ハントは甲板にいた。
洗い晒しの髪をそのままに、片膝を立ててぼんやりと。だらしなく口を半開きにして。
ここでしおらしく彼の名を呼び素直に謝る。それが一番なのだろうけれど、そんなこと出来るわけもなく。ヴァイスはもじもじと男の頭上にある階段のところで行ったり来たりを繰り返す。そして意を決したように手すりを掴むとえいやとそこから

「のわああああああああ!!!」

飛び降りる奴があるか!ハントは背もたれにしていた木製の樽にいきなり降ってきたヴァイスに(この際ものすごい音がした。ハントは本気で驚いて四つん這いになりゴキブリの様に逃げたのだった)ハントは叫ぶ。叫びながら心臓を押さえている。よっぽど驚いたらしい。

「お、お前、お前な。急に飛び降りちゃいけませんって習わなかったのか」
「習いませんでしたね」
「あのまま樽の蓋が抜けて中に落ちたらどーすんだ!ったく、ケツ抜けなくなってもしらねーぞ。それはそれで面白いけど」
「体重が軽いので大丈夫じゃないですかね?」
「仮にも男だろ。たかが知れてるっつんだよ」

ぶつぶつハントの口はまだ不満を呟いている。とことん渋い表情だ。
ともあれヴァイス元気が復活している。ということはザードの説得が成功したということで、ザードのことだハントの差し金だと隠し切れてはいないだろう。
まぁもとからザードに隠し事をさせるつもりもなかった。ただ自分ではヴァイスに何も言えないと思ったからだ。
ハントはあーとかうーとか唸って、ヴァイスの視線から逃れようとする。
ヴァイスはわざとらしく後ろ手に組んでゆったり歩きながらハントの顔を覗き込もうとした。
わかりづらいが上機嫌である。

「・・・んだよ」
「なんでもないです。顔が見たかっただけです」
「な、なんだよ。俺様のイケメンフェイスが拝みたいってか」
「ザードさんに説得をさせて私がこうして立ち直ってハントに一言いいに来た。自分がこっそり良いことをしたみたいで段々と恥ずかしくなってきた。なんでこいつ元気になったんなら研究の続きしねぇんだよ、他の奴らと喋ってろよ。俺んとこ来るなよ。来たところで素直に礼のひとつも言えねぇくせして。てか改まって言われてもこっちが痒いわ。だからって雷落とされたり無意味なサディスティックされんならいっそのことほっといてくれ。今更仲直りするような仲でもねぇし。と、私にすべてのセリフを取られて更に悔しいやら恥ずかしいやら顔を赤くしているあなたの顔が見たいです」
「ホント嫌だお前!」

子どものように手をばたつかせてしつこく付きまとうヴァイスを払いのける。
ヴァイスもヴァイスで隠そうとする肘、腕を引っぺがそうと両手を伸ばした。
気まずい雰囲気はどこへやら、ヴァイスに頼まれ頃合いかと甲板にやってきたザードが見たのは踊るようにはしゃぐふたり。

「ガキかよ」

呆れてしまうが、外は良い天気でこれぞクラウディアといった晴天。
確かに走り回りたいかもね、肩を竦めて息を吸って、おおい!階段の上から声をかけた。
手に抱えたのは籠いっぱいの白い何かでハントは見上げ目を細める。

「あ、あぁ?ザード?」
「いっくぜー!」

ばさりとひっくり返した籠から紙吹雪が舞いあがった。
ふたりの頭上にそれはゆるやかに降り注いで、まるで雪のようで思わず見とれてしまったが、拾い上げてみてハントは青褪める。そこにはびっちりとヴァイスの手書き文字で文章が綴られているのだ。一瞬で彼が今まで書き留めた研究資料だと気づく。

「ヴァイス!これ」
「…お礼なんて言いませんよ。謝罪だってしません。あなたの力はああいう使い方をして良いものでもないと思っています。ですが私はあなたを傷つけた」
「傷ついてねーし。怒ったんだよ」
「…と言うことにしておいて。私は不可解なことは何でも知りたいと思う性質でして、新たに知識を得た際は幸福感でいっぱいになります。教えてくれた相手に感謝をしたいくらい」
「これが感謝の気持ちですってか?」
「まーそこまでじゃないですけど」
「もうなんなんだよお前…」
「あなたとはフェアでいたいんです」
「え?」

ヴァイスは細切れになった紙たちを掴むように手を伸ばす。そんな所作も優雅に見える。そういえばあの遺跡に両手を高く伸ばして光を掴もうとする天使の像があった。
ハントは紙吹雪を撒き散らすザードに視線をやる。楽しそうだ。

フェアにと言うことは、大事なものを捨ててみろと言われたのを体現したというわけだろうか。ならばとハントは言ってみる。

「お前の努力はこんな使い方をして良いもんじゃないだろ」
「…ふふ、」

ふわりと風が吹く。紙吹雪が床につく前にもう一度舞い上がる。
満足そうに彼は笑った。

「私はこうして捨てたんですから。待ってますよ、あなたがそれを手放す日を」
「…はっ、そゆこと?」

あたり一面紙で敷き詰められた。ザードは最後の一枚まで籠からふるい落とすとそこから箒と塵取りを投げ落とす。片付けしとけよーと言い残しさっさと船内に帰って行った。
ハントは自分の立ち位置を分かっているのか、口を歪めながらも箒を拾う。

「俺は捨てられねーと思うよ?」
「良いです、いつでも。捨てる瞬間を私は見届けたいんです」
「お前は案外ショック受けてないのな」
「えぇ。この資料は没になった論文なので必要のないものですし原本は別にあります」
「ズルくね!?どの口がフェアを語るか!」

ぎゃあぎゃあとお決まりのテンポで喧嘩は始まる。
今更仲直りするような仲ではないふたりはこうしていつものふたりに戻っていく。
このあと影の立役者であるザードに感謝の気持ちとの名目で、カフを食べさせられたりハントにかいぐりされまくったりと構われ倒され今度は彼がキレるのはもう少し後の話。


モドル


























































































































































































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