宮地


私と彼、宮地清志くんの関係はクラスメイトの一言に尽きる。それ以上でも以下でもない。友だちという枠に入るのかどうかすら曖昧だ。間違っても、ふたきりで帰路を歩くような間柄ではない。本来ならば。確実に、これは異様な図。
ことの経緯はこうだ。
部活終わりの、最低限の蛍光灯だけが灯った暗い玄関の下駄箱前。部活着から制服に着替え終えた私は、部活の友だちと数人でお喋りしながら冷えたローファーへと靴を履き替えていた。自分の下駄箱に上履きを入れてドアの方を振り返ると、先に靴を履いていた友達のひとりが、玄関前にいた男子数人の輪へと声を掛けに行っていた。彼女の砕けた口調からして、その中の誰かとどうやら親しい間柄のようだ。それにしても、随分と背の高い集団である。見たところ三人、揃いも揃って規格外にでかいものだから、女子の平均はある筈の友だちがまるで子供のように小さく見えた。
そこまで考えて、内二人が知り合いであることに気がついた。宮地と木村。共にクラスメイトだ。クラスの平均身長を底上げしている二人組だが、そういえばバスケ部だったということを思い出す。普段から特別喋る相手ではないのであまり意識したことはなかったけれど、改めて見ると随分でかい。
ぼんやりと友人を含んだその輪を、何を見るでも無く眺めていたら、ふいにこちらを向いた宮地くんと目が合った。声を掛けるほど親しい間柄ではないけれど、クラスメイトなのでまるで他人という訳でもない。ほぼ反射的に、私はぺこりと頭を下げた。後付けだけれども、これくらいが無難だな、と思った。つられたように、無表情のまま宮地くんも軽く頭を下げる。この微妙な距離感では、このくらいで調度良い。

自転車組の友達とは玄関を出てすぐ別れたけれど、先程の友だちと大坪くんが歩きながらお喋りを続けていた為、私たち残りの徒歩組とバスケ部の計六人は、言葉にはせずとも成り行きで一緒に帰ることになっていた。とは言っても、大坪くんたちは先頭で仲睦まじ気に話しており、宮地くんと木村くんもふたりで会話。私含め残り二人は後ろをくっついているだけなので一緒に帰る、という表現は微妙なところなのだが。けれど端から見れば三列六人、結構大所帯なグループに見えることだろう。決して嫌な訳ではないけれど、慣れないメンバーの為か、何処か不自然な距離を取って歩くこの感じは、なんだか落ち着かなくてそわそわする。でもどうせ今日だけだ、と思うから、気にならないふりをして友達と二人お喋りを続ける。口にしないけどきっと全員、そう思ってると思う。
そのまま少し経って、駅へと続く通りへの分かれ道に差し掛かった。私たち三人の中で駅へ向かうのは私だけなので、友達も私もそろそろ会話を切り上げようとお喋りの結末を急いでいた。じゃあバイバイ、と口にしようとしたそのとき、目の前でお喋りをしていた木村くんが「じゃあな宮地」と手を上げた。宮地くんも「おお」と軽く手を上げて駅の通りへ向かおうとしている。いつの間にやら大坪くんとお喋りしていた友だちもこちらを向いていて「じゃあね、美奈子と宮地くん」と上機嫌で手を振っていた。どうやら電車組は私と彼のふたりだけであるらしい。ここからは別々に歩くのが自然かと考えていたのだけれど、一くくりに名前を呼ばれてしまった為、宮地くんと顔を見合わせる。「じゃあ、行くか」そうぶっきらぼうに言われて、私も軽く頷いた。

こうして完全な成り行きで宮地くんと私は、ふたりで駅まで歩くことになった。何度も言うようだが彼と私は親しくないし、特別な接点も今までなかった。気まずい沈黙を恐れて、ぎこちなくではあるがぽつぽつと互いに話題を提供してみるも、距離感が掴めないからかいまいち盛り上がりに欠けていて、そう長くは持たない。咄嗟に出てくる当たり障りのない話題なんて大した量もないので、早くも恐れていた沈黙は近そうだった。
駅へ近づく繁華街の十字路に差し掛かると、一気に人込みに溢れる。押し潰されそうな人の波が止まってしまい見上げてみると、どうやら赤信号のようだった。この信号は時差式の為変わるまでが長い。タイミングの悪さに、私は泣きたいような気持ちがした。無理矢理、頭に浮かんだ言葉で間を繋ぐ。

