Side C
なんでこんなことになってしまったのかは分かりません。けれど確かにひとつだけ言えることは、今回の件で一番得をしたのは、間違いなく私であるということです。


Side C : 桃井さつき


幼なじみの大ちゃん…青峰くんは、昔からクラスの女の子に人気がありました。みんなより背が高くて、元気で、運動神経抜群で。小学生の頃から何処に居ても目立つタイプの青峰くんは、もうそれだけで女の子の憧れになっていた。あおみねくんってカッコイイよね。可愛らしい恋心を抱いた友達がこっそり私にそう言う度に、最初は理解出来なくて首を傾げていたけれど、段々と私は得意げな気持ちになっていきました。兄弟みたいに一緒に過ごしてきた大ちゃんが褒められるのはとても嬉しかったし、幼なじみとして鼻が高かった。けれど、それは小学生までの話です。

中学生になってからの青峰くんは、それまでの比じゃないくらいの人気者になりました。元々大きめだった身長は急激に伸びて、顔付きも体つきも学年の男の子よりも一足先に逞しいものに変わりました。
加えて、中学生に上がると、女の子たちの恋愛の形態にも著しい変化が訪れます。遠くから隠れて眺めて、交換ノートなんかで好きな男の子の名前を教え合う、みたいな可愛らしい恋の形は終わり、付き合うとかデートするとか、女の子たちはそういう文化に憧れるようになった。青峰くんは女の子たちから、恋人になりたい、そう思われる対象として見られるようになりました。
そしてそれは、青峰くんだけじゃなかった。赤司くんも、みどりんも、むっくんも。顔がかっこいい、背が高い、頭が良い、運動が出来る、人気者。そんな女の子たちの憧れる要素をぎゅっと詰め込んだような彼等は、当然のように彼女たちから持て囃されました。私がマネージャーを勤めるバスケ部、特に一軍の中には、そういった女の子に人気な男の子が多かった。そしてそんな彼等に囲まれ、マネージャーだから当然なのだけれど、親しくしている私は彼等に憧れを抱く女の子たちの嫉妬の対象になりました。

中学生に上がってから、私は自分の顔付きや身体の発達は他の女の子よりも良いと云うこと、そしてそれは男の子に好まれ易いのだと云うことを少しずつ自覚してきていました。その頃から、知らない男の子から呼び出される機会も急激に増えた。青峰くんたちのことを抜きにしても、私はそれだけで結構な女の子から嫌われていたと思います。入学してから半年で、私は両手で数えきれない程の呼び出しを受けたけれど、その相手は男の子よりもむしろ女の子の方が多かったです。

夏休みに入り、普段の学校生活から解放されて部活一色になることで、やっと私はそんな汚い視線から逃げ出すことが出来ました。変に周りの女の子に神経を使うことなく、大好きなバスケのサポートに全力を捧げられる夏休みは、それはもう幸せなものだった。基本的に休みのないバスケ部の練習、そのサポートは確かに楽なものではなかったけれど、今まで足枷を付けられたような生活を強いられていた訳ですから、私は本当に開放的な気持ちになっていて、そんな忙しい時間すら充実したように思っていました。だから夏休みが終わってしまう、そのことが憂鬱で堪らなかった。
彼女、美奈子ちゃんが一軍にやって来たのは、ちょうどそんな時期でした。

美奈子ちゃんが一軍に移動してくることを初めて知らされたとき、確かに変だな、とは思ったんです。マネージャーは選手程頻繁に入れ替えは無いですし、仮に行うとしても、本来は選手の昇格試験と同時期の筈ですから。あまりにも時期が中途半端だったんです。
違和感があったのはそれだけではありません。美奈子ちゃんに対する部内の空気も、何だかおかしかった。
マネージャーの中ではそんなことなかったのだけれど、部活の男の子たちの美奈子ちゃんへの扱いはなんだかよそよそしくて、露骨に冷たかった。不思議に思って青峰くんに尋ねてみたら、それは一軍にやって来た初日から既に、もう今の状態だったらしい。(そのときの私は洗濯機を回していてちょうど体育館には居なかったので、そんな召集があったことすらも知らなかった。)
不穏な空気にはすぐにマネージャーの皆も感づいて、みっちゃんたちと私は様々な憶測をひっそりと交わした。けれど、結局一軍の誰かと喧嘩でもしたのだろうとか、恋愛のごたごたでもあって折り合いが悪い相手がいるのだろうとか、そんな結論に至ってみんな興味を無くしてしまった。少し経つと、慣れからか誰も気にしなくなった。

美奈子ちゃんはとても仕事の出来る子でした。元々マネージャー自体人数が多くないから、美奈子ちゃんのことは以前から知っていたし、手際のいい子がいるのだなあ、なんて感心してはいたのだけれど。同じ一軍担当になって、近くでその作業を見る機会が増えると、その仕事振りには驚かされることばかりでした。手際の良さも、一度に熟せる仕事の量も、私たちより数段上のものだった。勿論、その速さでも仕事の質は完璧で。マネージャーの子たちはみんな、彼女の仕事振りに一目置いていたんです。
美奈子ちゃんはいつでも、みんなよりもずっと一生懸命でした。部活中は仕事モードになるらしく、雑談に夢中になるとか、不意に気を抜いて仕事をおざなりにするなんてことは一切無くて、常に神経を尖らせていました。私はドリンクを作るときとか、皺無く洗濯物を伸ばすときの、鬼気迫るような凄みのある彼女の横顔を見ることが好きだった。

