彼が毒
しゃらしゃらと木の床板を爪で僅か掻いたような音と気配にぴくりと耳を動かし顔をあげたのはザードだった。その仕草は小動物かはたまた興味を惹かれた子犬のようで、音の正体よりそちらを見てしまう。ザードは中腰になってあたりを見回した。あっ、と声を上げるのと飛びかかるのはほぼ同時。それからぎゃっと仰け反るのもそう間はあいていない。反射神経の良いこと、その動作はやっぱり動物的で愛らしかった。
なんてのんびり考えている場合ではなかったらしい。ザードは真っ青な顔をしてこちらを手招いた。傍観していたレイナスが漸く腰を上げる。
「どうした?」
「見ろよ!蠍だ!」
ええ、やっと自体を把握したレイナスがまじまじと見れば、節だったくすんだ黒色の体、ゆったりと持ち上げた尾にはぷっくりとした膨らみ、そして針のある正真正銘蠍だった。
「素手でよく掴んだな…刺されてないか?」
「や、掴む寸での所で踏みとどまった。あぶねー!」
「でもどうしようか、外に出さなきゃ。ザード、捕まえられるか?」
「だから無理だってんだろ」
「じゃあ、」
憐れでもあるが害を及ぼすものとは共存できない。始末をしてしまおうとレイナスは剣を抜く。いや、そんな、スリッパとかでと怯えながら口を出したザードに、きょと、と彼は丸い目を向けた。
「そっか」
えい。
どしんと一思いにレイナスは蠍の上に己の足を踏み降ろしたのだ。
ザードがやりやがった!と両の頬を手で挟む。足裏に一体どんな感触が広がっているのか、考えただけで虫唾が走った。
レイナスはというと神妙な面持ちで足を見下ろしている。
「…なぁ」
「な、なんだよ」
「これさ、潰された時に自分の針で自分を刺さないのかな」
「…しらねぇよ」
「正に、毒をもって毒を制す」
「や、違うと思う」
言うだけ言ってレイナスは自分の靴の裏がどんな惨状になってるかも気にかける事なく歩き出そうとするので、必死にザードは押し留める。飛んで来たニアは怒りと呆れでティッシュの箱をレイナスめがけて投げつけた。
いて、とぶつけられたティッシュをキャッチしながら、理解できぬ様にぱちぱちと瞬きする彼はなんとも豪快で顔に見合わず男らしく大雑把なきらいがあるようだ。
そのさっぱりとした性格は粋と呼ぶにはまだ若く、たかが蠍退治くらいで言えたものではないけれど、ザードにはどこかからしゃらしゃらと蠍の嗤う声が聞こえたという。
モドル
。