私は、目を閉じ考える。母とは、子とはなんなのかを。残される子になにをすべきで、偉大なる母になにを学ぶべきなのかを。
膝の上に乗るぬくもりはいとおしく、絶対的な信頼となにものにも染まらぬ無垢な輝きを持って静かに眠っている。私は、彼を守るためになにができるのだろう。

私はずっと、恨んでいた。
こんな世の中に一人置き去りにした母を。

風の強い日、眠い目を擦りながら私はどこかにつれていかれた。
出迎えた人物は生真面目そうな眼鏡をしていて、奥の瞳を厳しく細めた。母は、そんな視線に怯むことなく男を見つめていた。タオルをもらい、暖かい風呂を借りているうちに母親はいなくなってしまった。
「…あいつは、君のお父さんを追ったよ」
それが男の、エリオルとの最初の会話だった。

魔法の力を持つ者が少ないエルディアでは、魔法使いは尊敬か畏怖の対象だった。治癒魔法が使えるものは重宝され、破壊の魔法は恐れられる。その中でも施術と呼ばれるスピリチュアルな能力を持ったとある男性と、古代の破壊の力を秘めた女性は自分の生まれついた能力は特別であるとわかっていたから、ひっそりと暮らしていた。
仲を取り持ったのはエリオルだった。幼き頃をともにした彼らは絆を深め、大人になっても交流は続く。
次第にエルディア軍とレジスタンスの抗争は表面化し、彼らは自分たちの生活を守るため軍と戦うことを決めた。

私は、エリオルが繋いだ絆の元に生まれた。

エリオルはきっと、母親のことを好いていたのだと思う。母親どうかわからないけれど、望まぬ力を持った者同士のシンパシーを選んだのだ。
それが次世代を生きる子にどんな影響をもたらすかも想像せず。
そう、ぽつりと漏らしたことがある。
「どうしてお母さんは私を生んだのかしら」
エリオルは作業の手を止めこちらを見た。
どうして置いていったのかはわかっている。軍との対立が激化し、居てもたってもいられなくなった父親が戦地に赴いたのだと言う。仲間を助けたい一心で。勿論エリオルは止めた。彼は学者の真似事をしていたが、先見の明は信頼に値するものがあった。エリオルは今は行かない方が良いと言ったのだ。
父親はエリオルの言葉を降りきりそれきり戻らず、母親は数ヶ月後私を置いて戦地に向かうこととなる。
母親の持つ破壊の力は、一瞬であたりを静かにした。
やはり、女が選ぶのは、最後には、男なのだろうか。少し大きくなってからその話を聞いた私は、ひんやりとした胸のうちで思った。
「私を生めば、力が引き継がれると考えなかったのかしら。辛い思いをさせると…」
「子供の未来を考えずに、子を生む親はいない」
エリオルは遮った。
穏やかに言い聞かせるような声だった。
「子が幸せであるように、努力をしない親は、いないんだ」
「…エリオルには感謝しているわ。いつもありがとう」
「そうじゃない、ニア…」
エリオルは苦笑して私の頭を撫でる。
「いつかお前もわかる日が来る」


私の膝を枕にしていた少年がぼんやり目を覚ました。大きくあくびをして、まだとろけた瞳であたりを見渡す。エリオルゥ、と泣き出しそうな声で親代わりの男を呼ぶので抱えて抱き締めてやった。
「呼んだか?あぁ、起きたのか」
「大丈夫、また眠っちゃうわ。それにしてもそろそろ良い歳なんだから、子供たちにエリオル離れをさせたらどう?若い職員もいるんだし…」
「私は別に、私だけになつかせようとしてはいない」
困ったように男が頭をかくので、私は笑ってしまった。

孤児院は規模を拡大しまだ続いている。今ではクラウディア連合政府の補助もありエルディアはぐっと住みやすくなった。それでも不幸な子は絶えない。私はその事実にいつも胸を痛めていた。
しかし、大人になった今、子をもうけることができる歳になった今…ただ己の不幸を恨んだり、残された子供に希望がないなどは思わない。
むしろ私は、子供は、この世界の唯一無二の希望なのだろう。

私がもし母親の立場なら、同じように父親を追うかもしれない。
レイナスがどこかで戦っているなら、私と彼の生きた証を守るため、私も戦うかもしれない。それは彼を優先するとか子を残すとか、そういった感情の話ではないのだ。
私の両親は私を守るため、最善を尽くしたのだ。
今では私にも顔も覚えていない父親の力が引き継がれていることに感謝をしている。母親ができなかったもうひとつの子供の守り方を私はできるのだから。

母親は回復魔法が使えなかった。
私とふたりで逃げ回っても、怪我をしても助けてあげることができないのだ。本当は側に居たかったに違いない。今の私には漸くわかる。
私は、子をずっと守っていける。

エリオルがそろそろ帰らなくていいのかい?と声をかけた。
私はまた来週手伝いに来ると告げ、慣れ親しんだ実家をあとにする。

ずっと平和であるよう、愛した世界が続くよう人は希望を残すのだ。
そしてその希望を守るため、全力を尽くすのだ。
かつて希望だった私は、これからなにをしよう。まだ幼いぬくもりの残る手のひらは生きている実感を与えてくれた。































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