3 決行前夜‐2
探偵ごっこと可愛らしく笑って見せた年上の女性は、部屋にザードを招き入れると唐突に右隣の壁に耳を当てた。一番端にある彼女の部屋の右隣はレイナスの部屋だ。
「何も聞こえないわ」
わかりきったことを言う彼女は、軍きっての機密機関に所属しているとは思えない。
ザードは呆れた口調で言った。
「そうだろ、いくらボロ船だって壁は厚い」
「あら、船長に怒られるわよ」
隣にあの子もいるはずなんだけど。ザードの言葉にくすりと笑ってからライは呟く。彼女があの子なんて子ども扱いするのはいとこである長身の男だけだ。そして彼を子ども扱いするのも彼女だけである。レイナスの部屋にふたりで入っていくのを見た、と彼女は言う。手に酒瓶を持って。
「秘密の相談をするならまさしく今じゃない?」
「あのふたりが?あり得ない」
「あら、どうして」
ライは終始楽しそうに笑っていた。
どうしてって、ザードが言い淀む。
「あのふたりは優秀な軍人よ。人を騙すなんて簡単だわ」
「でも、絶対違う」
「どうして言い切れるの?」
それは、とうつむくザードの脳裏に、ハントの言葉がよみがえった。
あいつは頭がいいから、あいつは立場が、とあの男は悪びれずしれっと仲間を疑った。ザードが不安になる暇も与えないくらい。でも、それを聞いても怪しいとは思ってもどこか現実味はなくて、はっきり言ってザードは信じられなかった。それは、どうしてか。
ライはいまだに笑っているけれど、目の奥では値踏みをするようにザードを見ている。
「だってさ、」
まっすぐにその視線を受け止めた。
「仲間を裏切るような真似をするようなやつと、仲間になった覚えはねぇよ!だから誰も犯人じゃねぇ。みんなの疑いは俺が晴らす!」
「・・・うん」
ちょっとカッコつけすぎたかな、なんて今更ほんのりと頬を染めるザードに、ライは優しく微笑みかけた。
「ちょっといじめちゃったわね。ごめんなさい」
「え?」
「私も、同じ気持ちよ」
ふわりと、少し低い位置にある彼の頭に手を乗せた。
やめろ、とさらに顔を赤くしてザードは頭を振る。照れ隠しにじとりとした目でに睨んでやる。
「で?じゃあなんでここに呼んだんだよ」
「最初から犯人探しとは言ってないわ。探偵ごっこよ。推理ゲーム」
「推理?」
「そう。今回の一件は何か別の目的があってそれをカモフラージュしていると思うの。それを誰が、なんの目的でやっているのか…そこが謎なのだけれど」
ライはベッドに腰掛け足を組んだ。戦闘用のボディスーツではない彼女は、足を組むと膝丈のスカートがきわどく心臓に悪くて、正面に座るザードは少しだけ斜めに体を向ける。
「武器の流出なんて一大事だわ。公にする前に私のところに真っ先に話が来ても良いのに私は知らなかった。いくら仲間とはいえ他国のヴァイスやハントもいるのに、少佐がみんなに仕事を頼んだ。おかしいと思わない?」
「そうだな…」
「だから絶対違う事件が裏に隠れてるのよ!」
拳を突き上げるくらいの気合を込めてライは力説する。
なるほどなぁと納得しかけて、再び脳裏にハントの声がこだました。悪い笑顔とともに。そう、ライほど人を騙すのに長けた人物はいない。もしかしたら、騙しやすい(悔しいけれど自覚はしているザードだった)自分を丸めこもうと…。
だから、協力して。と小首を傾げるライに、鋭い目つきで言った。
今度は自分が値踏みをする番だった。
「…理由はそれだけか?」
ライは瞬きを二回して、にこりと笑った。
「あとは勘よ」
「か、勘?」
「えぇ。ナイトスターの勘は良く当たるの。覚えておいて」
そういえばロナードも勘が冴えているほうだった。
それを思い出してなんだか納得してしまい、ウインクをするライにザードはわかったと首を縦に振ったのだった。
協力と言っても、待機を命じられたザードにできることは怪しい動きがないか目を光らすだけだ。ライも突入するという役割がある。武器の話が何かのカモフラージュならば、アジトにある武器自体も偽物かもしれない。しかしそれを確かめるのはニアとレイラ、ドモラのやることだ。
「まぁ、武器は絶対あると思うけどね」
ライはあごに手を当て少し上を向いた。
ライの部屋はザードの部屋と離れている。加えて廊下を挟んでライの部屋は右舷、ザードの部屋は左舷。初めて入った右側の一番端の部屋の窓から見える景色は、自室のものと違っていた。それでも広く伸びている真っ暗な空はどこから見ても同じだ。
「パチモンとかではなく?」
ザードは窓から顔をライのほうに向けた。
ライもザードの顔を見る。大きく首を縦に振った。
「えぇ。だってこんな大きな話になって偽物でしたーなんて、そこまでする意味がわからない」
でも本物を用意しておく理由もわからない。誰も横流しをしていないのなら、だが。
よほど大きな理由がこの事件の裏に隠されているのだろうか。
「だからとりあえず、みんなを監視しましょう」
「はぁ!?」
腰に手を当てきっぱりと言い放つ。ザードは思わず大声を出し、今が夜だと思いだして口を手で覆う。
「か、監視って。なんか後ろめたいよ…それにそれぞれ役割があるだろ」
「大丈夫。潜入班はニアに監視させるわ。もう話してあるの。ニアも何かおかしいって思ってたみたいで」
