高尾
休日明けの学校生活は、朝礼から始まる。
体育館に全校生徒を集めて、校長先生のありがたいお話を筆頭に、委員会連絡や部活の表彰、エトセトラ。大体最後は生活指導のお怒りで締まる。
ともかく何が言いたいかと言うと、ただでさえ休み明けの身体には怠すぎるのだ。
正直学生側から言わせて貰えば面倒この上ないその時間が、今週もやって来てしまった訳である。
クラスごとに男女二列で整列させされた中に佇みながら、私はそんなことを人知れず毒づいていた。
怠い上に、眠いし、暇だし。することないし。
どこかのクラスがまだ来ていないとかで、朝礼開始は滞っている。
本当に、時間の無駄だと思うの。
私は俯きながら、そっと欠伸を零した。
「なあ、笹木」
眠気を押し殺すように欠伸を繰り返していると、突然隣の列から声を掛けられた。ゆっくり見上げてみると、お隣りさんは高尾だった。
「なに、高尾」
「笹木さ、校長の話、何分だと思う?」
にまにまと高尾は企み顔だ。いきなり何を言い出すのだろうか。
「えー…5分?くらいかな?」
「本当にいんだな?ファイナルアンサー?」
「ファ、ファイナルアンサー」
そう答えると、高尾は何か含んだように口角を上げた。
「5分ねえ。校長の話はそんなんじゃ効かねえと思うわ。俺は10分な。」
「え、何の話?」
困惑を隠さずにそう告げると、高尾は自分の腕を私に見えるように差し出してきた。筋肉質な腕に、真っ黒のデジタルタイプの腕時計が嵌められている。
文字盤には0が羅列していた。
「計るから、賭けしようぜ」
+++
校長の話が始まってから早何分か経過しているけれど、話し方の感じから、どうもまだ終わる気配はない。
つい壁に掛かった丸時計が気になってしまうのだが、開始時刻を確認していなかったので実際どのくらい経っているのかはよく解らなかった。ちくしょう、最初に見ておけばよかった。
チラリと、隣の高尾に目線だけを向けると、彼は真面目な顔で真っすぐ前を見つめている。
端から見れば生徒の模範みたいな態度の彼だが、実際は時計の方を見る度にニヤつきながらこの遊びを楽しんでいるだけである。
『――以上。』
マイク越しのくぐもった声で終わりの合図が告げられた。同時に、隣でチッ、とストップウォッチを止めた電子音が鳴ったのを私は聞き逃さなかった。
礼をして、二人して素早く腕時計を覗く。
「……07:35!」
「び、びみょー…!」
狙ったように二人の予想を半分こにしたような数値である。
「でも、これ一応俺寄りだよな。」
「うわ、この負けはギリギリすぎて腑に落ちない…」
「だけど負けは負けだかんな。はい、俺の勝ちー!」
ニヤリと勝ち誇ったような笑みを貼付けて、高尾は嬉しそうにこちらを見下して来る。身長的にそうなっただけかも知れないのだが、しかし若干腹はたつ。
「くそう…悔しい…」
「ぶはっ素直!ところで賭け、だったよな。笹木何してくれんの?」
「え、本当になにか賭けるの?!」
高尾はにやにや意地悪く笑っている。多分、いや絶対、こいつ今思いついただけだ。
そして私が困っている反応を楽しんでいるだけだ。
「うーんそうだな…今日一日真ちゃん口調を真似るのだよ!で、どうだ!」
「嫌だよ!どうだ、じゃない!ハードルが高すぎるわ!ていうかこれ、そんな重い罰ゲーム付きだって知ってたら、私だってもっとちゃんと考えたし…!ああもう!」
言いたいこと一気に喋りすぎて、口が渇いてきた。高尾は何が可笑しいのか、けらけらとお腹を抱えて笑うだけである。彼のペースが崩せないのがどうももどかしい。
すると突然『礼!』という声がスピーカー越しに響いた。条件反射でピシリと前へ向き直る。
くだらないじゃれあいをしているうちに、朝礼は終わりを告げたらしい。
「おい高尾、教室戻るぞ。」
私たちの少し後ろの方で、緑間くんが高尾を呼んでいる。
「へーい、すぐ行く」と答えそちらへと歩を進めながらながら、高尾は頭だけこちらへ振り返った。
「じゃ、笹木ありがとな。朝礼いつも眠くてさあ。今日は楽しかったわ」
「あれ、罰ゲームは?」
「え、冗談だけど。なに真に受けちゃった?」
再びけらけらと高尾が笑うので、不満と思い悩んだ分の鬱憤を込めて背中を一発だけ叩いた。
わりいわりい、と本気で思ってはいないであろう謝罪が返ってくる。
「じゃあ、まったなー」なんて言いながら、高尾は緑間くんの方へと小走りで駆けていってしまった。
うん、私も、今日の朝礼は楽しかった気がするよ。
121102
(霧野のリメイク)
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