朝起きて、共に旅をする仲間の為に朝食を準備してやる。

これが彼女の日課だ。
元々家事や料理は得意なのでさして苦ではない。

ローズレッドの長い髪をアップにし、目の前の食材にむかう。
と、なんだか気になって壁にかかったカレンダーを見た。

―…あ、

今日はレイラにとって記念日だったのだ。
夫は覚えているのだろうか。

―きっと覚えてないだろう。結婚記念日すら怪しいんだからな

ふ、と笑って料理に取り掛かる。
とんとんと小気味良い音がレイラの昔の記憶を呼び起こす。

レイラの心に刻まれた、大切な記念日…。



レッドローズ



「…っ」

ごうっと激しい音と共にレイラの手から炎が現れた。
その見事な魔法の腕に同僚たちは皆息を飲む。

「流石だなレイラ君」
「ありがとうございます」

訓練担当官が書類に何やら数字を書き込みながら言う。
レイラは表情を変えることなく淡々と応えた。

レイラはカイゼルシュルトの軍に入隊したばかりの新米軍人だが、その魔法の腕前は既に知れ渡っていた。
加えて人目を惹くその美しい容姿と耳の下で切り揃えられた珍しい赤い髪。

人々はその美しさからレイラを《カイゼル軍の薔薇》と呼んでいた。

しかしこの呼び名には綺麗な薔薇には棘がある、と言いたいのか、レイラのそのつんけんとした態度に対する揶揄も含まれている。
そんなことレイラ自身もわかっていたが気にするような性格でもない。
そういう奴等には勝手に言わせておくのが一番である。

「ほぉ、凄い力だな」

レイラの背後からのんびりとした男の声が聞こえた。
振り返るとガタイの良い中年の男が立っていた。

―確かヴァージンスノー隊長とか言ったか…

レイラが無表情で敬礼をする。

「君がレイラか」
「はっ」
「なんですか、隊長自ら隊員の勧誘ですか」

その言葉にヴァージンスノーはがはは、と大口を開けて笑う。レイラはその下品さに眉を顰めた。

「いやぁ凄い新人が入ったと言うからな。確かに有望な人材だ」
「ありがとうございます」
「…しかし、」

ふうむ、ヴァージンスノーが顎に手を当てる。勿体ぶるようなその仕草にレイラは言葉をかけた。

「何かいけませんでしたか」
「うん?いや…」
「はっきりおっしゃってください」
「うーん」

困ったように笑う彼にレイラの怒りは募るばかりだ。
聞こえないようにそっと、ち、と舌打ちをする。

―なんなんだ、隊長だか知らないが人を馬鹿にするにも程がある

レイラはぐっと堪えつつも心の中は荒れに荒れていた。
軍人になることを目標とし今まで魔法に励んできた。
魔法の大学も首席で卒業し、軍に入隊後もカイゼル軍一の腕前だと言われ様々な隊や部署から自分を求める声がかかる。
それなのにこの男は自分の魔法が気に入らないらしい。

「君は素晴らしい魔法の腕を持っているが、ちょっと荒々し過ぎやしないか?」
「なっ!?」
「なんというか、全てを燃やし尽くさんばかりの勢いだな」

何がおかしいのだろう。
彼は再びがははと笑う。
その笑い声はレイラの頭の中でガンガンと響き、癇に触って仕方がない。

「お言葉ですが隊長。敵が迫って来た時、今のような勢いの魔法でなければ敵は倒せません。魔獣の中にも少し自身の一部があれば再生をするものもいます。燃やし尽くす程の勢いで何が悪いと言うのですか?」

