高尾


クラスメイトの高尾くんの話をしたいと思います。

高尾くんは、快活で爽やかな、クラスのムードメーカーの男の子です。どこに居ても目立っていて友達も多い彼を、学年(もしかしたら学校規模かもしれない)で知らない人は居ないと思います。
フレンドリーで明るく元気な人気者。それが高尾くんです。

秀徳高校は都内屈指の進学校ではありますが、部活動にも結構力を入れていて、中でも男子バスケ部の成績は頭ひとつ飛び出ています。男バスに憧れて、それ目当てに受験する人だって少なくない。高尾くんは、そんな粒ぞろいのメンバーが揃う強豪バスケ部の中、一年生でレギュラー、しかもスタメンを勝ち取ってしまったものすごい人です。そこから解るとおり、彼はすこぶる運動神経がいい。一昨日の体育の時間には、彼は授業前の体育館で、優雅にバク転を披露してみんなを沸かせたりなんかもしていました。
とにかく、高尾くんはすごい人なのです。

そんな高尾くんと私は一ヶ月前の席替えで席が近所になり、それからよくお話をするようになりました。今女子高生を中心に人気を有するナントカという俳優に似ているらしい(名前は忘れてしまった)くらいに派手でカッコイイ見た目をしている高尾くんは、彼本来の気さくで男気ある性格も相俟って、当然女の子からモテモテです。私は今の席を友達から羨ましがられますし、そんな高尾くんと仲良くなれたということに、鼻が高くもあります。

高尾くんと私は色々なお話をします。とは言っても、話を振ってくれるのは大体高尾くんからなので、だから話の幅が広いのは、高尾くんの話題の振り方がうまいということなんですが。それはさておいて。
お互いの部活の話、英語の抜き打ちテストの愚痴とか、数学の宿題の答え合わせ。クラスメイトで高尾くんが仲良しの、緑間くん(割と変わっている、というか灰汁の強い人で、こちらも学校の有名人。)の、私みたいなただのクラスメイトじゃなかなかお目にかかれないオモシロ話や、私のバイト先の新商品の話(オススメだというと、必ず暇を見つけて食べに来てくれる)なんかもする。あ。あと、高尾くんの家族の話もしました。高尾くんには年の離れた妹がいるそうです。彼の面倒見の良さは、もしかしたらそこから来ているのかもしれません。
ああ、高尾くんの家族で思い出しました。これはまだ話したことは無いのだけれど、彼はたぶん猫を飼っています。彼の背中には、いくつもの引っかき傷があるのです。

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「猫?」

購買で買ってきたのか、クッキーを口に加えながら、高尾くんは首を傾げた。
昼休みも終わってしまう10分前、緑間くんにフラれた(と高尾くんは表現したけれど、多分彼はお汁粉を買いに出かけた。)高尾くんは椅子に横向きに腰掛けて、横に座る私とお喋りをしている。「食う?」とまだ数枚残っているクッキーの袋をこちらへ差し出してくれたので、有り難く一枚頂戴した。あ、美味しい。これ、CMでやってる新発売のやつだ。

「美奈子ちゃんは、なんで俺が猫飼ってるって思ったの?」

脚を組んで頬杖をつき、ニコニコと質問を返してきた高尾くんに返事をしようと思ったのだけれど、口にクッキーが入っていてうまく喋ることができない。これ、美味しいけど口の中の水分いっぱい持ってかれるなあ。

「あ、もしかして、真ちゃんの暗喩?そりゃないぜー美奈子ちゃん。気持ちは解るけど、あいつ猫嫌いだからさあ」

私がクッキーに手こずっている間に、カラカラと快活に笑いながら高尾くんは話を完結させてしまった。へえ、緑間くんは猫が好きじゃないんだ。かわいいのに、勿体ないなあ。
そしてどうやら、高尾くんは猫を飼っている訳では無いらしい。絶対飼ってると思ったのだけれど、そっか、違うのか。

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6時間目の授業を終えて、ホームルームを待つため自席でケータイを弄っていたら、目の前の人影で少し視界が暗くなった。ゆっくり見上げてみると、普段は一緒に過ごす訳ではないけれど、比較的仲のいいクラスの女の子がこちらを見下ろしていた。腕には、何やらノートと財布が握られている。

「美奈子、今ちょっといい?」

「うん、どうしたの?」

彼女は私の机にノートを広げながら、片手でシャーペンをノックした。開かれたページにはクラス全員の名前と、チェック欄が手書きで記されている。それを見て、ああ、と合点がいった。

「この前の打ち上げ、美奈子からまだお金もらって無いよね?急だけど、今払えるかな?」

先週末、校内で合唱コンクールのイベントが有り、夕方からクラスメイトで打ち上げをした。私たちのクラスは晴れて銀賞だった為、祝いの席となった訳だが、彼女はその打ち上げの幹事だった。

「遅くなってごめんね、今払うね。」

机の横に掛けてあるスクールバックから財布を取り出して、お金を取り出す。先週、確かに打ち上げ用にお金を多く持って行ったはずだったのに、後から確認してみたらお金は一銭も減っていなかった。やっぱり、私は払っていなかったらしい。その辺りの記憶が曖昧だ。

「立て替えてくれてありがとう、幹事お疲れ様」

「いえいえ。じゃあ、確かに。」

私の名前の横にチェック印をつけながら、彼女は財布に受け取ったお札を仕舞っていた。業務的なやり取りを終えたらそのまま帰って行くと思ったのだけれど、意外なことに彼女はその場に留まったままだった。

