緑間+高尾


はい、チーズ!

機械の中から高らかにお姉さんがそう合図を送れば、カシャリと眩しいフラッシュが焚かれた。間もなく目の前の画面に、今しがた写されたばかりの光景が目に見える形となって現れる。そのシュールさに、写真の中の自分同様、思わず笑顔も引き攣った。


「真ちゃん表情硬えって。せっかくなんだから少しは笑えよ、なあ笹木ちゃん?」


画面を覗き込んでいた高尾くんが、ふいにこちらを振り返った。顔が、近い。
思わず一歩退きそうになったが、そうすれば間違いなく後ろに立つ緑間くんへと衝突するので、寸でのところで踏み止まった。すべてが真っ白で囲まれた狭いこの空間では、都合の良い逃げ場なんてありはしない。ソウダネ、と若干上擦った声で無難な返事を返した。
本当に、どうしてこうなった。


事の発端は、学校の帰り際まで遡る。部活が定休日であった私は荷物を纏めてさあ帰ろうか、というところだった。そのとき突然、隣の席の高尾くんから声を掛けられたのだ。


「あれ笹木ちゃん、今日部活ないの?」

「うん、定休日なの」

「じゃあさじゃあさ、このあと暇だったりしない?」

「特に予定はないけど…」


よっしゃ!とガッツポーズをした高尾くんがそこまで喜ぶ真意が掴めない。そのまま緑間くんを呼び寄せた高尾くんは、私の手を引いて強引に教室から連れ出した。私まだ、行くとは言っていないのだけれど。というか、どこへ行くのか聞かされていないのだけれど。


「いやあマジ助かったわ!ほれ、真ちゃんもお礼お礼」

「…よろしく頼むのだよ」

「え、や、なにが?」


完全に高尾くんのペースに乗せられた私は、下駄箱で手を放されたことでやっとその疑問を口にすることが出来た。


「プリクラ撮りに行こう!」

「…へ?」

「だから、プリクラ!な!」


予想外の単語に、思わず言葉を失った。私と高尾くんと緑間くんでプリクラ?冗談でしょう?そう思ったのだが、高尾くんは「どのゲーセンがいいかねー」なんてスマホで検索まで始めているので、至極本気であるらしい。
結局学校の最寄り駅周辺のゲームセンターへと向かうことになったのだが、その道中で「なんで私なの?」と尋ねれば、「男だけじゃプリクラ入れねえんだもん。」という答えが返ってきた。つまるところ、調度帰ろうとしていた私が、たまたま捕まえやすくて声を掛けたらしい。まあ、いいんだけど。


そうした経緯があって、今の現状へと繋がる訳なのだが。よくよく考えてみれば、なんとも異様なメンバーであるし、出来上がる写真はなんともシュールなものになる。
高尾くんは慣れているのかポーズまでばっちり決めていて、違和感は全くない。問題は緑間くんの方で、彼は終始仏頂面なのである。全てが全て、同じ顔なのだ。三枚撮ったところで確認してみれば、表情が一ミリも変わっていない。緑間くんらしいといえばらしいのだが、高尾くんと対比すると随分とまあ温度さのある態度である。
かく言う私は、無難にピースサインを作り、無難な笑顔を浮かべている。出来るだけ浮かないようにと配慮したつもりだったのだが、それ以前にこのバスケコンビから見れば私はイレギュラーな存在であるため、やっぱりばっちり浮いていた。この二人と並んでいる図に違和感しか感じない。

高尾くんがちゃっちゃとまた背景を選び、撮影が始まる。
『にゃんにゃんネコちゃんポーズ☆』
『あたしらなかよし、ハグしちゃえ!』
『かわいく上目づかいでばっちり決めて!』
テンション高いお姉さんの声が色々と指示をしてくれる訳だが、全て無視である。まさかお姉さんも、190以上の真面目そうな男がここへ来るとは思っていなかったことだろう。


永遠に続くかと思われた息苦しい撮影時間が終わり、『ピンクのラクガキコーナーに移動してね☆』という指示の元、やっとの思いで外へと出ることが出来た。一歩撮影コーナーから出ただけで、ゲームセンターの喧騒がやけに耳についたけれど、プリクラ機内のかわいらしい音楽に比べれば有り難いものだ。