レイラは一息で言うときっ、と彼を睨みつける。

「いや何と言うかなぁ。そういう意味じゃなく…」
「何だと言うんですか」

頭を掻くヴァージンスノーにレイラは大きくため息をついた。
そして

「…全く、勧誘だか何だか知らんが、こんなはっきりしない隊長の下で働く隊員が可哀相だな」
「レイラ君!!」

言い過ぎだ、と止める声も聞かずレイラは目の前の大きな男ききっぱりと言い放った。

「私は貴方の隊には入らない」

そしてくるりと背を向け立ち去る。
ヴァージンスノーは呆気に取られた後、にんまりと口の端を持ち上げた。

「なかなか根性のある娘だな、がはは」



「レイラ酷い顔してる」

自室に入ってすぐ、同じ部屋の住人に言われ、レイラは更に顔をしかめた。

「ここ、皺」

二段ベッドの上から身を乗り出し、とん、と自分の眉間を叩く彼女はレイラの同僚であり唯一心を許すことの出来る人物である。

「ヴァージンスノー隊長を知っているか?」
「ヴァージン…あぁ、ドモラさんねー。40になってから軍に入ったって言う」

それがどうしたの?と聞かれ、レイラはため息をついた。

「…プライドをずたずたにされた」
「はぁ?何それ」

レイラはことの次第を友人に話す。友人は真剣に聞いていたが、徐々に頬を緩ませていく。

「何をニヤけているんだ」
「だって、ドモラさん鋭いなーって」
「じゃあお前も私の魔法が荒々しいと思っていたのか?」
「うーん、そうじゃないけど…」

―みんなしてなんなんだ一体

自分の魔法はそんなに問題があるのだろうかと眉間の皺が更に深くなる。

「ドモラさんは技術の面じゃなくて気持ちの面について言ったんじゃない?」
「…気持ち?」
「そ。レイラの苦手分野ね」

明るく笑う友人。
レイラは黙って考え込んでしまった。

「気にするなら本人に直接聞いてみなよ」
「嫌だ。あの人は嫌いだ」
「まぁそう言わず。ドモラさん良い人だって評判よ?」
「…」
「…私、ドモラさんはレイラにとって良い影響になると思う…」

それはどういう意味か聞こうとして、上のベッドを見上げる。
彼女は枕に凭れて、読んでいたらしい本に視線を戻していた。
もう話すことはないらしい。

彼女をじっと見つめていたらとても腹が立っていたのに、何故か今は落ち着いていることに気がついた。同時に無性に皆の言う言葉の意味が気になって仕方がない。

―更に良い軍人になる為の勉強として明日聞きに行ってみるか

真面目なレイラは独りで頷く。

―まぁ私の暴言については謝る気は無いがな



翌日、こっそりドモラの隊の訓練を覗きに行ったレイラは驚いた。
あんな見た目のドモラだ、きっとスパルタな訓練を強いているのだろうと思って行ったら、違かったのだ。だから驚いている。

「ほらそこ!!動きが遅いぞ」
「はいっ!!」
「おぉ、いいぞ今の」
「ありがとうございます!!」
「お前も素質はあるんだから、頑張れ」

がはは。
またあの笑い方で笑って青年の背中を叩く。

彼は隊員たちを激励しながら訓練をしていた。
そんな彼をレイラはベランダから見つめていた。

「自分独りで動こうとするな!!仲間を信頼しろ」

―信頼?

「協力して安全にな!!」

―安全?

レイラの耳に入ってくる言葉は全て、すぐには理解し難いものだった。

「痛っ…」
「む、」

隊員の一人がトラップに躓き地面に倒れる。
その地面は魔獣の毒を弱毒化したものが塗られており、青年は顔を青くする。
ばっと体を起こすが、毒によって体力を奪われその身が大きく傾ぐ。

―あの隊員は減点だな

レイラが頬杖をついて見る。流石にあの隊員のどん臭さには隊長からの檄が飛んで来るだろう。
しかしそんな予想に反し、ドモラが発した言葉は

「イオン放射」

―…!?