「そういえば美奈子、大丈夫だった?」

「ん?大丈夫って、何が?」

意味が解らず首を傾げると、呆れたように彼女は眉根を寄せた。

「ほら、私服で来た男子たちがちょっと離れたテーブルでさ。ふざけてお酒頼んだらそのときの店員が馬鹿で持ってきちゃったのよ。で、美奈子騙されて少し飲んじゃったでしょう?」

「えー…あ、そうだった、かも。」

「かも、じゃないでしょ。大変だったんだから。慣れてないのか弱いのかわかんないけど、あんた酔っちゃって。顔真っ赤だし足元ふらふらだったし。」

「え、うそ…」

「本当よ」

さあーっと顔から熱が引いていくのを感じた。完全に、覚えがない。けれど確かに次の日の昼間に私はお家で過ごしていて、よくよく考えてみれば打ち上げの途中からその間までの記憶がスッポリと抜け落ちていた。彼女の言っていることは、多分正しいのだろう。

「ごめんね、全然覚えてないんだけど、ご迷惑おかけしました…」

「まあ、無事ならいいんだけど。それに、お礼言うなら高尾に言いなよ。」

「高尾くん?」

「うん。酔っ払った美奈子のことおぶったの、高尾だからさ。」

それも覚えて無いの?と言われて、頭が真っ白になった。全く、全く覚えがない。恐る恐る真横の机に視線を向けて見るが、彼は調度今は出かけているらしく、席には誰も居なかった。

+++

放課後の教室、私はひとり、どうしたものかと思案していた。結局、高尾くんにはお礼を言いそびれていた。ホームルームぎりぎりに教室に飛び込んで来た彼は、担任の話が終わるとさっさと部活へ出かけてしまった。完全に、お礼を言うタイミングを失ってしまった。やはり私からは、うまく話を切り出すことが出来ない。

私が放課後、時間が経った今も教室に居る訳は、それはまた別の理由で、現文の課題提出が終わっていなかったからである。提出期限は明日までなのだけれど、翌日は部活のある日なのでどうせなら今日終わらせてしまいたかった。みんな普段の私同様、提出はぎりぎりに、というタイプなのか、教室には私の他には誰も居ない。手元のプリントが、薄く茜色に染まっている。

やっと最後の一行まで埋め終わり、少し休んでから帰ろうと思って、それで高尾くんの存在を思い出した。お礼、言いそびれちゃったけれど、なんだか直接言わなくても良い内容のような気がしてきた。やっぱり、後でメールで済ませてしまおうか。
そう決めて、手元のプリントとスクールバックを抱えて帰宅の為に立ち上がると、教室後方の扉がカラカラと音を鳴らした。
振り返ると、Tシャツにハーフパンツというラフな部活着に身を包んだ高尾くんが、驚いたような表情でそこに立っていた。

「あれ?美奈子ちゃん、なんでいんの?」

「明日の課題やってたの。高尾くんは?」

「俺は机にタオル忘れちゃってさ」

私の隣の机(まあ、彼の自席なのだが)に駆け寄ると、彼は言葉通り押し込まれていたタオルを取り出して、首の辺りを拭いていた。あちい、とため息みたいに吐き出す彼が、なんだか可愛らしかった。

「なーに笑ってんの」

「え?」

「ニヤニヤしてるぜ」

「えっほんとうに?」

「うん、嘘」

カラカラ笑う高尾くんの、その頬っぺたを抓りたくなった。「でも、笑ってるのはほんと」と続けられて、私は自分の中での答えを探す。

「たぶん、いいなあと、思いました」

「ん、どゆこと?」

「普段、学ランしか見ないから。部活の恰好って、男の子っぽくてカッコイイと思う。」

女の子に言う、かわいい、くらいのつもりだった。そのくらい、スルッと喉から零れた言葉。男の子だと言ったって、高尾くんだし。きっと、サンキューなんて言いながら、ふざけたように笑うのだろう。そう思っていた。

「あー…今ちょっと汗くさいかもだけど、ごめんな。」

そう言った高尾くんは、長い腕を伸ばしてきて、ぎゅう、と私を抱きしめた。あまりの出来事に私は頭の中が真っ白になる。全身が心臓になったみたいに、ドクドクとうるさい。なに、なんで?何がどうなってるの?

「た、かおく…」

「美奈子ちゃんさあ」

少しだけ腕を緩めて、大きな片手を頬に宛てられた。そのまま輪郭をなぞるように顎へ指を滑らせ、くい、と優しく上を向くように誘導される。高尾くんの釣りがちの目とか、短く生えそろった睫毛の一本一本が、すごく近い距離にある。

「昼間さあ、俺が猫飼ってるか、って聞いたじゃん。あれ、本気で言ってんの?」

薄く弧を浮かべる、柔らかな企んだような顔は、いつもの高尾くんじゃなかった。全身の血が、さあっと引いていく。頭の中では、ぐちゃぐちゃに思考が巡っていて落ち着かない。高尾くんは、もう一度両腕で私をぎゅう、と抱きしめた。
後頭部を抱えるように添えられた大きな手の平、髪に絡められるゴツゴツした指。腰をさらうように回された筋肉質な腕に、くっつけられるしっかりとした逞しい身体、首に埋められる呼吸の、空気の動き。私は、これら全てを、この体温を、知っている。

高尾くんはたぶん、猫を飼っている。それは彼の背中にいくつもの引っかき傷があるから、私はそう思った。
目を閉じれば思い出す、細いのにしっかりとしていて、背骨の真っすぐな背中に、浮き上がる生々しい傷痕。うっすら血の滲む、掻きむしったような爪痕。

そういえば、なんで私は、高尾くんの服の下の素肌に、傷痕が有ることを知っているのだろう。
あれ、おかしいなあ。


【気がつけば雁字搦め】:高尾

130328

 

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