That's Wizard



そのダンジョンは今まで通ってきた森の中や山道、はたまた地下道と言ったものとは大きく違っていた。地下に広がる誰が築いたのかという基地は魔力による障壁で仕切られ、そこは魔法を使う魔獣であふれかえっていた。
彼らの発する魔力を貯めこの施設自体を動かしているのか、無人なのに生きているように壁がぼんやり発光して床が怪しく点滅する。
はじめは綺麗だなんて言っていられたが長く居ると気が狂ってきそうだ。

先頭を行くザードは苛立った様子を隠しもせず蛍光の壁を殴る。
方向感覚の良いザードだがこういった人工的な場所では発揮されないのか、この似たような作りに完全に迷っている。ハントがさすが野生児と言う。うるせ、と余裕なく吐き捨てた。

「落ち着いてください。ここは先程も通りました。次はそこを右に行ってください」

ヴァイスが冷静に言い、ザードの肩を叩くと、ザードは渋い表情で言われたとおりに角をまがった。
ザードが苛立つのは、迷っているからだけではなくもうひとつ理由があった。
ここにいる魔獣は魔法を多用してくる。それが厄介なのだ。
魔法を使うには詠唱するタイムラグがある。その間に懐に入り敵を叩けばいいのだが、近距離専門のザードにとってその戦法はなかなかリスクの高いものだった。
詠唱をする魔獣めがけザードが走る。そこに別の魔獣が短時間の詠唱で済む魔法を打ちこんで来る。しびれや毒といった簡単な、だが確実にザードの足止めを狙うものだった。

「あーやりずれぇ!」

また動けなくなったザードにすかさずニアが回復魔法をかける。
ロナードがその間を縫って飛び出す。ハントが目には目を、とパニックショットを放つ。
今回の編成は前列にザード、ロナード。後列にヴァイス、ニアそしてしんがりにハントがいた。ロナードの封印剣は重宝したが行動速度を上回られると戦況は厳しくなる。必然的にヴァイスの強力な全体魔法に頼らざるを得なくなっていた。

「ヘタな魔法使うの見てると、苛々するんですよね」

大半の敵を焼き尽くし、残りをロナードが片付けた。
ヴァイスは指輪を触り眉を寄せた。そこにニアがすかさず走り寄ってくる。
きっと眉を吊り上げ腰に手を当てる彼女はヴァイスを叱る気だ。それがわかってヴァイスはつい目をそらした。

「ヴァイス、魔力を消耗しすぎだわ。もう少し控えめにして」
「すみません。ですが」
「俺たちもいるんだからさー」

こんな派手な室内でも目立つ、清浄な光を発する銃をくるくるとまわし、ハントは唇を尖らす。ヴァイスはやつあたりのように、三角にした目をハントに向けた。

「あなたは何もしてないじゃないですか」
「んだと?」
「喧嘩しなーい!」

また始まったいつものやり取りに、これもいつものこと、ニアが叫ぶ。

いつもとちがかったのはそれからだった。

ニアの叫びを聞いて、びりびりと障壁が震えた気がした。
ロナードがはっと顔を上げる。ザードも一瞬にして表情をこわばらせた。

「まずい。来るぞ」
「まさかニアの叫びで?」
「気づかれましたか」
「え、ご、ごめんなさい」
「走るぞ!」

ハントが言うより早くザードが駆け出した。
背後には確実に近づいてくる魔獣の気配。それも、今までのよりも大きく、強い。
まっずいなぁ、とハントが舌を出す。
今までの戦闘で相当ヴァイスの魔力は削られている。売られた喧嘩を買わずにはいられない彼の性分が仇となった。得意なフィールドでの喧嘩だったせいか冷静さが欠けていたようにも思える。
それにみんなをサポートするニアにも疲労がたまっているように見えた。
このふたりが欠けると状態はさらに悪化するので、それは避けたいとロナードは思った。ついでに、誰かがレイナスのように回復魔法だけでも使えれば、とも思った。

「げ、行きどまり!」
「ザードの勘のあほ!」

じぐざぐと走った先には、うすぼんやりと輝く壁があった。
悔しそうにザードがそれを叩く。ハントが銃を構えながら罵った。
と、近づいてきたロナードが前を向いたまま言う。

「よく見ろ、ザード」
「え?」

背後の気配はだんだん近づいてくる。ばちばちと肌に魔力を鋭敏に感じ、ヴァイスが一歩前に出た。

「おい、さがれよ」
「これは強力な魔獣です。相手に不足なし、ですね」
「でも、ヴァイス」

気配は先の曲がり角に差し掛かっている。

「この壁、もしかして、ドアになってる?」
「出口じゃないのか?」
「よっしゃ、出れるぜ!」

ザードは喜び、扉らしき壁を調べるが、どこにも取っ手もノブもスイッチもない。
ロナードが振り返る。一本道に立ちふさがるヴァイスとすぐ後ろにハントが見えた。ニアは少し下がって様子を見ている。

