fall


ふわり、舞うカーテンの向こうに冴え冴えとした秋晴れを見た。

風は段々と冷たくなって来たが空は青く、一見清々しい夏がまだ残っていたのかと思う程でヴァイスは目を細める。

静かな部屋の中、目当ての文献を探しに立ったまま本棚から本を抜き取る。違う本ならば床にぱしっと落す。また抜き取る。いつもこうしているからヴァイスの部屋の床は沢山の本で埋め尽くされ、本棚はすっからかんで役目を失っている。

ぱし、また本が落とされた。その本は深い赤の表紙に沢山の傷を拵えていた。持ち主によって何度も同じ目に遭わされたのがよくわかる。また新たな本が横に落ちた。それは背から床に落ちて、適当なページをヴァイスに見せるようしにて開いたままになった。

ヴァイスはそんな本たちの墓場には目もくれず、一つの本を開き読んでいく。
そのページの半分も読み終わっていないのに右手を本棚に収まっている別の本に伸した。

すくりとヴァイスの背後で気配が動く。
ゆっくりと近付き床で開いたままの本を閉じてやった。
「…ちゃんと戻しながら読みなよね」
「下にあるのは必要でない本ですから」
「今は、でしょ?後々別の調べ物した時に必要になるかもしれないんだから」

そうは言うものの何もせず、閉じた本を床に詰み上がっている山に載せたのだった。

それを見てくすりと笑う。

「終っていってはくれないのですね」

同じ部屋にいる彼女はその言葉にくるりと首を向けたがすぐに窓の外に視線を泳がせた。ヴァイスのベッドに膝立ちになり、出窓に肘を付けたまま「私はそんな優しくありません」と一言。

「面倒見てもらいたいならお姉ちゃんに頼んでよね。それかおじさま。ヴァイスってば意外と生活力ないんだから」 
「何故そこにハントの名前が上がるのかわかりませんが…まぁ意外とずぼらというかきちんとしてないですよ私は」

仕事はきちんとこなしますが、と付け加えられた台詞はまるまる無視することにしたラナはまだ窓の外を眺めている。

「そんなだったらいつか女の子に愛想つかされちゃうんだから」
「何故ですか?意外と母性本能をくすぐるとか」
「ないない」

吐き捨てるように盛大なため息をついてラナはやっと体ごとこちらを向いて言った。

「私と仕事、どっちが大切なの?って」

ヴァイスほそんなラナに余裕の笑みを見せ、再び本に手を伸した。

「さて、本当に言われた日にはなんて返しましょうか…」
「絶対言われるんだから。それで女の子はもういい!!とか叫んで家を飛び出して行くの」
「私は追いませんよ?」
「ヴァイスってドライ…」

ラナがぼすんとベッドに横になった。ふかふかな枕から微かに知らない匂いがした。これがヴァイスの匂いなんだと変に意識してしまい、それをごまかすかのように呟いた「もっと色々執着しようよ」の声に「女の子は好きなものに対する執着心はすごいですものね」とヴァイス。

「洋服バーゲン、最新のアクセサリー、お洒落の最先端。可愛い雑貨。甘い物に恋愛。流行のブランドを誰よりも早く…色々と執着が激しい」
「そこまで執着してないけどさ。私は。でもヴァイスも何かに夢中になるくらいのことを」
「仕事、調査」
「じゃなくて…」

飽きれてじとりと視線を投げた後、諦めたように瞳を閉じた。

「…そんなだから栞なくしちゃうんだ…」

ヴァイスとラナの中味のないこのゆるゆるとした長い会話は全て一つの目的のためだった。
ラナが貸した栞をヴァイスが本に挟んだまま行方不明にしたのだ。だから厳密に言えば目当ての文献ではなく、目当ての栞が挟まれている文献を探している。

「ラナさんは相当あの栞に執着しているようですね」
「だっておじさまから貰ったんだもん…」

それがずっとカジノに入り浸るハントを叱ったラナに対するご機嫌取りだとは彼女自身わかっている。しかし何にせよ憧れの異性から貰った初めてのプレゼントなのだ。
大切に持っていたのにある日ヴァイスが栞を貸してくれと言って来て…

「ヴァイスにとったら私の大切な栞なんて紙切れとしか思ってないんだ。結局自分さえ良ければいいような人間なんだ」

ふてくされて枕を抱えててもごもごとラナは喋る。
「さっきの話だってヴァイスなら貴女でもなく仕事でもなく、私自身です。ってしれっと言うんだ絶対」「ラナさん」ラナが顔を上げた。
ヴァイスは屈んで寝そべるラナの頭の横に手をついて微笑んでいた。その距離の近さにどきりと心臓が跳ねる。

「見つけました」

ぴんく色の栞を指に挟んで見せる。飛び起きたラナはあっと声を出し手を伸ばした。

「どうぞ」
「良かったぁ…」

心底嬉しそうな様子にヴァイスは少し寂しそうに笑う。

「少しいじめすぎましたね」
「え?」
「いえ、なんでもありません。すみませんでした」

さらりと銀の髪に触れ何事もなかったかのように本棚に向き直った。

「さぁ片付けなくては」
「…手伝おうか?」

ヴァイスの様子が少しよそよそしく思えてラナが遠慮がちに申し出る。
栞を受け取ったほんの一瞬でヴァイスがなんだか変わってしまった気がする。栞と共にヴァイスの何かを引き取ってしまったのだろうか。

「いえ、大丈夫です。貴女の手を煩わせるまでもありませんよ」
「そう…じゃ私行くね」
「えぇ、長い間お借りしてすみませんでしたね」

そう言って手を振るラナを見送った。ぱたんと閉まる扉を見つめて、天井を仰いだ。

「…なんて卑怯…」

口からでたのは自分に対する言葉で。手に持っていて本をどさりと落とした。
 
本当は、栞がどこに挟まっているかなんて最初から知っていた。でも簡単に返してしまってはつまらない。折角借りていられるのなら、十分に使わないと。

ヴァイスは本はそのままに少しラナの香りが移ったベッドに横になった。

借りたのは栞ではなくラナ自身。意地悪な方法でしか彼女を独占出来る時間を作る術を思いつけなかった。

「大切なのは貴女でもなく仕事でもなく、私自身…あながち間違いではないか」

自嘲気味に呟くが、すぐにでもと続ける。「でも私は貴女が」と。

最後まで言うことなく呟いた言葉はあっと言う間に掻き消えて窓からはもう赤い空が見える頃になっていた。

「もう秋か…」

はらりと木の葉が一枚落ちて、肌寒さから布団を抱き締めた。















モドル
















































































































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