高尾



俺、彼女できたんだよね。

朝ごはんの生卵をかき混ぜていた手を止めて、目の前の和成を真っ直ぐ見つめた。当の和成はテーブルを挟んだ向かい側で、先ほどまでの私と同じように生卵をかき混ぜている。寝起きのぼんやりとした表情で、けれど真剣そうに。カッカッカッ、という陶器の小皿と箸がぶつかり合う軽い音がリビングに響いている。

昨日の夕飯カレーだったんだよね。とか、そういうのと変わらない軽い口調だった。だから私も、ふうん、と何でも無いことみたいに適当な相槌をうつ。
どんな子なの?とか、私も知ってる子?とか会話の続く返事はたくさんあった筈なのに、何と無く喉に引っかかって言葉にするのは躊躇われた。

「良かったじゃん、おめでとう」
「おお、サンキュー」
「うん」

目線を手元の小皿に落として、卵をかき混ぜる作業を再開させる。カッカッカッ、とこ気味良い音がリビングに響く。けれどその音がひとつだけであることに気がついて顔をあげると、きょとんとしたような、何とも言えない表情の和成がこちらをじっと見つめていた。

「えっなに?」
「…そんだけ?」
「へ?」
「いや、どんな子?とか聞かれるかと思って、ずっと考えてたんだけど。何も聞かれなかったから」
「聞いて欲しかったの?いいよ別に、惚気てくれても」
「そう言われると何かなあ」

めんどくさ、偏屈。呆れたように返せば、「相棒さまの癖が移ったかな」とケラケラと軽い調子で和成は笑った。後で言いつけてやろう。

「美奈子、醤油取って」
「うん、ちょっと待って」

自分の小皿に一周分を垂らして、醤油を和成に渡す。私は彼が、皿二周分の醤油を垂らすことを知っている。濃い味が好きなのだ。塩分の取りすぎだから止めろと言われ続けて止めなかった、幼い頃からの彼の癖。

幼い頃から知り合いでも、家が近所でも、親同士が仲良しで、こうしてたまに朝食を共にする仲でも。私は和成の幼馴染で、それだけだ。兄弟でも、恋人でも無いのだから。
けれど最近和成の彼女になったというその子は、彼女という肩書きがあるのだから、多分私よりも和成に近いということになるのだろう。
醤油を二周分かけるということ、これからその溶き卵をご飯に半分だけしか使わないということ、それを知っていても、私よりも彼女の方が和成に近しい。それってやっぱり、何か変だなと思う。

たぶんこのもやもやは、嫉妬なんだとは思う。きっと、私は少しだけショックを受けている。けれど、致命傷というほどでも無い。形にするなら擦り傷程度なんだと思う。和成の報告を受けてもお腹は空くし、今まさに卵かけご飯を口にしようとしている。
これが彼女なら。もし彼女が私の立場だったならば、ご飯も食べられないくらいの衝撃だったりするのだろうか。そこまで考えて、考えるのを止めた。

これが兄弟を取られたみたいなショックなのか、はたまた実は私は和成のことが好きだったのか。きっとどっちも半分正解で、間違いなんだと思う。
この感情にしっかりとした名前があれば、もっときちんと傷付くことが出来たのに。

そんな曖昧な感情は、全部卵かけご飯と一緒に私の奥へ奥へと流し込んで仕舞おう。

130903


prev 

[back]


「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -