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「いやー本当参ったのよ、ロナードのやつどーかしてるよな」
ヴァイスはちらりと隣の男を見た。どうかしているのはロナードだけだとは思えなかった。ヴァイスからして見れば、仲間を信頼し今ラウンジで構い倒されている若き軍人の考えも、信用されているのを知りながらきっと本気で仲間を殺すことのできるこの戦士の本心も理解し難い。
「ライさんが、ロナードさんを馬鹿馬鹿とそれは楽しそうに罵っていました」
「うん、馬鹿だもんあいつ」
「それから、ライさんはあなたはロナードさんを殺せるはずだ、と仰っていました」
それに対しロナードがなんて返事をしたかなんて、ハントは聞かずともわかった。
実際に、ロナードは同じ言葉をハントに直接言っている。
ハントは鼻の頭を掻いた。あれ程まで盲目的に信頼…いや、確信をもった言い方をされるとどうにも気まずい。
「あれだよなぁ、そんなん、本当に殺せなくなっちまうよなぁ」
ぼそりと呟いたそれに、ヴァイスが鋭い視線を向けた。
咎めるような、研ぎ澄まされた刃物のような目。
ハントはう、と言葉を詰まらせる。
「…」
ヴァイスは何か言うと思ったのだがただそれだけで、ふいと背けて前を見て知らん顔をした。
ハントは恐る恐るヴァイスの顔を覗き込む。
「…怒った?」
「いえ、理解ができないだけです」
「そ。あんま深く考えすぎんなよ」
パンクすっぞ、と大きな手を頭に載せた。その下からそっと彼の顔を仰ぎ見る。
年下の少年や姉妹に見せていた申し訳なさとか情けないといった表情は全くない。「それが自分たちだから」となんの問題もないというような顔をしている。
変に気を遣われたり、まだ理解できないだろうと隠されるよりは良いと思ったけれど、だからといって納得したわけではなかった。
ヴァイスは魔法を使わなかった。あの場面に際しても、だ。
それがどうしてだかわからない。ロナードが言うように自分も「仲間を殺せない」のだろうか?
と、廊下を歩くふたりの背後から笑顔満面のレイナスが声をかける。親友の体調が良くなったことを心底喜んでいるようだ。
ふたりに追いついたレイナスはにこりと微笑んだ。その暖かな笑顔はハントにも平等に与えられていて、更にヴァイスは疑問を募らせる。軍人らは、彼に対してなにも言わないのだ。
「ヴァイス、ほら航海日誌の順番だぞ」
「あぁ、もう回ってきましたか」
「ヴァイスいつも回すの遅いんだからってニアが言ってた」
「よーく考えて書いてんだろ」
「まぁそうですね」
じゃあ、とレイナスが立ち去る。ハントも突き当たりのエレベーターの所で別の部屋に入った。ヴァイスはひとりエレベーターの中で日誌を開く。
たった数分もかからぬエレベーターの箱の中、彼の全ての意識が日誌に書かれた文字に注がれていた。
読み進めるにつれエレベーターの浮遊感も忘れるほど、文字から目を放せない。音も、光も、視覚以外の感覚が失われていく。頭がぼうっとして、その癖頬は熱かった。
声にならぬ声に体が震え、細い指が紙の束に食い込む。
胸にわだかまっていた何かにぼっと火が灯って、メラメラと燃え上がるような感覚だ。
エレベーターが止まる。
茶色い木の床、コントラストを成す眩しい青、そこにロナードが佇んでいた。
ヴァイス、と何の気はなしに名を呼ぶ。目が合う。
ヴァイスは日誌を床に叩きつけ、大股で近づき彼に手を延ばした。
「怖くありませんでしたか?」
ロナードは逃げもせず、かっちりと視線を合わせヴァイスの次の行動を待った。
ヴァイスは再び怖くなかったかと問い、そして延ばした手を躊躇うことなく首にあてがい、魔力を溜めた。
ハントが捻り潰すように掴んでいた同じ首に、細い指が這う。
それでも男は身じろぎひとつせず、それはヴァイスの細腕では首を絞める力もないと言われているようで更に頭に血が上る。
増幅された魔力は肌に感じるくらいで、びりびりと空気を揺らす。
いつもの黄金の雷とはちがう、浮かび上がる青い文様に彼の本気が窺えた。
「なにしてんだ馬鹿野郎!」
その声からの展開は早かった。
閉幕の時間に間に合わせようと「巻き」に入る劇団のように、それはそれは滑稽だった。
なにしてんだ馬鹿野郎、と割って入ったのはハントである。
ロナードの首に添えられた手、紋章。その光景を見、一気に顔色を失くす。安静にしろと言われたにもかかわらず大股に駆け寄った。ヴァイスはげ、っと口を歪める。嫌な奴に見つかったと言わんばかりの反応、ふわりと魔力を分散させた。ロナードはというとやはり無言で一連の流れを観察し、ハントがふたりの元に到達する前に
「怖くはなかった」
ただ、それだけを告げた。
落ち着いた声でヴァイスを見据えて、事実として伝える。
その裏に仲間への信頼や自分の信念、ライやハントが甘いと言う意外な彼の性格も隠しきれず全て全てにじみ出ていて、
「ならどうして攻撃できるんですか…!」
余計に腑に落ちない思いが募る。
「もう、いいから!これ以上ややこしくすんな!俺のために争わないでぶぉあ!」
ばすんと重い平手打ちが、ロナードの首から離れた手でハントの頬を捕える。
脳震盪を起こした直後の身にはダメージが大きく一瞬にして白眼になり直立のまま体が傾ぐ。ヴァイスは苛立ちを隠しもせずデッキを後にする。
もう、何度このようなやり取りをしただろう。
呼び水になったのは誰のどの行動だったか。
白んでいく意識の中、元凶だと睨んだ男がハントの上着を掴んで彼が床に激突するのを防いだ。こういうところが皆をイラつかせるのだ、と戻った意識で思う。皮肉をこめて、ありがとよ、と言った。
「ヴァイスの平手で卒倒か。情けないな」
「あのー?一応絶対安静の患者で頭への衝撃は厳禁なんですけど…?」
「そうだったか」
「まったく、おめぇは俺やヴァイスに対して愛が足りねえよ」
「そうか?お前はともかく、ヴァイスにはあれでよかったと思うが。学者は自分の頭で考えて考えて考えるものだろう?」
ハントはため息をついた。
今まで戦闘に加わっていなかったのに今回の一件で(ヴァイスはきっとニアに平手を自白するだろうから)確実にしばらくパーティーから外されるだろう。
ハントはくらくらする頭でデッキにへたり込む。
「もーヤダ。冗談じゃねぇ」
馬鹿野郎と吐き捨てた言葉にロナードは反応しない。
自分のことだとわかっているのか、どうせヴァイスのことだと思っているのか。
いずれにせよ、救えない人物だと思った。
(その4 件の日誌)
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