SôBô

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歌が聞こえた。

壁にもたれ項垂れていた頭を擡げる。
その声は明るく、陽気で、それでいて厳かささえ感じられた。
自由エルディアのアジトでは毎夜こうして酒を飲んでは歌をうたい士気を高め絆を強めていた。
ばらばらの手拍子、大声の歓声。少女の笑い声。ロナードはふと頬を緩めた。
この地に、荒れた大地に力強く生きる民草にロナードはまだ馴染めずにいた。
温かい光の漏れる窓を見上げ、いや、と改めなおす。馴染めない、とは少し違うかもしれない。
彼らと親しくするのに、気が引けてしまうのだ。
彼らは空からやってきた異人を今では仲間として扱ってくれている。
しかし彼らの厳しい生活や置かれている状況を知れば知るほど、ロナードの心の距離は開いていった。
自分は確かに戦地を潜り抜け命を懸けて生きてきた。
だが、地位や人並以上の生活、金。そのようなものは十分なほどに持っている。当たり前のように。
エルディアの人々と触れ合うたびにその強さに心打たれ、申し訳なくなる。
自分一人で生きてきたつもりになっていた自分。自分一人で生きていくと決めた浅はかな自分。
そんなものはちっぽけで、名声も財産もくだらないものだと思い知らされた。

そんな自分が彼らと関わるのは恐れ多かった。
そしていつかはこの地を離れ平穏で光の満ちた空へ帰るのだ、必要以上に情をかけるつもりはなかった。

「あー!またこんなところにいた!」

外の見回りを終えたザードという少年が薄暗い路地に座り込むロナードを見つけた。
彼はこの地でできた最初の友人だ。ザードもロナードのことを兄のように慕っている。
その無垢で好奇心に満ちた瞳は、ロナードの心を絆し、時にちくりと痛めつける。
この時もまた、彼の視線から逃げるように再び頭を下げてしまった。
ザードはどこか痛いのか?と顔を覗き込む。ロナードは頭を振った。
「じゃあなんでこんなとこにいんだよ。飯は食ったのか?」
「…いや、」
「そんなら早く戻ろーぜ」
「俺は、」
梃子でも動かないのではと思えるくらい暗い影を落とし微動だにしなかった彼を、少年はいとも容易く立ち上がらせる。
笑顔で暖かな掌で彼の手を引いた。ふわりと見えない力が加わったのだろうか、ロナードも目を丸くした。それくらい簡単に立ち上がってしまった。
「こんなとこでうじうじしてっと根っこが生えちまう」
「そんなわけないだろう」
「例えだよ、冗談通じねーなぁ!」
その時アジトの中から一際大きな歓声がした。
歌い終わり盛り上がりが最高潮に達したのだろう。
ザードが頬を緩めそちらを見た。はしゃぐ大人たちの姿が影絵のように映っていた。
「やってるやってる」
「…ここの人たちは皆こうなのか?」
「こうって?」
きょとんと見つめ返されロナードは言葉につまる。咳払いをして、あごに手を置いた。
「陽気というか…歌などうたえる場合ではないはずだが、こうして毎日明るく過ごしている」
「あぁ。確かに」
路地を過ぎれば薄暗い広場があって、転々と粗末に建てられた小屋がある。
その一角がロナードがあてがわれた部屋がある家だ。
ランプの炎がぼんやり足元を照らす。空は厚い雲に覆われて、暗い。
「辛いし厳しい状況なのはかわんねぇ。ずっとこうだ。だからって暗くなっていらいらして毎日喧嘩ばっかしててもかわんねぇよ」
笑い声と歌声が遠ざかる。
「俺はニアやラナに怖い思いをさせたあいつらが許せねぇ。この地を荒廃させていくのも本当にムカついてる。そいつらをブッ飛ばすには、俺らが争ってても意味ないんだよ。一人じゃ何にもできない俺たちは仲間を作って戦わなくちゃ」
仲間、その言葉が輝いていた。
空に残る親友はロナードが唯一仲間と呼べるに値する人物だった。
その親友は彼の知らぬ間に他にも仲間を作っていた。だがそれは自分の仲間ではない、そう心の中でロナードは思っていた。
それなのに船に乗る見知らぬ仲間たちはロナードに手を差し伸べた。親しくなろうと努力をしてくれた。
「ここにいる奴らはみんな仲間だ。生まれも育ちも性別も年齢も違うけど、ここに集った奴らは、仲間だ」
「・・・」
ザードは指を一本立て、空を指した。
「いつの日かあの分厚い雲から光が差すんだって信じてる。そのために戦うんだって、それが今俺たちがここに生きている意味なんだ」
「生きている意味…」
少年の純真な言葉は、まっすぐ突き刺さるようで思わず胸に手を当てた。
その手を握り締める。誰がためにこの剣を振るうのか、それは見て見ぬふりをして今までずっと逃げてきた問いだった。
「不思議だな。光のない世界に来て、光が見えた気がするなんて」
「なんか言ったか?」
「いや、何も」
ふりかえったザードに目を細めて微笑んだ。
少年は頭の後ろに手をまわして、首をかしげた。後ろ手に持ったランプが彼の背を照らしていた。
後光が見える。思わずロナードは笑った。

宴もたけなわ、遠く聞こえる歌はしんみりとしたものに変わっていた。
今頃仲間たちは、と思い馳せては空を見上げる。
そのふたつのまなこには憂いはもうなかった。

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モドル
































































































































































































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