「ドモラ、隊長っ」
「訓練だからって気を抜くな!!ほれ、ゴールまで走れ!!」
「はい!!」

隊員は力強く頷くと前を見て走り始めた。
レイラは呆然とする。

―どこまで甘いんだあの男は…

トラップが仕掛けられた長い直線コースを隊員全員が駆け抜け、訓練は終了となった。
ドモラの解散の一言に一同敬礼をし、バラバラに散らばる隊員たち。

「…え、あれ」
「おい、あれ魔法部隊のレイラじゃないか?」
「なんでここに!?」
「やっぱり綺麗だなー」
「薔薇様じゃん!!俺初めて間近で見た!!」

ざわつく隊員たちの間を大股で通り抜けて、目的のドモラの前で仁王立ちをする。

「おや、レイラじゃないか」
「ドモラ隊長に話がある」

隊長になんて口利いてるんだと焦る隊員たち。
しかしドモラは気にした様子もなくにこにこと笑ってレイラを連れて室内に入って行ってしまった。

「なんだあの組み合わせ…」

一人の隊員の呟きに皆首を傾げた。



「何故あの隊員を助けた?」
「本当の戦場で同じ状況に陥った時、君は彼を見捨てるというのか?」

質問に質問で返されてしまい思わず口を噤む。

「まぁ本当は、あそこで別の隊員が手を貸すのが一番良いがな」
「…仲間だからか」
「勿論だ。一人で戦っている訳じゃない」
「その信頼と安全とか、甘いんじゃないのか?」
「そうかもしれんな…しかし」

ふと表情を緩め、レイラを見つめる。

「…君は何の為に戦うのだ」
「は?」

突然の問いにレイラは眉間に皺を寄せた。

「今私が質問して、」
「君の答えを聞いたら続きを話してやろう」

むっ、と頬を膨らませる。
が、ドモラの表情が真剣だった為レイラもすぐ真面目になって口を開いた。

「敵を倒す為に戦う」
「ほぉ成程」

ドモラはふむふむと相槌をうつ。

「倒す、というのは殺す、というこだな」
「…あぁ」
「殺す、というのは壊す、ということだ」
「壊す?」

首を傾げるとローズレッドの髪がさらりと流れた。

「敵は他国の軍か魔獣かわからないが、殺すということは今までその者が歩んで来た人生、彼を取り巻く全てを、彼の肉体を壊すことだ」
「…」
「君の力は、魔法はそんな破壊をする為だけに存在しているのか?」
「私の、力…」

愕然とした。

軍人たるもの敵を倒すのは当然で、戦う理由などそれ以外にはないと思っていた。
しかしそれはただの破壊に過ぎないと彼は言う。自分の力は破壊しか招かないと。

「じゃあどうしたら…」

その声は掠れて、いつもの堂々とした張りはなかった。

「儂はな、こんな歳になってから軍に入った。それまでは普通の民間人として暮らしていた」

ドモラが優しく話し出す。
レイラは静かに耳を傾けた。

「それまでの暮らしは楽しくて大切なものを沢山教えてくれた。友人の大切さ、家族の素晴らしさ、故郷の愛しさ、自然の尊さ…」
「…」
「儂は、それらを守りたいと思って軍人になった」
「守る、」
「そうだ。守る、だ。壊す為ではなく守る為に儂は戦う。その為には信頼出来る仲間が必要だ。一人じゃ守り切れないからな。それに安全を心掛けることも大切だな。なんて言ったって、自分が傷付いたら守れるものも守れん」

―大切なものを守る…

レイラはじっと彼の瞳を見つめていた。
澄み切った瞳は、信念を貫く強い色が広がっている。

「だから隊員にもそれをわかって欲しくて言ってるのだが…そうか甘いか」

はは、と情けなく笑った。

―…なんて人だ

何もわからず目の敵にしていた自分が恥ずかしい。
この人は凄い人だ。

「隊長、私に足りないものは…」
「うむ。レイラ、君も守りたい大切なものを見つけると良いだろう。ただ壊すだけの利己的な力ではなく誰かを守りたいという気持ちは、自分を強くするぞ」

