Fanfare



目を閉じたらすぐにでも眠りに落ちてしまいそうだった。
体は重く、座り込んだら一気に眠りよりももっと深いところに落ちていきそうな恐怖に駆られた。重力が何倍もかかっているように体も重いがそれ以上に瞼が重い。頭にもやがかかる。強制的に「起きている」状態を終わらせようとする。最低限の生命維持に必要なエネルギーしか残っていないのは明らかだった。

ずる、と壁に背をつけて腰を下ろす。座るまいと思っていたのに体はもう言うことを聞かなかった。
石が積みあがって出来た壁は冷たく、静かだ。ところどころ緑の草が生え、見上げれば暖かな木漏れ日がさしてくる。楽園や天国とはこういう場所のことを言うのだろうか、満身創痍なのに心は満たされていてそんなことを思い微笑んだ。

ヴァイスはゆっくりと目を閉じる。
その時だった。
地響きと共に空気を裂く発砲音にぱっと目を開き立ち上がる。これはハントの銃の音だ。そう遠くない音源から白い鳥が羽ばたき空に舞った。

「ハント!」

息も絶え絶えに駆けつけたヴァイスに、当のハントは平然としておりむしろ顔色の悪いヴァイスに手を差し伸べる。

「お前、めちゃくちゃ顔色悪いぞ」
「あ、あなたこそどうしたんですか発砲なんかして」
「いや魔獣がな…」

珍しく歯切れの悪い言葉に眉を寄せてハントの正面を見る。そこには石像が蜂の巣状に穴があいていてヴァイスは悲鳴を上げた。

「歴史的建造物になんてことを!」
「ふらふらなのに走るな!」

細い腰を片手で掴んで食いとめる。ヴァイスは両手を伸ばす格好で足をばたつかせるもしばらくしてがくりと頭を下げた。

昨日からヴァイスは不眠不休でこの遺跡を調査している。ハントは護衛として共にいる。することのない彼はといえば、ずっと銃を抱いたまま座り込み、あくびをかみ殺しているようだ。
久々に聞いた目の覚めるような銃声。ヴァイスは男の腕にしがみついたまま首を持ち上げて顔を見る。あからさまに逸らされた視線は嘘をついている証拠。この男は年の割に子供っぽいところがある。嘘がつけないのだ。

「…どうしてあんなことを」
「ヴァイスがかまってくれないから」
「本当のことを言わないと、後でバルザライザー三倍増し当社比…」
「あー、なんつーの?腕ならし?」
「それで石像を標的に…良い大人が」

そう言いつつも気持ちはなんとなくわかっていた。待たせている心苦しさもあった。
彼はこんなことをしている暇もないし、性に合わない役割だとも思う。知的財産だとか歴史的価値なんて関係なくて、彼に必要なのは戦いだということもわかっていた。
嘘をつけぬこの男は疼く衝動にも素直なのだろう。それはヴァイスの底知れぬ探究心にも似ていた。

「だってよぉ、仕方ねぇだろ。俺にとってはこんな遺跡も昔のやつらが作ったガラクタにしか見えねぇし、重要な壁画は落書きだ。こんな薄ら穏やかな場所に放り込まれたら発狂しちまう」
「薄ら穏やかと言う表現を初めて聞きました。案外ボキャブラリ―が豊富なのですね。それよりも独創性に富んだ、と言いましょうか?」
「嫌味は腹いっぱいだ。おい、いつまでここにいるんだよ」
「私はここ骨を埋めても後悔しません」

ハントは見るからに嫌そうに口をまげて、冗談だろと言う。

「お前マジでそんなこと言ってっと死ぬぞ。折角サバイバル料理を拵えてやってもロクに食いやしねぇし、休みもとらない。結果このザマだ。俺はな、ヴァイス。お前にゆっくり休んで欲しいわけよ」
「サバイバル料理は口には合いませんでしたが有難かったです。そしてハント、私もあなたに遺跡の良さを感じていただきたく」
「もー十分です」

本当はそれだけではなかった。
遺跡調査にヴァイスひとりでは危ないと指摘され、いつもの売り言葉に買い言葉、ではあなたがついてきてくださいと言った彼に、男は意外にも素直に応じた。
ヴァイスはその時思った。
ハントは夜が強いという本人の主張で深夜の見張りを請け負うことが多々あった。もちろん、戦闘には率先して参加していた。昼寝姿を見かけることはあったが熟睡はしておらず、結論、彼は普段の生活に休養がない。その緩んだスタイルに似合わず緊張を解くことのない日々を送っているらしいと、ヴァイスは持ち前の洞察力で気がついたのだ。

「…すみませんね、休ませるつもりがあなたには向いていない場所でした」
「何お前、気を遣ってたのか。おじさん全然気付かなかったわー。だってこんなクソつまんねぇ場所で何をどう休めっての?そもそもお前が休んでねぇのに休めるかよ」

随分言いたいことが溜まっていたようで、口を尖らせるハントにヴァイスは疲れもあり反論はしなかった。体力が戻ったら三倍返しバルサライザーで許してやろうと眠りに引き込まれる一瞬前に決め、意識を手放した。
男の腕に己の身をすべて委ねる。



「やっとか」

―――静かになったヴァイスをため息をついて見下ろし、掛け声かけずに持ち上げる。
芝生の生えた柔らかな光の届くところまで運び、そこに体を横たえた。ハントにとってはどんなに時間を重ねて歴史を積んだ遺跡より、この光景が神聖で神々しくなにものより尊く見えた。
ヴァイスと同じく疲弊している体にぞくぞくと興奮が駆け抜ける。ささくれ立っていた精神は穏やかになるが、ふつふつと湧きあがるのは喜び。

ハントは赤い舌をのぞかせて、唇を舐める。

この男は嘘がつけないが、その嘘と言うのはついても意味のないような隠す必要のないくらい些細なものだ。その癖、自分の本心や本意を悟られないようにするのが異様にうまい。
ハントは、ヴァイスが休養にとここに呼んだことに気が付いていて、そしてもちろん休みに来たわけではなかった。それも悟っているヴァイスは内心何故ついてくる気になったのかが、不思議でならなかった。

屈んで顔にかかるヴァイスの銀の髪を払ってやる。
すべらかな頬に指の背で触れ、凶暴な笑顔を強くした。

「言ったろ、俺がここに来たのはお前にゆっくり休んで欲しかったからだ」

立ち上がり、クリスタル銃をしっかりと握りこんだ。
ヴァイスの清浄さに香る強い魔力に呼び寄せられた魔獣らが、あちらこちらからぎらつく瞳を覗かせている。敵に囲まれ、守るべき存在がいて、こちらは銃ひとつの己のみ。

なんて心躍る状況だろうか。

これこれ、これですよ。
嬉々として魔力を装填する。銃身も喜びに震えた気がした。

「最高の舞台じゃねぇの」

これから盛大に奏でるであろう野蛮なオーケストラがヴァイスの子守唄になればいいなんて思いながら、一歩踏み込んだ。
Next







































































































































































































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