6 突入班


レイナスは焦っていた。

四方から襲いかかる野党の屈強な男どもをいなし、レイナスはフロアを見回した。
遠くでハントと女性ふたりの姿が見える。口論をしているようだった。
振り返ると入口のほうにロナードとザードの姿。レイナスは普段滅多にしない舌打ちをした。
持ち場を離れて何をやってるんだよ。叫びたい気分に駆られたが、一番の悩みの種は姿の見えない仲間のことだった。

「ヴァイス…あぁもう!」

ここから見えないということは、バーカウンターの奥、キッチンだろうか。
レイナスはひらりとカウンターに乗り、奥を覗いた。そこに、輝く銀髪を見つけた。



ハントは腕を組んで、考え込むように天井を見た。
背後ではまだ戦闘が続いている。何故か相手をしているのはザードとロナードだ。

「レイナスとヴァイスはどこだ?」
「さぁ…もしかして、」
「それより、お前がセントミラから言われたことは何なんだ」

一歩間を詰めてレイラが顔を見上げる。ハントは両手を挙げた。

「でも俺は断ったんだ。んなつまんねぇことやってられねぇってさ」
「だから、それは」
「て、ことは、だ。俺の推測が正しければ、俺たちはこんなことをしていてはいけない。それぞれの役割を果たさなければならない」
「だから、一体何なの?」

にっと、歯を見せた。

「面白いから教えない」
「なっ!」
「ちょっと!」
「とにかく言えることはひとつだけ。仲間を裏切るな、だ」
「もうそれは散々聞いたわ…」
「今回はそれに尽きるんだよ。さ、持ち場につきましょうねお姉さん方。そうだな、ヴァイスがとんずらしたから魔法が使われてない…それはおかしいからレイラ、お前もここに残ってくれ」

レイラとライは顔を見合わせ、一瞬考えて、素早く行動を開始した。
ライは肩をすくめて

「あなたを信じるわ、ハント」

ナイフを取り出し、敵の中に突っ込んでいく。
レイラは不機嫌そうな顔で髪を払いのけて

「後で覚えていろよ」

ばちばちと爆ぜるライザランサーを携え、駆け出した。
ハントはバンダナの結び目を固く縛りなおす。

「さて、そういうことならあいつらもほっといていいだろう。ま、仲間に隠し事した罰だ。面倒は自分らで片付けろー、なっ!」

クリスタル銃の銃身で、振り返りざまに思いっきり敵を殴りつけた。



ヴァイスはキッチンを占拠し、のんびりとオリーブの実をつまみ食いしているところだった。レイナスはがくりと肩を落とす。なにやってんだよ、漏れた言葉はフロアの喧騒に掻き消された。

「来ましたね」
「ヴァイス…ちゃんと戦ってくれよ」
「そうでないと、困るんですか」
「あぁ、困るな」
「何故?」
「…ヴァイスの力が必要だからだよ」

ヴァイスは興味なさそうにふうんと返事をする。
レイナスはちらりとフロアを振りかえり、なぁ、とまた声をかけた。

「随分と余裕がなさそうですね」
「そりゃそうだろ。あの敵の数だ」
「あなた方は優秀な軍人だ」

行儀悪くシンク台に腰掛けていたヴァイスが、反動をつけて静かに降りる。
にこりと笑って、レイナスに近づいた。

「こんな茶番に付き合ってて良いんですか?」
「茶番だって?」
「えぇ。まさか本当に武器流出事件が起きているとでも?」

レイナスは黙り、目線を逸らした。

「それで、レイナスさん。あなたは何を企んでいるのですか」
「それはこっちが聞きたいよヴァイス。何をしようとしている?」

レイナスの問いかけに、ヴァイスはわずかに驚いたようだった。それから、更に笑顔を強くする。その余裕そうな姿にレイナスは渋い顔をした。

「私を疑っているんですか?」
「まさか!でも、勝手な行動をするから」
「それはあなたもでしょう。レイナスさん、隠し事はなしですよ」
「ヴァイスこそ、俺を疑っているのか」
「まさか。でも、そうですね。あなたに勝手な行動をされると困ります」
「それは俺もだよ。まさに今困っている」
「ならあなたの隠していることを言いなさい」
「それはできない。ヴァイスの方こそ」
「それはできませんね」

