「もー、はなせよー!なんなんだよっ」
「いいじゃねぇの、たまにはふたりで親密度アップさせようぜ」
「馬鹿じゃねぇの?風呂くらいひとりでいけよー」

ザードは後ろからハントに肩を押され嫌々ながら風呂に向かう廊下を歩かされていた。
まさか本当に一緒に入る気はないだろうからと勝手にさせていたが、脱衣所にまで放り込まれひとり服を脱ぐ男に顔色を失くす。

「いやいやいや、はいんねーって」
「なに遠慮してんだよ」
「遠慮じゃねぇよ!」
「ほらお前を脱げって」
「うわ、ちょ、やめろ!」

ぎゃあと叫んでハントの手から逃れようとする。上半身服を脱いだ男の体は惚れ惚れとするくらい鍛えられていて、同じ男として悔しくも思った。が、今はそんな事を考えている暇はない。
するりとハントの脇下をくぐる。と、ザードは上着のフードを掴まれ壁に追いやられた。
ザードはひっ、と息を呑む。

「…おっさん、からかってんならまだ許してやるが手ぇ離す気ないなら、叫ぶぞ」

せめてもの威嚇に低い声を出した。ハントはじっとザードを見ていたがゆっくり頭を垂れる。長い髪に隠れて表情が読めない。

「おっさん?」
「…ザード、頼みてぇことあんだけど」
「んだよ」

ザードの身の危険はこうして回避できたが殊勝顔で頼み事をするハントに鳥肌が立つ。同時に頭の片隅で、何故自分なのだろうと疑問を浮かべた。
ハントの頼みはたった一言、ヴァイスの話を聞いてやってくれというものだった。

「なんで俺が?」
「きっとお前が一番適任だからだ」
「ロナードよりも?」
「あいつは火に油を注ぐだろ」
「おっさんがなにか言ってやれば良いじゃん」

するとハントはザードから手を離し

「なんも言えなかったんだわ、俺は」

何を言ってもあいつを傷つける気がして。そう淋しく笑った。
頼んだと風呂場へ消えていく男にザードは任せろと力強く頷くことしかできない。でもその姿にいつものくしゃりと明るく笑う男の顔になって、ザードは内心ほっとした。



ヴァイスの部屋に向かう途中も、扉をノックした時もどうして自分がという問いは消えなかった。
それから、どう話を切り出そうかと思い、まだるっこしいことは苦手なザードはええいままよと乗り込んで、何かあった?と軽く口火を切る。ヴァイスは少し目を見開いた。そしてあからさまに不機嫌なオーラを放つものだから、頭の端ではやっぱりなんで俺が、というか俺で良いのかよと疑問がぐるぐる回る。
ヴァイスは椅子をザードに進めたが、落ち着かないザードは首を振りドアのところに背をつけた。

「で?おっさんとなんかあった?」
「何故そう思うのですか?」
「あー、おっさんがな。えーと。なんか元気なかったから」
「ハントが…」
「あ、ヴァイスも!ヴァイスも元気ない風だったからな」
「そう、ですか…」

ふたりきりの部屋でどちらともなく黙り込むときんと空気が凍りつく。こういうの苦手なんだけど、ザードはハントを密かに恨んだ。
と、ヴァイスは椅子から立ち上がり、反対の壁に据えられた本棚に向かって歩き出した。こつ、と木の床板を靴が叩く。

「ハントが、あの島でひとり無意味な戦闘をしました。自らそう仕向けた戦いでした。結果は勿論ハントの圧勝。手慣らしやトレーニングにしては残虐で、無慈悲で、馬鹿げていました」

ヴァイスの細い指が本の背を撫でる。ザードは視線を外しさっきまでヴァイスが書き物をしていたデスクを見る。机いっぱいに紙が散乱してたくさんの文字が書き込まれている。その全てがこの儚げな印象の彼の頭に入っているというのか。彼はその傍賢い頭でハントのことを考えていたようだ。
よくパンクしないものだ。いつだったかロナードが、学者とはそういうものらしいと呟いていたが、どうやら本当らしい。

