collision
彼は戸惑っていた。
常より冷静沈着と謳われ本人も自覚のあったその面影はない。さぁ、と引いた血の気のない顔色、動かない足。働かない頭の中でがんがんと鳴るのは警鐘か警報か一気に集まった血流か。
レイラがち、と舌打ちをして重力魔法を三人の立つ空間にむけて放った。歪む世界にも、クラウディア屈指の軍人たちは踏みとどまり続けた。と、そこへ飛んできた弾丸に折り重なって倒れる。
レイラさん加減してくれよぉ、とザードが額の汗を拭った。レイラはまた舌打ちをするだけで何も言わなかった。
ヴァイスは一連の流れを見ていた。
理解もしていた。受け入れなくてはならないこと、真実、恐怖、全てわかっていて、飲み込めない思いがあった。
彼はひとり、デッキをあとにする。
硬いベットの上で膝を抱え込んだ。彼らは当分戦闘に参加出来ないだろう。これだから軍人という種類の人間は、と嫌になった。と、そこにレイラが入ってくる。レイラはなにやら珍妙な面持ちで暗示じみたセリフを告げた。
「たぶん、これからお前が受け止められないことがたくさん出てくると思う。行動も、思考も、事実も。でも…仕方ないんだ」
「それは、それが軍人さ、とでも言いたいのですか?」
「理解してくれとは言わないってことさ。だからこそ、お前だけが苦悩することになるかもな」
この船には圧倒的に軍人が多いのだ。
レイラはまだ何か言いた気であったが聡い彼女はそうしなかった。ふたりともかなり疲れているし、これから彼らの看病が待っている。
それにこの学者肌の青年を苛立たせずに諭すことなどできっこなさそうだったから。
ヴァイスは唇を尖らせていた。
単に、驚いたのですよ、と。
「状況によりけり仲間でも撃て、それがあなたたちなんですよね。でもレイラさん、あなたの魔法だって危なかった。あなたほどの使い手があんなに全力の、手負いの人間も居たのに。軍人の愛情表現は己の技に倒れさせることでしょうか」
「ヴァイス、」
さみし気なレイラの声に我に返る。
疲れていた、苛立っていた。
だから、彼女を傷つけてしまった。そんなの、さっきまでの戦闘よりも冷たい。すみせん。ヴァイスは膝に視線を落とす。
「…確かに、軍人ならばパーティーを生存させるためには最小の被害で収めるべきだ。どんなに信頼のおける仲間でも、それを一を切り捨てて百が生きるならそうすべきだ。今回はロナードだけ切り捨てればライとハントは生き残ったかもしれない。だがそれにはリスクが伴った。だから三人を狙った。軍人として正しい判断が出来たかは現役の奴らに任せる。なぁ、ヴァイス」
「…はい」
ふっと優しく笑う。
赤い髪を払い、先ほどあんなに冷徹な魔法を放ったとは思えない暖かい指先で彼の肩に触れた。
「私はもう軍人ではないんだ。だからお前の気持ちもわかる。私も、魔法を使う時少し躊躇ったんだ。どうしたらいいか、わからなかったよ。でも今までの考え方に従った。それだけさ。…少し休め」
彼女が部屋を出るのを見ていられなかった。今は彼らの仲間ではない、かと言ってヴァイスと同じ立場でもないレイラはレイラなりの考えと苦悩があるのだろう。
酷いことをした。後できちんと謝ろう、と拳を硬くする。ひとまずは彼らの容態を見るとしよう。
ぱしんと頬を叩いて、ヴァイスは立ち上がった。
(その1 彼と彼らの境界)
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