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二月の雨は重たかった。
この前は雪も降った。冬真っ只中で仲間たちは暖かい船内に籠っている。ハントだけは自ら見張りを買って出てひとり甲板に立っていた。
どぼどぼと止まらない雨の向こうは真っ暗な空。視界は極端に悪く、湿った黴の匂いが立ち込める。ハントは胸にその不快な空気を吸い込む。目を瞑り壁に背を預けずる、と座り込む。
真っ暗な精神世界に漂えば、ここがどこかわからなくなる。
ここはエアベルンの中ではなくて、昔渡り歩いていたあの戦場だったか。
仮眠を取るために家主の居なくなった家に入り込み銃を抱えて目を瞑る。
雨の音しか、聞こえない。



ハントが不調だ、と誰に言われなくともロナードは気付いていた。くっきりついた隈は不眠の証拠で、その原因に思いを馳せる。最近は穏やかな毎日が続いていると言うのに。

「どうしたらいいかな」

レイナスが強烈な匂いのする小鉢をかき混ぜていた。

「ほっとけば良いだろう」
「でも戦闘に支障が出る」
「ならしばらく閉じ込めておけ」
「同じこと、ヴァイスも言ってたよ」

困ったように笑う。レイナスがぐっちゃぐっちゃとかき混ぜた薬草やら液体やらは彼の手でティーポットに入れられ湯を注がれる。
まさかそれを飲ませるのかと不信感いっぱいの目で見ればレイナスは

「これ飲めば一発で寝れるんだよ!本当に」
「目が覚めないってことはないだろうな」

きょとんと首を傾げる。親友の天然っぷりにはほとほと呆れてため息も出ない。
さすがにあれを飲まされるのは不憫に感じ、ロナードは肩を竦めた。

「俺が寝かしつけてくるから、それは最終手段に取っておけ」
「え、ロナード、手はあるのかよ」
「ハントは寝ても悪夢に魘されると言っていた。それなら、経験がある」

うまくいくかは分からないが話くらいは聞いてくれるだろうとラウンジをあとにした。
ロナードは、かつて親友に剣を向けたことがある。消すことが出来ない、しかしもう逃げ出したりはしない、受け入れた事実。それは自我を押さえつけられ操られていたのだが、レイナスは死ねと言われても頬を刃が掠っても震える瞳を逸らそうとはしなかった。その強い光は閉じ込められていたロナードを呼び起こした。

魔植から開放されても悪夢は度々襲いかかった。気が付けば返り血で重たくなった体で山になった死体の上に立つ夢だ。
死体はロナードを捕まえようと何度でも蘇る。手を伸ばす、足を捉える、軍服の裾を掴む。
やめろ、やめてくれと振るい落とし走り出す。が、真っ暗の中どこへいったら分からない。
ロナードの歩みが遅くなり、ついに、と言う時に決まってロナードの頭の上が明るくなるのだ。ふたつの煌々と照る星は彼の心を落ち着かせる。
ロナードはその星を目指して走っていく。
…と、必ずここで目が覚めるのだった。
すると自分の顔を覗き込む親友と目が合う。これも毎回決まってのこと。
寝起きが悪いくせにこう言うタイミングを外したことのない親友は、ふっと笑い、また魘されてたぞと言う。ロナードはからからの喉で返事をする。ありがとう、と暗に込めて。

ロナードは確信していた。
自分もそうだったのだから、きっと。
悪夢から救い出すことはできる。信頼している仲間なのだから。



「ハント、大丈夫か」

推測するに悪夢とは自己の忘れられぬ衝撃的事件や、罪の意識が消えないなどの精神的に切迫した状態に見るのだろう。
だとしたらハントも、この連日の状況、昨夜から降る雨、そんな場面から昔を思い出してしまったに違いない。
蹲るハントはぴくりともしなかった。
寝ているのか?ロナードは足先で塊になった男をつついてみる。ハントはここ最近人の多いところでばかり仮眠を取っていた。寝れっこないだろうと忠告しても、音がしていないとここがどこかわからなくなるなどとよくわからないことを言っていた。

「おい、起きろ。寝るならせめて部屋にしろ」

と、ロナードはそのまま息を詰まらせる。同じ高さで覗き込んだ顔は、ぎらりと不穏な色をした目玉がロナードを捉えていたのだ。咄嗟に逸らしたくなるほどの圧力をもったそれに、ロナード唾をひとつ飲み込んでどうにか耐える。レイナスだって、逃げなかったじゃないかと。

「…ハント、大丈夫か?わかるか?俺は、」

次の瞬間、ハントが吼えた。
ロナードの首を掴み、みしりと音がしても離さず、無理やり立ち上がらせた。
ロナードの喉からは意味をなくした空気が漏れる。

「ハ、ント…!」

彼の目は凶暴な色をしている。どうにか首から手を剥がし身をひるがえす。長身を押しこめて体を捩じって逃げだしたせいでどこかを痛めた、が、気にしている余裕はなかった。ハントがすぐに次を繰り出したからだ。
目の前に拳、それからきらりとクリスタル銃が回って持ち手がこちらを向く。
まともに食らったらもう立ち上がれないだろう。ロナードは祈る気持ちで叫んだ。

「目を覚ませ、ハント!」
「馬鹿な子」

クリスタル銃を弾いたのは素早くその細い身をふたりの間に滑らせたライの肘だった。
ロナードと目が合って、瞬時くすりと笑みを浮かべる。そしてハントと目が合うやいなやハントのそれと同じ目の色に変わった。
背後からラナの泣く声やザードの叫びが聞こえる。そして重力魔法。雷じゃないんだなと消えかかる意識の中、ロナードは思った。
あぁ、失念していた。すまない、口の中で謝る。



真っ白な悪夢がハントの足を捕える。
眩くて暖かくて涙が出そうになる。そして、静かすぎて不安になる。
どうして魔獣がいないんだ、敵がいないんだと喚きたかった。

と、目が覚める。
蒼い髪に漆黒の瞳の、待ちに待った「敵」が、こちらを見ていた。



大丈夫?と呑気にレイナスがよく絞りもしないタオルをロナードの額に載せる。べちゃり、こんにゃくを載せているようで気分が悪い。それを重い腕でどけて、じとりとした目で親友を見た。

「え、マジで大丈夫?意識ある?見えてる?俺はここにいるぞー」

ぱたぱたと手のひらをはためかせた。
ロナードはいつもと変わらぬ親友の姿に安心する。安心して眠りにつけそうだ。
でも、今はその温かいセリフを、聞きたくはなかった。





(その3 「俺はここにいる」)

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