「だから私は言いました。そんなものならば、その銃を捨ててしまえと。勿論、本気ではありません。あの銃に、彼の力に私は幾度も助けられました。だから、彼の持つ力はあんな風に使われるものではないと思ったのです」

ヴァイスらしい言葉だった。
考えて考えて、正しいこととおかしいことを判断する力がある彼の言いそうなことだった。
ヴァイスの口調は穏やかで、素直にハントの能力を尊敬していることが伺える。
一方で無意味な戦いに対する潔癖なまでの嫌悪と疑問も。
ザードは緊張して固まっていた肩からふっと力を抜いた。

「なぁんか、ヴァイスらしいな」
「え?」
「俺は難しいことわかんねーけど、おっさんの気持ちはなんとなくわかるよ。これは戦いに身を置いてきたからで、ヴァイスにはピンとこないかもしれないけど」
「…教えてくださいますか?」

その言葉にザードは何故自分を矢面に立たせたのか合点がいった気がした。
他の仲間は彼に教える事を極端なまでにしない。その点ザードは拙い言葉ながらも必死にヴァイスに自分の気持ちを伝えるだろう。
それにハントと同じ荒削りで戦いの中で生きてきた。軍人とはまた違う彼の気持ちに少しは近づけると思う…なんて、自分を買いかぶりすぎだろうか。ザードは鼻の頭を掻いた。

「だからさ、無性に戦いたくなるって時があるんだよ。強い者と戦いたい気持ち。俺はまぁ、そこまで自分で仕向ける程強くないってわかってるしさすがにそんな愉快犯みたいなことしねーけど。でも、おっさんは今までそういう世界で生きてきたんじゃねぇの?」
「そうかもしれません。戦いたい衝動というのは私には理解の及ばないところですから」
「で、ヴァイスは結局何が知りたいの?おっさんが戦った理由?それはさっき言ったような事だけど。それか俺たちの戦いたい衝動ってもの?それとも、おっさんが元気ないワケ?」

睫毛を伏せると、ヴァイスの白い肌に影が落ちた。繊細な陶磁器のような彼の面立ちが決意を孕んで挙げられる。
その唇が紡いだのは、ザードの最後の言葉だった。
緊迫したヴァイスとは真逆に、なぁんだとザードは頬を緩めた。その質問にはきっぱりと応えることができるからだ。

「なら簡単だ。おっさんが元気ない理由はヴァイスにそんなの捨てちまえって言われたからだよ」
「それは、でも、勢いで」
「わかってる。わかってるけどさ、ヴァイスにとったら無駄な使い方した銃かもしれない。でもおっさんにとったら今まで生きてきた人生そのものだろ?いくら物騒だからって危険だからって…人を殺せるからって言われても、今更捨てられないよな」

例えるならそれはヴァイスにとって、頭の中に入っている豊富な知識かもしれない。優れた魔法の腕かもしれない。ザードにとってみれば幼き頃から鍛えてきたナイフの腕だろう。
他人にしてみればなんて事のない、もしかしたら無駄で、喜ばしいものではない力だって、それだけに心を注いで共に歩んできたのだ。

「俺だって銃やナイフを捨てろって言われた、はぁ?ってなるよ。プライドだってあるし。おっさんは俺よりもっと長く生きてっから…うん、」

そこで言葉を切って苦笑する。
ヴァイスは真っ白な顔できつく本の背を握り締めていた。ザードはその手に触れ、力を抜けさせる。にかりと安心させるように笑った。

「あとはヴァイスに任せた!どうしたらいいかはヴァイスの方が頭良いんだし、良い案浮かぶだろ。俺はとりあえずさ、おっさんがまた変な事してヴァイスにバルザライザー食らわせられたのかと思ってたから疑問が晴れて良かったよ」

皆同じ事を思うのだなとヴァイスも思わず口元を綻ばせた。
ありがとうと小さく言って、ザードの手にもう一方の手を重ねる。ザードは照れたように赤くなって、おうと応えた。
部屋に来てくれたのが彼で良かった、ヴァイスは思う。ザードも、俺で良かったんだなと満足感にもう一度明るくはにかんで見せた。



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