「それで?」
「ザードも同じ班のメンバーを監視して。特にロナード、ひとりにさせないように。あの子は不器用だけど器用な子よ。まぁ私が一番厄介なんだけどね。ヴァイス、レイナス、ハント…どれも油断できない」
「わかった。けど、え?結局監視の目的はなんなんだ?」
仲間を疑わないと言いながらも、ライの言ったことは完全に疑ってかかっているように聞こえる。戸惑うザードにライは冷静に言った。
「疑いを晴らすためよ」
「横流しの疑い、か」
「そう。そして裏の目的を果たそうとしているのは誰なのか。そこを突き詰める必要がある。少しでも怪しい動きをしたら追って、確かめて」
ザードははぁ、と大きなため息をついた。
軍人とはこういうものなのかと尊敬に似た素直な驚きがある。それ以上にその冷静さや厳しさに複雑な思いを抱いてしまった。
「ライ…も一度聞くけど、仲間を疑ってないんだよな?」
ライはえぇ、と頷く。
「言ってるじゃない。横流しは誰もしていないわ。でも裏の計画は絶対にこの中の誰かが動かしてる。その実行犯が誰か見つけ出すのよ」
「結局犯人捜しじゃねぇか!」
「だって裏の計画がとんでもないものだったらどうするの!」
「そんなことするやつは俺の仲間にはいない!」
「私だってそう思うけど!」
探偵ごっこなんて嘘っぱちだ。ザードは泣きたい気分でうなだれた。
「何事も、小さな違和感も見逃しちゃいけないの。それが軍人の心得よ」
「俺軍人じゃねぇし。仲間を疑うの気分悪ぃよ…」
「まぁまぁ、裏の計画が必ずしも危険なものとは限らないしね」
「ライの笑顔信じらんねぇ…」
笑顔で先ほどとは反対のことを言う。落ちこむザードに景気づけになんてどこからか取り出したグラスを押し付けた。ザードはは自棄になってなみなみ注がれたワインを飲み干すと、明日に備えて寝ると部屋を後にする。
綺麗に笑って、ライがグラスを掲げて見せた。
「ザード、話を聞いてくれてありがとう」
「ん。とりあえず明日がくりゃ全部わかるんだ。俺は全力でかかる。それでいいだろ」
「十分よ。大丈夫、仲間を裏切ることだけはしないわ」
お休み。
パタンと静かに扉を閉めた。
最後に見たライはベッドに足を組んで腰掛け、ワインを飲んでいた。
仲間を裏切ることだけはしない。ライの言葉は信用が置ける。でも、あんな話をされた後ではどうにも腑に落ちない。もしかして本当に彼女に丸めこまれたのでは、なんて疑心暗鬼に陥ってくる。
俺は、仲間を裏切ったりはしねぇぞ。
ザードはライの部屋を睨む。それもこれもみんな疑わしくて、なにかがおかしくて、こんな馬鹿げた事件が起こるからだ。
と、隣の部屋からほんのり酒のにおいをまとわせたロナードが出てきた。
「まだ起きていたのか」
「こっちのセリフ。なに、酒盛り?」
「まぁな。お前は…」
そこまで言ってロナードの目が細くなる。
ザードは、はっと自分の立っている場所に気づき大袈裟に手を振った。
「ちが、これは!」
「ライの部屋にいたのか?」
「なんでもない!」
疑いをかけられては困る、ザードはロナードの背を押し廊下の先にある彼の部屋へと急いだ。
不満なのか酔っているのかザードに全体重をかけ歩く気配の大人げないロナードに、明日は頑張ろうと声をかけてみた。あぁ、とワンテンポ遅れて返事が返ってくる。
そういえば、ロナードは自分と一緒に援護班だった。突入班だったはずが、ヴァイスが突入部隊を希望したからだ。もしかして不満だったのだろうかと、見えない表情を見ようとして顔を上げる。
「なぁ、役割納得いってるのかよ」
「まぁな」
「なら、良いけど」
「納得していない」
「どっちだよわかりにくいな」
「俺はどうでもいい。しかし他が」
「他って、ヴァイスとか?」
「あぁ。女性陣もだ」
「…疑ってんのかよ」
廊下にふたりの声とザードの足音、それからずるずるとロナードの押される音だけがする。ライとは反対の突き当たりにあるロナードの部屋までの距離が長く感じられた。
「疑っている。この事件を」
「…裏があるんじゃないかって?」
「…何か知っているのか?」
ロナードを支える手が一瞬震えたのを、彼は気づいているだろう。なにしろナイトスターの勘はとてつもなく良いのだ。わかっていてロナードは何も言わない。ザードの気持ちまで勘づいたのだろうか。
「ザード」
ロナードが体重を浮かす。ザードと向き合って、ほんの少しだけ笑った。
「仲間だけは裏切るな。信じていれば、大丈夫だ」
そこは気がつかなかったがロナードの部屋の手前にあるザードの部屋で、お休みと背中を押され部屋に戻らされた。
「ロナード…」
ライと同じことを言っていた。
仲間を裏切るな。この言葉にどんな意味が込められているのだろう。今まで一度だって裏切ろうともったことも、裏切ったこともないのに。
一人の部屋にいると様々な思いが頭を駆け巡って、ザードはもうわけがわからなかった。
「あーもうわっかんねぇけど仲間を裏切るな、つまり今までどおりの自分でいろってことだろ!俺はもう寝る!!」
ばふっと布団を頭からかぶって、全ての夜明けを待ち望んだ。
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