けれど私は、彼女を友達として見ていた訳ではなかった。その事実に一番驚いたのは、誰より私自身でした。

新学期が始まって、長期の休みを挟んだことが効を奏したのか、私の恐れていた呼び出しや嫌な視線なんかはひとまず落ち着いていました。けれど秋に行われる体育祭などの校内イベントが過ぎると、女の子たちの恋心には火が付き、再び私は呼び出しを受ける機会が増え始めたんです。

「桃井さんてさ、緑間くんと仲良いよね?」

その日の呼び出しは、隣のクラスの女の子たちからでした。校内でも派手で目立っている、確か、ダンス部の子が多いグループ。どうやらその中の比較的大人しめの可愛い子が、みどりんのことを好きであるらしい。次の言葉はふたつにひとつ。協力しろという命令、もしくは、調子に乗るなという牽制。

「マネージャーだからってさ、調子乗らないでくれる?」

どうやら今回は後者であるらしい。早速予想通りの答えに、私は溜息でも吐き出したい気持ちでいっぱいでした。
いつもなら、彼女たちが満足するまで罵倒をさせ続け、私はひたすら無言で終わりを待つ。けれど、久しぶりの呼び出しだったせいかもしれません。私はもう我慢出来ない、耐えられない、と思った。
そしてその瞬間、ふいに残酷な手段を思いついてしまった。

「…わたし、そんなにみどり…緑間くんと仲良くない、よ」

「はあ?」

それまで好き勝手に喋っていた彼女たちは、今まで無言を貫いていた私が突然口を開いたことに拍子抜けしたようだった。その中央に立っていた、一際可愛らしい顔をしたその子が、じっと私の言葉に耳を傾けたことが解った。

「私よりも、同じマネージャーの笹木さんの方が緑間くんと仲が良いの」

その嘘は余りにも簡単に、私の口からするすると零れていきました。彼女たちが私の周りを取り囲むことは、その後一度もありませんでした。

彼女たちが去ったあと、ひとりその場に取り残された私は自分の言動に驚き、困惑していた。今まで私が今回のような呼び出しに耐え、応じてきたのは、他のマネージャーが同じ思いをするのが嫌だったからです。こんな思いをさせてしまうくらいなら、私が全部引き受けてしまう方がマシ。そう思っていた筈だった。
なのに私は、あっさりと美奈子ちゃんの名前を口に出来てしまった。それは、つまりそういうことなのでした。

一度やってしまうと、罪の意識は薄れてしまうものなのかも知れません。私は呼び出されたり、相談を持ち掛けられたりする度に、彼女の名前を相手に告げた。私は女の子たちから呼び出される回数が少しずつ減っていき、一年生の終わりには、殆どそんな機会は0に近くなっていた。代わりに、廊下で数人の女の子に連れられた美奈子ちゃんをぽつぽつと見かけるようになりました。

そうした私の計画が効を奏したのだという事実が顕著に現れた出来事が、きーちゃん、黄瀬くんの入部でした。
モデルという華やかな肩書を持っていて、飛び抜けてルックスの良い黄瀬くんの人気は他のバスケ部の男の子の比じゃありません。当時、ファンクラブや取り巻きまで存在していた。当然、マネージャーはそんな彼のファンからひどく疎まれる筈だった。けれど、私は呼び出されることなど一度も無く、学校生活は不自然なくらい平穏なままでした。

ドリンクホルダーを洗っていたときでした。隣の蛇口で並んで作業をしていた美奈子ちゃんが、突然目の前にやってきた制服姿の女の子二人組に呼び付けられたんです。蛇口を捻りながら、申し訳なさそうに少しの間仕事を抜ける旨を伝えてきた彼女の姿を見て、私は初めてその事実に気がつきました。美奈子ちゃんは、黄瀬くんの取り巻きからの被害を一身に引き受けて居たのです。そして蛇口を捻る華奢な指は、細かく震えていた。私は自分のやってしまったことの深刻さを、初めて思い知りました。

私は彼女を売りました。私自身の保身の為に、彼女への情が、自分の中での罪悪感が薄いうちに。けれど彼女がやってきて一年近くが経とうとしている今、私にとって彼女は身近な存在へと変わり、小さかった罪悪感は日に日に色濃く、深い物になっていきます。こんな思いをするくらいならば、自分が全てを引き受けていたときの方がマシだったと、何度思ったか解りません。けれど今となってはもう、全てが後の祭りです。
私は彼女を売りました。この罪悪感が蟠るうちは、きっとずっと、私は彼女から離れることなど出来ません。


130316


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