そんな気持ちを貯えて(乾貞治)
日々を乗り越えていくコツはささやかな楽しみをひとつ設けることだと考えている。適度に自分を甘やかさなければ壊れてしまいそうな気がして。
「おっと」
「どうしたんだなまえ」
「アイスのストックがないですね」
「それは由々しき事態だね」
思わずこぼれた言葉に乾くんが反応したのでそのまま起きていることを伝える。アイスは一日の楽しみのひとつなのである。
「なまえは寝る前にアイスを食べるのがルーティンだから、それは大変だ」
「うん、とっても大変。でもこんな時間だし……」
時計は23時を指している。この時間になるとスーパーやドラッグストアは基本的には営業時間外だからコンビニが一番選択肢としては最適。かつ家から最短距離で行けるので、コンビニ以外の候補が見つからない。
「買いに行くしかないかも」
「じゃあ一緒に行こう。もう遅いからなまえを一人で出歩かせたくないし」
私を心配する気持ちをさらりと口にできるあたり愛されてるなあと実感する。彼のことだからうまいこと口実に使っている可能性もないとは言いきれないけれども。
「ちゃんと羽織っていたがいい」
近くにあるカーディガンをすぐに差し出せるのは色々な知識があるからこそできる気遣い。感謝の言葉を伝えてありがたく受け取ると彼はもう準備ができていた。私の手を取って玄関を出ると思っていたより冷たい風が頬を撫で、冬の夜を感じさせる。
「寒いし何よりなまえが心配だから手は繋がせてもらうよ」
「私ひとりで勝手に行かないよ?」
「思った通りの答えだ。理由はなんだっていいから恋人と触れ合いたいということを汲んでほしい」
「それなら喜んで」
お互いが感じる指先の温度すらも愛おしい。とはいえあまりに寒いので、早く買って温かい部屋でひっつきたいなと話すと名案だとばかりに歩く速度が上がった。