「後の作業には興味がない、任せたのだよ」


淡々とそれだけ零すと、緑間くんはふらりとどこかへ行ってしまったので、仕方なく高尾くんとふたりラクガキコーナーへと篭った。

ペンを持ったところではたと気づいたのだが、特に、書くことが見つからない。
六枚あるのだから、少なくとも三枚は私が埋めなければならないというのに、頭には全くと言っていい程言葉が浮かんで来なかった。とりあえずひとつに「初プリ」とだけ書いてみたが、もう後はネタがない。だって、メンバーに緑間くんがいる。どこまでふざけていいのか、良く解らないのだ。

ちらりと高尾くんの方へと視線を向けてみれば、ペンで大きく「秀徳!」と書かれていた。緑間くんの頭にかわいらしいリボンのスタンプが押されている。後で怒られるよ、絶対。
早くも二枚目に移った高尾くんは、またもペンを大雑把に走らせていた。どうやら全て文字で埋める気らしい。
緑色のペンで書かれた字は「ラッキーアイテムなのだよ」だった。


「…ラッキーアイテム?」

「あれ、言ってなかったっけ。今日の真ちゃんのラッキーアイテム、プリクラなんだわ」

「ああ、だから…」


納得である。ラッキーアイテムという一言で納得するのはどうなんだろう、と思ったけれど、そこは緑間くんだからと言うことで。彼のクラスメイトであるならば、慣れてしまうものなのだ。
後のラクガキは、私が今までに撮ったプリクラを必死に思い出して当たり障りのない言葉や記号、名前で埋めた。いつもネタが尽きた際、最後の頼みの綱であるメッセージスタンプというのは、こういうときに全く役に立たないと知った。私たちは恋人ではないし、友達…と言っても、メッセージに出てくるような「一生親友☆」みたいな間柄でもないからである。欲を言えば、もっと軽やかで当たり障りない言葉を作っておいて欲しいものだ。…というか、普通は特別仲良くもないのにプリクラなんて撮らないんだろうけど。

無事にラクガキも終了し、受取口で出来上がりを待つ。最近は勝手に三つにシートが切れていてくれるので、便利だ。落っこちてきた三枚のシールをしゃがんで手に取ったところで、いきなり視界が影っぽくなった。振り返ってみると、私の後ろに緑間くんが立っている。調度戻ってきたところらしい。右腕には、大きなかわいらしいアルパカのぬいぐるみが抱えられていた。


「ぶふっ!ちょ、真ちゃんナニソレどしたの」

「取ってきたに決まっているだろう、馬鹿め」


たまに教室でぬいぐるみも持ち歩いているものだから、私は見慣れてしまったけれど。端から見ればやはり奇怪な光景であるらしい。緑間くんはばっちり周囲の視線をかき集めていた。
そりゃそうか、二メートル近いかっこいい男子高校生がアルパカ抱えてたらふつう面白いよね。慣れって恐ろしい。


「…笹木、ぬいぐるみは好きか」

「え、あ、うん。好き。」

「そうか」


そう言ったかと思うと、緑間くんは抱えていたそのアルパカを私の方へと突き出した。困惑気味に腕を伸ばすと、こくりと頷かれる。どうやら、くれるつもりらしい。


「真ちゃんやっさしーじゃん」

「今日は人に物を譲渡すれば運気が上がるとおは朝で出ている。それだけだ」


受け取ったアルパカはやわらかくてふわふわで、気持ちがいい。これ、一回200円のやつだ。何回で取れたんだろう。決して安くはなかっただろうに。もしかしたらただクレーンゲームがやりたかったとか、深い意味はなかったのかもしれないけれど。それでも、嬉しかった。


プリクラのシートを一枚渡すと、緑間くんはそれをじっと見つめ、不可解そうに首を傾げた。


「…初プリ?俺は別に、初めて撮った訳ではないのだよ」

「あり?そうなの真ちゃん?意外だわ」

「あ、初プリって、このメンバーで初めてプリクラ撮りました、って意味なの」

「ほう…二回目は何と書くんだ?」

「二回目?…は、二回目、って書く、かな?」

「そうか」


では、次は俺は二回目と書くのだよ。と緑間くんは言う。また撮るの?と尋ねれば「なかなか面白かったからな」と返ってきた。緑間くんは、なんだかんだプリクラを楽しんでいたらしい。


「じゃあ次は真ちゃんもラクガキすんだ?」

「お前の汚い字よりはマシだろうからな」

「ひっでえ」


なかなかこんな非日常なメンツも、楽しいかもしれない。


121103

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