「どうなってんだこれ」

と、ザードが壁の中央、色が黒く変わっているところに軽く触れた。
ぼう、とその黒い四角に文字が浮かび上がる。魔力による仕掛けだろうか。
ロナードが顔を寄せ、それを読む。

「ここに…魔力…」
「来ました!」

それは魔力の塊のような、強大な魔獣だった。数はひとつ、だがヴァイスひとりで相手できるようなものではない。すかさずロナードとザードが前に走る。

「おい、やめろ!ヴァイス」
「俺たちが行く!」

魔獣は様子をうかがっている。
ヴァイスは無言で、その手に力を溜め始めた。
ヴァイスほどの高等な魔法使いになると呪文の詠唱はほとんど必要ない。それが今、こんなに集中をして魔力を溜め、ぽつぽつと呪文を口にしている。
それは、ひとつ大きな魔法をぶち放つ準備だった。

お前、倒れるぞとハントが呟く。

「もし倒れても、あなたが支えてくれるんでしょう?」

ヴァイスは強い笑みを見せた。
ハントは場にそぐわない気の抜けた顔で首を回す。

「あぁ。抱えて出口まで行ってやらぁ。なんならお姫様抱っこでもいーぜ」
「それはニアさんにやってください」

ヴァイスの体が黄金に輝く。
魔獣に向けて指を差し出した。

「やめろ!」
「ロナードさん、私の後に続いて一閃を!ザードさんも攻撃の手を緩めないで!」
「ヴァイス!!」

バルザライザー。彼の代名詞だった。
雷鳴がとどろき誰しも目を開けていられない。その中を歯を食いしばってロナードが地を蹴った。今度は青い光を携えて横に一閃が走る。魔獣が呻いている間、ザードがナイフを振りかざし、休まず銃弾を撃ち込んだ。
苦しむ魔獣が炎を吐く。ニアは回復と皆の魔法防御を上げる魔法をかけた。

「きゃあ!」

魔獣の氷の刃がニアをとらえる。ハントが手を伸ばすも遅く、そのまま壁に叩きつけられニアは気を失ってしまった。
魔法使い両名を失い、想定していた最悪の状況。くそ、と唾を吐いてハントが前へ躍り出た。

「どけ!俺様が渾身の、」

いつの間にか魔力を完全充填したクリスタル銃を魔獣に向けてる。気を失ったヴァイスをしっかりと抱えて。
魔銃、それは彼の全ての力を注いだ強力な攻撃。確実に当たれば魔獣は死に至るだろう。それを、

「おっさんストオオオオップ!」

くるりと身をひるがえしザードがかかと落としを決める。ハントの脳天に。
身の小さな彼が一番の長身であるハントにかかと落としをするとは相当の努力と筋力を要しただろう。頑張ったな。そんなことを思いながらロナードは最強剣技を放ち、真っ黒い煙へと魔獣を葬ったのだった。

「なぁんで止めんだよ!!」

ハントは肩透かしを食らった気分で子供っぽく頬を膨らませた。
ニアとヴァイスは床に座らされていて、一時的に気を失っているだけで大事には至っていないようだ。ザードがヒールピースを与えている。
ロナードはいや、と前置きをして扉と思わしい壁を親指で差した。

「あれなんだが」
「出口なんだろ?さっさとお前らが開けてりゃあこんなことには」
「開けられないんだ」
「はぁ?」
「だから、俺にも、ザードにも、開けられない」

その言葉にぱちぱちと目を瞬かせる。開けられない、とはどういった意味なのか。
見ればわかるとロナードが言うのでハントは扉に目を向けた。
真っ黒い四角いパネルが付いており、指先で触れると文字が浮き出してきた。

―ここに規定の量の良質な魔力を注ぐこと―

「きっとそうしたら扉は開くんだ」
「…って、どうすんだよ。魔法の使い手さんはどっちもおねむだぜ」
「だからお前に魔銃を使わせられなかったんだ」
「ふーん…って、え、俺?」

