高尾


ココアとお汁粉。ふたつの缶を自販機から取り出すと、寒さでかじかんだ手に熱が染み込んでいくようだった。11月も半ばを過ぎると、本格的に冬の始まりだ。「あったか〜い」のラインナップが豊富になっている自販機を見つめていると、改めてそう感じる。
真っ黒に塗り潰したみたいな夜の公園の中で、自販機の白っぽい光はそこだけぼうっと浮かび上がって見える。後ろを振り返ると、少しの間だったというのに目が光に慣れてしまったせいで、暗い景色に視界がチカチカとした。少し先に立つ彼の顔はぼんやり黒っぽく見えて、表情がよく解らない。

彼に連れられて空いていたベンチに腰を下ろすと、冷えたプラスチックの感触が直接肌に触れて飛び上がりそうになった。氷の上に座っているみたいだ。冬の生足は本当に辛い。スラックスを履いている隣の彼を、心底恨めしく思った。
手に持っていたお汁粉の缶を渡すと、お礼を言って彼はそれを受け取った。かじかんでいるであろう両手で缶を包んで「あったけえ」と目を細めている。そんな姿がなんだか幼く見えて可愛らしい。

「ねえ、ほんとにいいの?」「ん?何が?」

意味が解らない、と言った感じで、きょとんと彼は首を傾げる。そんな仕種ひとつにも心臓を高鳴らせてしまう私は重症なのかもしれない。

「お祝い、ほんとにこんなのでいいの?」
「なんで?俺が頼んだんじゃん」

以前何が欲しいかと尋ねたとき、少し悩んだ様子の彼から返ってきた言葉は「じゃあ、部活の帰りにジュース奢ってよ」だった。正直、あまりに欲のない答えに拍子抜け。それから幾度かそれでいいのかと聞き直してみたのだけれど、一貫して先ほどの反応と変わりなかった。

隣で缶のプルタブを開けた音がする。「あ、振るの忘れたわ」なんて言いながら、ひとり笑っていた。私も自分用に買ったココアに口を付ける。甘い味が口に広がって、お腹の中から温まる感覚が心地好かった。

「俺ね、今結構しあわせ」

静かな空間で、彼の声はよく通った。隣へ顔を向けてみると、前を向いたまま何が楽しいのか、顔を綻ばせている。今度は私が首を傾げる番だった。

「なに、いきなり」
「これでいいのかって、笹木が何回も聞いたんじゃん。だから。俺はこれでいいんじゃなくて、これがいいの」

益々訳が解らなくて、傾げる首の角度も深くなる。やっとこちらを向いた彼は、そんな私を見てゆるりと笑った。

「疲れた部活帰りの寒い中さ、あったけえ飲み物ってしあわせじゃん」
「だからお汁粉?」
「いや、それは相棒様が祝ってくれなくて寂しかったから選んでみた」
「緑間くん代理?」
「そうそう、真ちゃんの代理」
「緑間くんに言ったら怒りそう」
「ちょ、言うなよ?秘密だかんな?」

本当に焦った様子の彼に、少し笑ってしまった。再び顔を綻ばせて、彼はそのまま言葉を続ける。

「誕生日の終わりに可愛い女の子が隣に居てくれて、独り身の俺としては本当に救われるしね」
「お世辞でも、どうも」
「いやいや本音だぜ。笹木に祝って貰えたし、ちょっと寒いけどあったけえお汁粉あるし、今日の練習も調子良かったし、俺今結構しあわせ」

なーんてな、と言いながらも本当に幸せそうに笑うものだから。屈託のないそんな表情に、心臓がどきりとした。

「安いね」
「うるせ」

私のお祝いなんて、ちっぽけなものなのに。それを彼の「しあわせ」にカウントしてもらえたことがどうしようもなく嬉しくて、心臓がぎゅうぎゅうと締め付けられる。こんなに寒いのに、身体はポカポカとあったかい。冷たい空気に晒された耳は、火が出そうなくらいに熱く感じた。自分が照れていることを悟られたくなくて、咄嗟に顔を俯ける。
小さなことでも「しあわせ」と言うことのできる、そんな彼が好きだ。本当に、好きだ。そう思った。

「高尾」
「ん?なに?」
「お誕生日、おめでとう」
「おう、サンキュ」

ゆっくり息を吸い込むと、冷たい空気に鼻の奥がツンと痺れる。温くなってきたココアと、お汁粉の混ざった甘い匂いがした。
うん、私もしあわせだ。


【深呼吸ひとつ、君の二酸化炭素とまざる】:高尾
企画「愛人」様提出

高尾誕生日祝いA
121121

 

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