだな」
「んー、そうだな」
ベランダの柵に腕を乗せ、月明かりに照らされた景色を眺めているフックが、背中越しに答える。ふわりと振り返ると、シャトーの左横の、空いた窓の桟に腰を下ろした。その様子を見てふっと相好を崩すと、相手も表情を緩めるのがわかった。
「最近思ってたんだけどよ、お前さ、……顔に出るようになったよな、いろいろ」
突然フックから紡がれた言葉に、シャトーは手を止めて瞠目した。
「ふむ、いろいろとは」
「何ていうか、感情とかさ。昔はお前が見えなくなったりしたこともあったけど、今じゃ尻尾並に、表情でも感情がわかる、っていえば良いのかな」
「……そうか。…………ならば、君のおかげなのだろうな」
後半の言葉は、誰の耳にも届かぬうちに風に流れて消えて行った。何か言ったか?とフックが問うてきたが、首を小さく振ってごまかした。
再び穏やかな静寂が、辺りを包む。
「……先ほどまで忙しくしていたからか気づかなかったが、……二人きりだと、広くて、静かなのだな」
ぽつり、と言葉を漏らす。フックがこちらへと目を向けたのを感じる。少しだけ視線を上げると、紅と深緑の双眸が交差した。
「なんだよ、しんみりして。これから始まるんだろうが」
にっと笑って見せたフックを見て、はっとした。
「……そうだったな」
苦笑すると、彼女の腕が伸びてきた。そのまま、肩に腕を回されて抱き寄せられる。
「これからもよろしくな、ダーリン?」
耳元で囁かれた甘い言葉と吐息に、体がくすぐったくなる。ほんの一瞬身をすくませた後、ハープを窓枠に立てかけて、両腕で愛しい女性を抱き寄せた。
「…………ああ、よろしく。ジェンナ」
彼女の耳元で囁いた後、少しだけ体をひいて視線を絡み合わせ、唇を重ねる。いつもより少しだけ長い口付を交わした後、シャトーは心の底から笑顔を見せた。
困ったような、泣きそうにも見える表情は、もうその顔には見られない。
どうやって笑うか考えるのではなくて。
心のうちから出てくる想いに、そのまま身を任せればよいのだと、気づくことができた。
―――君のおかげだ。
その思いは言葉にはせず、シャトーは再び強く彼女を抱きしめた。
「なあ、猫坊」
「どうした?」
「なにか聞かせてくれないか?」
彼女の言葉に、数度目を瞬かせる。抱擁を解き、顎に手を当てて少し考えを巡らせた後に、シャトーは口を開いた。
「ふむ、どんな歌や物語がお好みだ?」
「いや、お前が弾いてくれるならなんでも良い」
「夢物語でもか」
「ああ」
意外な答えが返ってきて、シャトーは小さく目を見開いた。
「苦手だと言っていなかったか。広場に聴きに来たこともないし」
「いや、まあ、確かに物語はあんまり好まないけどよ。それに、広場のあれはお前の『仕事』だからさ。俺が聞くのはなんか違う気がしてて」
「ふむ。…………お望みならば、君だけに語って聴かせよう」
「……うっせ、早くしろ」
口角を上げて告げた言葉に、フックがかすかに赤くなって顔をそむける。その間にハープを再び手に取ると、今までに弾いた曲、語った物語を思い起こす。
わずかの間ののち、シャトーは、そうだ、と小さくつぶやいた。
「まだ誰にも話したことがない物語が、ひとつある」
その言葉に、フックが視線を向けてきた。その目をしっかりと見つめ、シャトーは言葉を紡ぐ。
「最初の聴き手になってもらえるだろうか?」
「ああ、いいぜ」
心臓が高鳴り始めているのがわかる。少し準備をするから待っていてくれ、とシャトーはハープを抱えたまま窓の桟から立ち上がった。部屋に戻ると、緊張で小さく震える手で麻袋を探る。取り出したのは、普段朗読で使っているビロードの表紙の本ではなく、古ぼけた表紙のちいさな本だった。
中を開き、二重線や矢印などが引かれながらぎっしりと埋まった文字や、それに添えられた楽譜に目を通す。
一度大きく深呼吸をすると、本とハープを手に、ベランダへと向かった。
「すまない、待たせたな。……それではお聞き願おうか。読み聞かせるのは初めての上、ストーリーの脱落や飛躍があるかもしれないが、ご了承いただきたい」
「ああ。……どんな話なんだ?」
フックの言葉に、シャトーは目を閉じた。そうだな、これといった題名はないのだが、と呟いてから、目を上げてルビーのような双眸を見つめる。
「さまざまな種族が暮らす小さな街での、ちいさなねこのおはなしだ」
発された言葉は、わずかな緊張を含んでいた。しかし、シャトーの瞳には、目の前にいる最愛の女性への深い愛情と、物語に向かいあう真剣な光と、両方を帯びていた。

彼の文字で紡がれた物語。
まだまだ拙い物語。
けれどそれは、いずれ広場で、日の目を見る日が来るのだろう。







シャトーが持っていた本は2冊。
赤いビロードの本には、今まで蓄えた物語を。
古ぼけた表紙の本には、自分が作った物語を。
それぞれ記して、大切に持ち歩いています。

当初は広場の吟遊詩人として、過去を背負いつつ、皆様から一歩引いた立場のキャラクターを考えていました。しかし、フックさんとのご縁をいただき、まさかのカップル第一号の座もいただきました。今では感情も表情も出せる、素敵なキャラクターになることができました。本当に皆様のおかげです。

シャトーの物語は、フックさんとの同居という形で一区切りとして、まだまだこれからも続きます。
本当にたくさんの方々にご縁をいただきました。これからも、シャフクと、シャトロバドゥール・ド・レボットを温かく見守っていただけたらと思います。
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