驚いて自分の顔を差すハントに相変わらずの無表情でロナードは頷いた。

「お前しか魔力がある奴いないだろう」
「そりゃザードくんはないですが、え、お前は?」
「俺は魔法は一切使えない」
「俺だって使えねぇよ」
「でも魔力があるだろう」
「お前は?」
「魔力なんてないぞ」
「うっそだぁ!じゃあ一閃でしゅぴーんって出る光とか超・カイゼルなんちゃらとかしゅぱぱぱーって人間業じゃねぇのはあれなんなの!?」
「全て熟練した剣技が成せるものだ」
「え、いつだったか氷の属性の紋章のなんちゃらがどーたらで」
「人間の言葉をしゃべれ」
「うっせ。で、開かなかった扉が開いただろ?あれは何だってんだよ」
「あれは、まぁ、ナイトスターの血が、こう、反応したというか。そんな感じだ」
「うさんくせぇ!」
「いーからおっさん早くやれよ!!」

ザードが不毛なやり取りに痺れを切らし歯をむき出した。
わかったわかったと両手を上げるハントはどこか不安げだ。

「でもよぉ。俺、良質な魔力なんかじゃねぇと思うよ?」
「いいから」
「魔法の訓練とかしたことねぇし」
「早く」
「それに規定の量なんて出せるかわかんねぇしそもそもどうやって注ぐのかすら」
「ザード」
「おうよ」

渋るハントを抑え手のひらをパネルに当てさせた。

「ほら、銃にやるみたいに!」

えぇ、と言いながらザードに言われたとおりにいつも魔力を銃に入れるイメージで手のひらに意識を集中させた。
パネルは嚥下する喉のようにごくりごくりと脈打って発光し始める。確実に、ハントの魔力を飲み込んでいるようだった。

それがしばらく続き、一度大きく発光したかと思うと、地響きを伴って扉が開いた。
その先は緑の平原が広がり、三人は大きくため息をついた。ようやく、脱出ができたようだ。

「よっしゃ!おっさんやるぅ!」
「おー、なんかどっと疲れたぜ…」
「それにしてもハント、魔力あるじゃないか」

ハントは納得していないように自分の手のひらを見、首をかしげた。
ロナードがニアを抱え外に出る。ザードが走って彼を追い越し、大きく伸びをした。

「魔力、ねぇ」

よっと掛け声をひとつ、ヴァイスを背負いハントもふたりに続く。
誰にでもなく、ぽつりと言葉を漏らした。

「魔銃も、魔力も。生きてく上で必要だったから身についたことで。こんな風な力が自分にあるだなんて知らなかったな」
「…魔力というのは」

すると薄目を開けたヴァイスが耳元で呟く。
ばつが悪くなってハントは起きたんなら下ろすぞと言った。
ヴァイスは首にまわした腕に力を込める。

「少なからず誰しも持っているんです。向き不向きや素質もあります。セントミラのように特化した人々が集まることもあります。使わなかったり自覚をしなければ消えてしまうこともあります」
「ふうん。あっそ」
「レイナスさんのように多少使える人もいれば、ロナードさんのように使えない分他の力が強まった人もいます」

ヴァイスの声は生徒に聞かせるような、聞き取りやすくて優しいものだった。
普段そんな声を向けられることに慣れていないハントはむず痒くて、ヴァイスを背負いなおす。

「なんにせよ、魔力と言うのは純粋な願いだと私は思っています」
「…何が言いたい」
「魔法を使いたい。強くなりたい。誰かを救いたい。そんな願いが形を変えて魔法になる。そう、私は信じています」

顔は見えないけれど、背中の彼は微笑んだようだった。

「あなたは純粋な魔力を持っているんですね」

偉い偉いとバンダナの上から頭をなでられる。
振り落としてやろうかと思ったけれど、そっとかけられたよくできましたの声が予想以上に暖かくて、ふんと鼻を鳴らしうざったそうに頭を振った。

「しらねぇよ。いつもぶっ放すだけなんだから」
「ふふ、そうですね」

ヴァイスは余ほど疲れていたのか、それきり黙って、静かな寝息を立てた。
ハントは唇を噛んで目を細める。見えない何かを睨みつけるように。
久々に拝んだ青い空も、前を行く若者の清々しい表情も、背中に感じるぬくもりも、全部全部壊してしまいたいほど綺麗で、爽やかで、居心地が悪い。
何が純粋な願い、だ。この年になって。そう、心の中で悪態をついた。

でもあの黒いパネルに手を当てて、目をつむって浮かんだものは。

「あーもーなんなんだよ!」

生きたいという強い願いが彼に魔力を与えた。
いつしかそれは仲間を守りたいという願いに変わっていた。
誇らしくて、暖かくて、今の彼には恥ずかしくて痒くなる事実。

「俺も丸くなったもんだな」

年のせいかと自嘲して、穏やかに瞼を伏せるヴァイスの顔を覗き込んだ。



モドル






















































































































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