Side A
それがいつ始まったことなのかはわかりません。ただ、僕が一軍に昇格したとき、それは既に当たり前のようにそこにありました。


Side A : 黒子テツヤ


ある、という表現も些か間違いなのかもしれない。とある生徒を、まるでそこに居ないように振る舞う、という殆ど不文律のような決まりが、帝光中バスケ部一軍の中では浸透していました。それは無いようで、確実にそこに在るものだった。僕はその事実を言葉にして教えられたことはありませんが、少しの期間でそれをしっかりと悟っていました。

標的となっている彼女は、一軍のマネージャーでした。僕は三軍から一軍へと昇格をしたため確かではないのですが、少し前までは二軍のマネージャーをしていた生徒だったと思います。けれど僕が昇格したとき、既に彼女は一軍のマネージャーとして仕事をしていました。
普通の女の子、という言葉がしっくりいくと思います。同じマネージャーの桃井さんの隣にいることが多かった為かもしれません。桃井さんは視線を集めやすい見た目をしていましたから、隣に並ぶ彼女はあまり目立つことがなかった。けれどだからと言って、地味な印象や内気そうという感じも受けなかったです。派手でも無く地味でも無く、黙々と着実に仕事を熟す、そんな女の子でした。

けれど部員たちの彼女の扱いは、酷く上から彼女を見下げるものでした。洗濯物は無言で籠に突っ込む、ドリンクは奪い取るように受け取る、勿論、彼女の仕事に対してお礼の言葉など口にはしない…色々ありましたが、例を挙げればこんなところです。部員たちの態度は、まるでロボットか何か無機質な物に対峙しているそれでした。仕事をするのは当たり前、それに対する感謝や労りなど微塵も感じない。最初は、それが一軍内でのマネージャーに対する認識なのかと思いました。けれど、違った。
それは同じマネージャーである桃井さんに対するものとを比較すると明らかでした。彼等は露骨に、桃井さんと彼女で態度を変えていた。この違いは桃井さんだけではなかった。他のマネージャーに対しても、桃井さんと同じように気持ちの良い態度と関係を部員たちは築いていた。桃井さんが特別待遇なのではなく、彼女が軽視されていたんです。

簡単な言葉にしてしまえば、彼女は一軍内でいじめられていた。それはもう、誰がどう見ても明らかでした。だからこそ僕には、どうしても賦に落ちないことがあった。
この部活には、部の牛耳を執る彼がいる。発言一つで部員を動かし、指揮を執ることの出来る彼、赤司くんが。入って来たばかりの僕のような一部員が認識できるこの事態を、彼が把握していない訳がなかった。けれど、このあまりに幼稚ないじめは終わる気配もなく、未だに続いている。誰が発端なのか、彼女とのこの部活に何があったのかを僕はしらない。けれど確かに言えることは、赤司くんにはこの事態を止める気など微塵も無いということです。
この醜いいじめをあえて止めない理由は何なのか、もしくは、この行為が続くことに何らかの利点が存在するというのか。僕は彼の真意を知らないし、正直に言えば、知る気も更々ありません。

僕はいじめや仲間外れといった行為が嫌いです。こんなことを口にすれば白い目で見られたり、偽善者だと嘲笑われるかもしれません。けれど僕は、もう本当にずっと昔から、こういった行為が大嫌いだった。小学生くらいから一種の遊びのように流行りはじめた仲間外れという悪意の行為に、辟易してさえいました。小さいころから一度も、僕はそういった行為に加担したことはありませんでした。これは断言出来ます。
だからこそ僕は、仲間外れの標的にされてしまった子の逃げ道の作り方を知っていた。簡単に言えば、他に居場所があればいいんです。暴力行為や恐喝みたいな実害が無ければ、標的は相手を詰ることさえ出来ない。主張すればするほど暖簾に腕押しの如く、そして相手の思うつぼです。ふさぎ込んでいくことしか出来なくなる。けれどどんなに辛い場所でも、ひとつ小さくても居場所があれば。それだけで気持ちは救われるものなんです。そして僕には、それが簡単に出来た。
自分で言うのも変な話ですが、昔から僕はそういった標的にされることが殆どありませんでした。それ以前に、相手から認識をされていなかっただけでもあるんですが。加えて僕は大人数で群れるというタイプでも無かったので、そういう子の居場所になる、ということはいつでも簡単に出来る立場だったんです。だから今回も彼女の味方になろうと思えば、僕は簡単になることが出来たでしょう。けれど僕は今回の件に関して、他の部員同様、彼女の味方ではありません。
彼女には誰ひとりとして、部活内に味方はいなかった。それはいつも共に行動している桃井さんも然りでした。桃井さんは彼女と笑顔で会話をしますし、悪意を向けたり、ましてやしかとに加担をしたりなんて事はしませんでしたけど、代わりに彼女を庇うこともしなかった。
確かにそんな不遇な彼女のことを僕は可哀相だとも不憫だとも思っています。けれど、それだけです。僕は虐めや仲間外れという行為に、確かな嫌悪感と怒りを覚える。けれど彼女の件に関しては、そこまで激しい感情を抱いていない。そしてその原因にきちんと気がついてもいる。

僕は彼女が嫌いです。だから断言出来る。僕が彼女を助けることは、今後もずっとありません。

130314


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bkm
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