宮地


※あまり気分の良くない話

ごめん。

ぺこり、と深く下げられた頭のてっぺんがみっつ、私の方を向いている。校則ギリギリで染色してあるブラウン、ナチュラルなブラック、艶めく漆黒。それぞれの髪の奥に潜む顔は俯いていて、どんな表情をしているのか、こちらからはよく解らなかった。
三人とも、私の友達である。三年生になってから、クラスでいつでも一緒に行動している友達。
そして、今日の今まで私を避けて、無視し続けていた人たちでもある。

「美奈子、本当にごめんね」

私から見て一番左側、染色してる彼女が最初に顔をあげて、悲痛そうに顔をゆがめてそう呟いた。
なんだ、何が起きたというのだろう。

「私たち、すっかり誤解してた」

ナチュラルブラックの彼女が、補足するようにそう続ける。わからない。この場で私だけが、この状況の意味を理解出来ていない。
艶めかしい漆黒の、痛みなんかどこにも見当たらない柔らかなロングヘアを揺らして、最後のひとりが顔を上げた。

「清くんに、全部聞いたの」

ああ、そういうことか。
最後のその一言で、私は全てを把握した。
私は、ゆるされたのだ。

+++

火の無いところに煙はたたない。彼女たちが私を避けはじめた理由は、きちんと過去に存在している。それはちょうど、一週間前に遡る。
その日の放課後、私は薄暗い教室の中、宮地くんとふたりきりでいた。
それを、たまたま廊下へ差し掛かった友達のひとりが目撃してしまった。簡潔に説明すればそれだけだが、それが全ての原因だという。
漆黒の髪を持つ私の友達、彼女は宮地くんの恋人である。だからこの事態を深刻に受け止めるのは致し方ないことなのだ。

「何かの間違いだって思ったの。けど、チエに、ふたりの距離が近すぎたって言われて…」

ぽつぽつと、重たそうな睫毛を揺らしながら、彼女は苦しそうに言葉を紡ぐ。
確かにそうだろう。薄暗い廊下にしゃがみ込んでいた私と宮地くんの間に、拳一個分のすき間も無かったはずだ。

「こわかったの。そんなこと有るはずないって。けど、本当にそうだったらどうしようって…」

だから、恐くて近づけなかったの。勝手に仲間外れみたいにしちゃって、本当にごめんなさい。
気丈に振る舞っていた彼女の語尾が微かにふるえた。湿気を含んで潤んだ言葉が、無理矢理押し出すように零れていく。

「でも、やっぱり美奈子がそんなことする筈ないって、思って。考えたくなかったけど、清くんの方から手を出しちゃったのかも知れないって思って。」

だから私、清くんに聞きに行ったの。
後ろでただ立ち続けるふたりも罰が悪そうに唇をきゅっと噛んでいた。エンディングが近いのか、彼女の言葉に熱が篭る。
反比例するみたいに、私の心はどんどんと冷静に、つめたくつめたくなっていた。

「…コンタクト、探してくれてたんだね」

空気が抜けるように、彼女の声がやさしく穏やかなものに変わる。
くれてた、だって。それは、彼女が宮地くんの特別だからこそ使える台詞だ。そんなことを、私は冷えた脳みそでぼんやりと考える。

「近くて当たり前だよね。コンタクトが落ちたのは清くんの周りだろうし、踏んじゃったらいけないから、変に動けないもの。彼も、助かったんだってお礼言ってた。…それなのに、私、美奈子にあんなこと…っ」

再び声がふるえて、とうとう彼女は瞳から大きな雫を零して、続きを口に出来なくなってしまった。
そんな彼女の細い首に両腕をまわして、私はぎゅっとその身体に抱き着いた。

「気にしないで」

私も、ゆるした。私の身体に腕を回した彼女は、ワッと嗚咽をあげている。近付いた華奢で柔らかな身体からはあまい匂いが漂ってくる。女の子らしくて、優しくて、はかない香り。
「彼も助かったって言ってた」。その言葉が頭の中をあまく掠めていく。一体その何倍の甘くて優しい言葉で、彼は彼女を安心させたのだろう。
彼がコンタクト愛用者だなんて、私は今初めて知ったと言うのに。

確かによくお似合いのふたりなのかも知れない。ふたりとも驚くくらい人に甘くて、お砂糖まみれのでろでろで、そしてあまりに優し過ぎる。まっすぐに、曲がることなく、疑うことなく大事にされて育って来たのだろう。
尤も、彼は自分の為の弁解だったのだろうけれど。でもきっと、まっすぐに彼女が私を信じるものだから。大事だと言葉にするものだから。だから、彼は彼女の愛する親友の私を庇ったのだ。彼女が傷つかないよう、優しい嘘で包み隠して、私と彼女の友情を守ったのだ。
ああ、つまらない。

だって彼女は知らないのだ。
大好きな宮地くんと大好きな私が、薄暗い教室でひっそりとキスをしていたことなんて。そしてそれが、私からの一方的なものではないということ、これが初めてなんかではないなんてこと、彼女は知らないのだ。

壊れちゃえばよかったのに。宮地くんと彼女も、彼女と私も。そして、私と彼も。全部全部壊れちゃえばよかったのに。ぜんぜん、許して欲しくなんかなかったのに。いっそ平手打ちなんかしてくれたら、完璧だったのに。なのに、優しい顔して許してくれちゃって。
あーあ、つまんないなあ。

130322

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