Side B
その女が一軍にやって来たのは、きつい日差しが続いた夏も終わりに差し掛かった頃だった。


Side B : 緑間真太郎


一年の夏休み、確かその日は最後の全日練習の日だったと記憶している。蒸し上げられた体育館でアップを終え、本格的に練習を始める前に赤司から集合を掛けられた俺達は、少なからず動揺をしていた。召集を掛けた張本人である赤司の隣で、まるで転校生か何かのようにひとり立たされている、酷く顔を強張った女の姿を見てのことだった。
次のメンバー入れ替えや昇格試験は秋口に行われる。本来ならマネージャーの入れ替えも、その時同時に行われる筈だ。二軍の女を一軍のマネージャーへ移動させるには、まだ些か時期が早い。
第一、この召集自体が異様なのだ。ただのマネージャーがひとり移動しただけならば、このような紹介などミーティングか何かでさらりと行われて然りだろう。けれど赤司はわざわざ俺達を集め、その女の移動を大々的に知らせた。
まるで見せ物だ。当時の俺はそう感じ、赤司の行動を怪訝にも思った。
何より、これだけ仰々しく紹介をしたにも関わらず、赤司の口調からは歓迎の感情が微塵も受けられなかった。それが何とも奇妙だった。

よく仕事をする女だったと思う。桃井のように表だった、試合で直接役に立つようなサポートはなかったが、雑用を含め影で黙々と作業をしていたそいつの仕事ぶりは、文句の付けようがない程完璧なものだった。
巷ではマンモス校と呼ばれる帝光中の中でも、このバスケ部には特別部員が多い。一軍だけとはいえ、その仕事量は小さな身体の女子にしてみれば、決して楽な物ではなかっただろう。けれど不平ひとつ鳴らさず、休むことなく手を動かすその女の仕事振りを、俺は一目置いていた。だがその評価は俺個人のものであって、その女の仕事が部で評価されることは一度もなかったし、今後も有り得ないだろう。
そいつは部全体から目くじらを立てられている。僅かなミスを責められることはあっても、プラスの働きは全く部員の視界に止まることはない。一軍内の一部はそんな醜い粗探しを娯楽として楽しんでいるというのだから、全く下らん話だとは思う。

不思議なことに、部活の中でここまで卑下された扱いを受けているにも関わらず、その女は退部する素振りを全く見せない。それどころか、驚くべきことに、一軍に移動をして来てから今まで無遅刻無欠席でさえある。それはどうにも可笑しい事に思えた。この空間にいる限り、どれだけ一生懸命になろうと彼女の努力は評価の対象となることは無い。後ろ指を指され、密かな笑いの標的とされるばかりだ。だがしかし、そんな自分を嘲笑う相手の為に、その女は今日もジャージを身に纏い、楽でも無い報われない仕事に精を出す。それは余りに奇妙なことだった。

俺は間違いなく、この件には赤司が一枚噛んでいると踏んでいる。というより、奴しかいないのだ。
実質、この部活の指揮を執っているのは赤司だ。そんな赤司が部員たちの目の前で誰が一人を卑下するような態度を取ったのならば。そいつが部員全員から見下される対象になるということが目に見えている。奴にはそれ程の影響力がある。あいつが考え無しにそのような行動を取ったとは到底思えん。確実に、赤司はあの日、あの女が部内での標的になるように仕向けた。

赤司の行動の真意は何なのか。そして、あの女が部活を去らない理由は何なのか。
赤司は一人で、暗に何かしらの企みを練っている。あいつのことだ、それは俺がいくら思案したところで、解ることなどないのだろう。だが、赤司の手の平で良いように弄ばれているという現状。それが俺にはどうしようもなく気に食わん。だから俺は一度、将棋を打つ最中に奴を問いただした。

「それは心外だな。何も企んでなどいないさ。」

顎に片手を添えて形式的に悩むような仕種をした後、赤司は涼しい顔で次の駒を打ちながら、ついでのようにそう答えた。演技掛かったような声色と裏腹に、口許には怪しげな笑みが浮かべられている。碁盤の上でも向かい合う現実でも奴を追い詰めることの出来ない苛立ちを歯痒く思いながら、俺は苦し紛れに次の手を打つ。我ながら、悪くない手だった。赤司は再び顎に手を添え、ふうん、と殆ど呼吸のような声を漏らしながら、緩く笑んで口を開いた。

「まあ、彼女がいると安定するからな」

どういう意味だ。そう問う前にパチリ、と打たれた駒に俺はぐっと息を呑んだ。赤司は怪しげに、勝ち誇ったような表情を惜し気もなく浮かべている。ああ、その顔が何とも言えず腹立たしい。
その瞬間ひとつだけ悟ったことは、赤司はあの女を辞めさせる気など更々ないのだという、その事実だけだった。
やはり俺には、赤司の考えることはよく解らないのだよ。


130315


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