「宮地くんてさ、よく轢くぞって言うよね」
「ああ、うん」
「なんで?」
「…ノリ?」
「あはは、物騒だね」

だからどうした。言いながら、私はひとり心の中でそう突っ込む。自分でそう感じた時点でもう駄目だ。無理矢理笑ってみたけれど、苦しい笑いだと自分で解る。この会話、絶対いらなかった。私は盛大に後悔していた。
宮地くんも返事に困ったのだろう。「まあ、そうだな」とそれだけ言うと、口を閉ざしてしまった。私たちの会話が続かないのは、恐らく私の話題提供と返しが拙いせいだと自覚する。辺りの喧騒に交じり、嫌な沈黙が流れるけれどもう無理矢理間を繋ぐ気は起こらなかった。頼むから、電車の線は違っていてくれと切にそう思う。タイミングが良いのか悪いのか、やっとライトは青へと切り替わった。

押し出されるように人の波が進み始めると、視界は人の流れでいっぱいになった。私は肩がぶつからないように神経を使いながら、必死に前へと歩を進める。一通であるのならいくらか楽なのだろうけど、横断歩道は向かって来る波があるから上手く歩きづらい。帰宅ラッシュに当たるこの時間は尚更だ。勢いある波に押し流されないように慎重に、けれど急いで歩く。時折足がもつれそうになるのは何時ものことだけれど、やっぱりこれにはいつまでも慣れることが出来そうにない。
そのとき、ぐいっと腕を強い力で引かれた。驚いて捕まれた腕を目で辿って、見上げてみると、予想通り宮地くんがこちらを歩きながら見下ろしていた。どうしたの、と声を掛けようとしたのだけれど、歩いている間喋るつもりはないらしい。私を自分の後ろに回すと、彼はそのまま真っすぐ前を向いてしまった。
彼の大きな身体の影に入ると、驚く程歩きやすかった。後ろに立ってみると、学ランに覆われたその背中は本当に大きい。
横断歩道を渡り切ると、人並みはある程度分散される。そこで、パッと腕は解放された。急いで横に並んで、高い位置にある顔に向かって「ありがとう」と口にする。歩いている間は解らなかったけれど、見下ろしてくる小綺麗な顔は呆れたような表情で、眉間には幾つも皺が刻まれていた。

「お前、危なっかしすぎ。轢かれんぞ。」

ため息交じりにそんな悪態を吐かれる。けれど私は驚いていた。「いつもとフレーズがちがう」と、思ったままを口にすると、彼の眉間に更に皺が寄った。

「は?」
「え、や、だからいつもとちがう…」
「聞こえてるっつうの。復唱求めてねぇよばか。」
「ええ…?」
「意味解りません、みたいな顔してんじゃねえよ。」

段々と口調が荒っぽくなってきた彼に小首を傾げる。何がお気に召さないのだろうか。さっぱり解らない。

「つうか大体さっきからそのネタ引っ張りすぎ。だからどうした、としか言いようがねえっつの」

やっぱり彼も、だからどうした、と思っていたのか。うん、私も思ってた。あのぎこちない会話の中、お互いお腹の中では同じことを考えていたらしい。そう思うとなんだか面白くて、思わず口許がにやけてしまった。するとすかさず頭を叩かれた。

「お前の話をしてんだよ、何にやけてんだてめえ」
「いや、別にね、轢くぞってフレーズに文句を付けたかった訳ではなくてね、えー…と、あれだよ」
「なんだよ」
「ほら、良く知ってる芸人の持ちネタを生で聞いて、おお…みたいになるっていうか痛っ!」

先程までよりも幾分か強い力で再び頭を叩かれた。手加減がなくなってきているらしい。ぽこん、と頭から小気味良い音が鳴って、軽くぐわんぐわんした。

「舐めてんのかお前、人を一発芸人と一括りにしやがって」
「別に宮地くんを芸人だとは言ってないよ」
「解ってるっつうの!馬鹿にしてんのか」
「してないよ」
「…あっそ」

なんかもう疲れた。宮地くんがそう言っているうちに、もう駅の入口が見えて来ている。そういえば、信号の辺りから、妙な緊張感も距離感も、全く気にならなくなっていた。不思議だ。もう宮地くんが、ただのクラスメイトとは思えない。
「ねえ宮地くん何番線」
「二番線」

目を合わせた瞬間、宮地くんがあからさまにため息を漏らした。そんな様子を見て、私はにんまりと頬を緩める。自分の変わり身の早さが、面白くて仕方ない。
明日からは教室でも声を掛けてみようかな。肩に掛けたスクールバッグから定期を取り出す隣の友だちの姿を見て、私はそっと微笑んだ。


【轢かれた。惹かれた。引かれた。】:宮地
Title:家出
121210

 

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