collision
状況を打破したのは、文字通り閉じ込められていたドアを打ち破って躍り出たハントが撃ち込んだ、ひとつの銃弾だった。
それはヴァイスを確実に狙っていて、ヴァイスなら避けられると無意識下で確信していたハントは考える間もなく引き金を引く。
音に気づいたロナードも、思考ではなく反射的にそれがヴァイスを狙ったものだとわかった。
ヴァイスは、彼の素早い思考回路が電気信号を流して、止まれ、と判断した。弾は足元に着弾した。
「笑うしかねぇ。まじで。何ホント」
商業船エアベルンは赤い塗料をがりがりと削り胴体着陸をした。
先ほどまでセントミラの憲兵隊がやってきて話を聞かれたりヴァイスが城に連れていかれたりと騒がしかったが今は落ち着いている。
ハントはラチェットをぐるりと回した。船長だけでは手が足りないと修理に駆り出されているのだ。向こうではザードまで頭にタオルを巻いて船体に潜り込んでいる。
「なにが?」
「なーにがってさ、ライちゃんよ。俺のヘマからロナードとヴァイスの喧嘩だろ?んで船の故障。船に関してはこの前停泊した時、がっと全部やっちまえばよかったんだよなぁ」
船長め、ケチりやがって。
そんな言葉を風になびかせて、ライはそこら中に転がる木箱のひとつに腰掛けていた。長い髪も風になびいている。
「で?ライはセントミラのお偉いさんに呼ばれなかったのか?」
「あなたが呼ばれてないんだもの。私が呼ばれるはずないわ」
「そりゃ、どーも」
ライはぼうっとガラス細工のようなセントミラの城を見た。
自分たちが慣れ親しんだ、石造りの要塞、高い塀、重い扉のあるカイゼルシュルトのものとは正反対だ。
「ここは、軍事国ではないのよね」
「ここは夢と魔法の国だぜ」
「冗談はよして」
「…ヴァイスのことか」
「ヴァイスは、こんなに綺麗なところで生きてきたのね」
ハントはなにも言わずライの横顔を見ていた。
羨望も嫉妬もない、事実として言っているのはわかっていた。けれどその言葉の子供っぽさが大人びている彼女の年相応の部分であるようで、咎めることも否定することも憚られたのだ。
ぽろりと漏らす言葉がいつも大事なところが足りていないのは、この一族の特徴なのかもしれないし、とハントは勝手に納得し、ナットを思い切り締めて立ち上がった。
「良い機会だったんじゃねぇの、あいつにとっても、俺らにとっても。ここまで考え方が違うって頭では分かってたはずだけど、こういういざこざが起きねぇと実感できないし」
「そうね、改めて、私たちは考えなしだなぁ、って思った」
「考えなし、ねぇ」
「それから、結構私が従弟贔屓だってことも実感した」
彼女はくすくすと口に手を当てた。ハントにして見れば何を今更、という気持ちでいっぱいであった。
ライは常に彼を守ろうとしている。それは育った環境による、染み付いた行動なのかもしれない。
皆何かしら押してはいけないスイッチがある。危なっかしいところがあるのだ、このメンバーは一様に。
「…ま、今度お前がそうなったら殺す勢いで止めてやるよ」
ライの深い青の瞳がくるりとこちらを向いた。
「じゃあお願いするわ。ロナードを傷つける前にね」
「弟思いですことー」
肩を竦める。
また、こんな事態になったら、と考えるまでもない。そうなったら今回同様考えずに、行動するのだ。今度はヴァイスだって、少しは理解してくれるだろう。
ささやかな仲間同士のコリジョンを越えられるくらいの、絆はあると知っているから。
「まーうちらの衝突はマジで生死掛かってるから嫌なんだけどさ」
「真っ先に手を出した本人が何を言うの」
彼らは声をあげて笑った。
と、向こうから城に呼び出されていたヴァイスと、レイナス、ロナードが連れ立って歩いてくる。彼らの表情はいつも通りだ。
おおい、レイナス!
ハントがタラップの所まで走り、手を振った。その手にはレイナスの愛剣の片割れがある。着陸の衝撃でホルダーから外れどこかにすっ飛んで行ったのを彼はずっと気にしていた。
レイナスの顔がぱっと明るくなる。
「あ!良かった!刃こぼれとかしてなかったか?」
「おー、平気そうだぜ。ほら、よっと!」
「ええ!」
「ハント!」
思わずライまで声を上げる。
ハントは抜き身の短剣をそのままぽーんと放ったのだ。
下ではレイナスが両手を挙げてばたばたと走ってくる。ロナードとヴァイスも駆け寄った。
「よぉっ、と!」
大道芸のようにどうにか柄の部分に指を掛け、しっかりと握る。落下してくる勢いに乗って、体をぐるりと反転させた、ら、その切っ先にヴァイスがいてぐっと身を引く。
「あ、ヴァイス!ごめん!平気だった?」
「平気です。すみません、こちらこそ近づきすぎました」
「よかったぁ」
レイナスは見事キャッチしたことをハントとライに大きく手を振り伝える。ライは笑って手を叩いた。
「ヴァイス、」
その後ろでロナードがそっと屈んでヴァイスに顔を寄せる。
放たれた言葉、もう聞きたくないその意地悪な言葉に顔を真っ赤にして振り返る。
ロナードは愉快そうに笑っていて、ヴァイスは更に悔しくなる。ぼすっと弱い拳を腹にお見舞いして
「怖くないって言ってるでしょう?いい加減にして下さい!」
ロナードはやはり嬉しそうに、笑っていた。
(その5 着地点)
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