堂々巡りの口論は次第に熱を帯びていく。
レイナスを追いかけてきたロナードが彼らの声を聞きつけキッチンを覗いた時だった。顔をぶつけそうなほど近づけて、ふたりは叫んだ。

「俺は仲間を裏切ることだけは絶対にしない!」
「私は仲間を裏切るようなことは決してしません!」

同じことを叫んだふたりがぴたりと動きを止める。向かい合ったまま目を見開いた。え?と。

「…そうか、それは良かった」

わけのわからぬ状況でぽつりと言ったのはロナードだった。

「…」
「…これは、」
「もしかして、ですが、同じようなことをしようとしていませんか」
「そうみたいだね」

くすりとレイナスが笑い、ヴァイスも思わず吹き出した。
さっきまで怒鳴り合っていたかと思えば今度は笑い合っている。仲がいいことは微笑ましいが、その変わりように理解の追いつかないロナードは、大剣を壁に立てかけぼりぼりと頭を掻いた。ふたりはロナードの存在をすっかり忘れている。

「じゃあヴァイス、協力してくれる?」

レイナスが手を差し出す。
と、ヴァイスはそれを避けるようにして身を翻す。困ったような笑顔で、さらりとかわす彼は爽やかな風のようだったが、今はそんなに穏やかな気分に浸っている場合ではない。

「すみません、それはできない約束なんです」
「えぇ、困るんだけど…」
「でも、代わりに」

ばちりと、魔力がヴァイスに集まる。
その見えない圧力に目を細める。ヴァイスはレイナスの後ろのロナードを見ていた。
忘れられたと思っていたのに、じっと見てくるヴァイスに背筋が寒くなった。唐突に指名された学校の生徒のような、それ以上の緊張と恐怖、なにより嫌な予感がロナードに襲いかかる。

「彼と戦いますから。言いわけとしてはセーフじゃありません?」

レイナスは、うーんと首を傾げて、ぎりぎりかなと苦笑した。
巻き込まれたロナードがレイナスを呼ぶ。手には剣がしっかりと握られ、無意識下で構えをとっていた。
さすがだなぁと笑い、彼ならヴァイスを任せられると判断した。レイナスは足元に転がった銀色の調理用ボウルを拾う。せめてもの防具になればと、ロナードに手渡した。

「頼んだ!」
「おい、説明を」
「ロナード」

レイナスは親友の目を覗きこみ、言い聞かせるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。

「ヴァイスは何かを隠しているようだった。疑わしいヴァイスを問い詰めると、尚も隠し事をするので、思わず喧嘩が発展。本気の戦いになってしまった。良いな?」
「何がだ!隠し事をしているのは、おま」
「いきますよロナードさん!」

魔力が一気に開放される。

「くそ!」

ロナードが言葉を吐き捨てる。一緒にボウルをその直前でキッチンから逃げ出したレイナスの頭めがけて投げつけた。すぐにヴァイスに対峙する。

振り返らなくても、ロナードならきっと大丈夫だろう。後にしたキッチンから激しい戦闘の音がする。
フロアに戻ると仲間たちは皆自分の役割をこなし、敵の勢力はもう残りわずかだった。レイナスは満足げに頷く。

「あとちょっとだから、頑張ってくれよな」

ロナードに悪いことをした。今度ミルザフルーツをおごってやらなければ。うまい酒もつけないと怒られるかも知れない。
そんなことを思っていたら、2階からドモラが降りてきて、2階を制圧、武器を発見したと叫んだ。ちょうど、フロアの敵が全員気絶、もしくは両手を挙げた状態になりレイナスたちの勝ちが決まった瞬間だった。

お疲れ様です!レイナスが大きな声で答える。
さて、種明かしの前にキッチンで戦い続けるふたりを止めに行かなければ…しかし、案外あっさり終幕してしまってつまらないから、もう少しだけ戦わせておこうか。



























































































































































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