―…私が守りたかったもの

つう、とレイラの目から一筋、涙が伝った。

―私は自分のプライドを守ることしか考えていなかったんだな

情けない。恥ずかしい。

はらはらと涙を流すレイラにドモラは椅子から転げ落ちるばかりの勢いで驚きバタバタと騒ぎ始めた。

「な、泣くな!!何か気に触ったのなら悪かった。おお、何か拭く物…タオルはどこだ」

大きな体を小さくして慌てるその姿に思わず噴き出してしまう。

「…くっ、」
「な、泣いてるのか笑ってるのかどっちなんだ」
「だって…ふふ」
「全く…」

結局拭く物が見当たらず、自分の袖で涙を拭うドモラ。

「もう大丈夫です」
「そうか?」
「はい…隊長、」

真直ぐにドモラを見据える。

「私を貴方の隊に入れてください」
「レイラ…」
「お願いします」

深くお辞儀をする。
ドモラは暫く見ていたが、にっこりと微笑むとレイラの頭を軽く撫でた。

「敬語のレイラは気味が悪いな」
「なっ、」
「儂の隊員たちも訓練時以外は儂に敬語は使わん。レイラもそのままで良いぞ」
「…ということは」
「よろしくなレイラ」

レイラは満面の笑みを見せた。

「…笑うと可愛いな」
「何を言って…!!」

さら、頭に乗せたままの手を動かす。指の間から綺麗な赤い髪が零れた。

「髪を伸ばすと更に綺麗だろうな」
「…!!」

団体と顔が赤くなり体が熱い。

―何だ…この感覚は、

いつもの冷静さを掻き乱されて混乱しているレイラに、そんなことお構いなしなドモラは最後に一言こう告げた。

「泣いたり笑ったり、無表情な娘だと思っっていたが面白い奴だな」
「!!」

ばっ、と頭の上の手を払い除ける。その顔はもう真っ赤で。

「…帰る」
「レイラー?」

ばたんとわざと音を立て扉から飛び出した。

―…泣いたり笑ったりって…

自分は、自分でも無表情だと思っていたし冷静な人間だと思っていた。それなのにこんなに感情が溢れてくるなんて

―相手がドモラだからか!?

自覚すると熱は更に上がる。レイラは人目も気にせず廊下を全力で駆け抜けた。



―懐かしいな。今日は私がドモラの隊に入隊した日だ

こんな些細なことを覚えているなんて、と少しおかしい。

その後ドモラの隊に入ったレイラは、各地で功績をあげついに《帝国の赤い薔薇》と呼ばれるようになる。
この異名にはかつてのような揶揄は無く、純粋にレイラの強さと美しさを称えるものであった。それもドモラに出会い、変わったレイラは人当たりも良くなり魔法も更に腕を上げ誰からも尊敬される人間になった為である。
因みに《赤い》がついたのは腰まで伸したそのローズレッドの髪と、この異名を付けた人物が頬を赤く染め微笑むレイラの美しさに心を奪われたからである。

…その人物はレイラが微笑みかけていた対象がドモラと知り盛大に驚くこととなった。

「レイラさん、何か良いことあった?」

朝食を運ぶのを手伝ってくれている少女が、その銀髪を揺らめかせ尋ねた。
知らぬ間に顔が緩んだいたようだ。

「いや…」

レイラは、ドモラを起こしてくる、と告げキッチンを後にした。

二人で使っているエアベルン内の一室。
ベッドにはレイラの夫がいびきをかいて眠り込んでいた。
いつもなら布団をひっぺがして問答無用に叩き起こすのだが今日は違う。

静かにベッドの脇に立つ。

―ドモラに出会えてなかったら今の私は居ないな

大切なことを教えてくれた愛しい人。

―私が守りたいものは、

貴方のその優しい心。

それに気付いたからレイラは強くなれた。
結果この恋は実り、今では二人で世界を救う旅に出ている。

―今の私が守りたいものは、ドモラ、お前が居る日常だからな

勿論世界を救いたいとは思っているが一番の願いは、ただ愛しい人と過ごすこの日常がいつまでも続くようにということ。その為にレイラは魔法を振るう。

まだ目覚める気配のない夫の寝顔に、微笑むと

「愛しているぞ。ドモラ」

その耳に唇を寄せた。



―お前は私が守るからな

モドル






























































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