紫原


私は隣の席の大男、紫原敦のことがよく解らない。

第三者がパッと見た、当たり障りのない感想ぐらいなら言うことができる。巨体、バスケ部、脱力系。そして無類のお菓子好き。初見の人間だってこのくらいはすぐ解る。問題は、そういう事ではない。

10月に差し掛かり暑さも和らいで、最近は吹き付ける風も少し肌寒くなってきた、そんな頃。ブレザーもそろそろクローゼットから出さなくては。なんてことを考えてながら、ホームルームまで大分余裕を持って教室へと登校してきた私は、自分の席の前で凍りついたように固まっていた。正確には、自分の隣の席の異常な光景を見て固まっていた。

机の上に盛られた、お菓子の山。比喩なんかではなく、もはや本当に、それは山の形をしていた。
この席の持ち主、紫原がいつも多量の菓子を持ち歩いているのは知っている。けれどそれは机の横についている、フックに掛かる程度の量である。(とは言っても、ビニール袋は主婦の夕飯買い出しレベルのサイズではあるが。)
雪崩る寸前まで盛り上がった今の惨状は、明らかに異常だ。というか、なんじゃこりゃ。
呆然と山を眺めてみれば、盛られた菓子の種類は実に様々だった。箱やビニールに入った一般的なものから始まり、ちょっとお高めなロゴの入った焼菓子、コンビニのパン、果てはチープな駄菓子まで。見慣れない形の袋があるかと思ったら、可愛らしいラッピングの施されたマフィンやクッキーである。どうやら手づくりのものらしい。
本当に、なんなんだこれは。

渦巻く疑問に頭を悩ませていたら、見慣れない女の子二人組が紫原の机へと近づいて来ていた。確かどちらも、隣のクラスの同級生だ。
ひとりは付き添いであるようで、早くしなよお、なんて言いながら楽しげに友人の背中を押している。手前の可愛らしい女の子は頬を赤く染めていて、その手には手づくりと思わしきお菓子が握られていた。
私は自席に鞄を降ろしながら、それを視界に捉えてひっそりと観察することにした。何だ、何が起こるというんだ。
ぎゅ、と女の子は目をつむったかと思えば、勢い良く手元のそれを、目の前のお菓子を山へと放った。ぽすん、と静かにそれは山のてっぺんに鎮座する。
瞬間、きゃあー!なんて楽しげに、興奮したように叫びながら、彼女達は教室から飛び出して行った。なんだか、初詣のおさい銭に似ている。そう思った。
というか、何の儀式なんだこれは。

目の前で起こった、更に不可解な事態に私は首を傾げる。どうにも、掴めない。

「あれえ、美奈子ちんだあ。」

おはよー。なんて、間延びした声を上げてのっそりと現れたのは、この不可解な儀式の元凶だろう紫原である。例にもよって、まいう棒をぽすぽすと口にくわえている。

「あ、そうだ美奈子ちん」

この異常な光景を問おうか否か、と迷っていたところで、紫原から声を掛けられる。なんだと思って顔を上げれば、彼はにっこりと緩く笑って、その私の倍はあろうかという大きな手の平を差し出してきた。

「トリック・オア・トリート〜」

ほうら、紫原が解らなくなるだろう?


+++



「…は?」

「だから、トリック・オア・トリート〜」

「ああ……は?」

一応、スカートのポケットから携帯を取り出して日付を確認する。今日は9日だ。うん、間違っていない。

「紫原、ハロウィンは30日だよ。気が早すぎる」

「…んー?」

こてん。と、でかい図体に似合ない可愛らしい仕種で紫原は小首を傾げた。どうやら何を言っているのか、さっぱり解っていないらしい。私は頭を抱えたくなった。

「いやだから、今日はハロウィンじゃないの」

「知ってるよー?」

「は?」

今度はこちらが首を傾げる番だ。しかし紫原の目は完全にこちらを訝しがるもので、まるで私がおかしなことを言っているみたいである。なんとも腑に落ちない。

「だってトリック・オア・トリートって、ハロウィンの日に使うフレーズじゃない」

「へえ、そうなんだー」

「はああ?」

納得、という風に紫原はポンと手を叩いた。いやいやいや。

「ちょっと待て紫原、あんたどういう意味だと思ってたの」

「あー、俺、お菓子いっぱい貰える日に使う言葉かと思ってたー」

その発言に、私はまた頭を抱えることになった。少なくともこいつには、年に何度かお菓子を大量に与えられる日があるということか。
私の思いつく限り、そういうイベントは年に1、2回であると思う。バレンタインと、日本では若干意識されている程度のハロウィン。その位のものだ。じゃあ、彼が「お菓子が沢山貰える日」と認識している今日は、一体何の日だと言うのだ。
益々訳が解らなくなり、ついに掛ける言葉を失った私の後ろから、今日初めて聞く声が割り込んできた。

「紫っちおはよーっス」

明るく颯爽と現れたのは、クラスメイトの黄瀬である。普段教室で、紫原と彼が共に行動することは少ないけれど、同じ部活な為かなかなか仲は良好らしい。私自身黄瀬とあまり親しくはないことと、彼が寄って来ると女子の視線はこちらへと集中するのが相俟って、私は心の中でゲッと悪態をついた。
けれど「うわ、なんスかこれ?!」と、件の山を見て声を上げた黄瀬を見て、こいつは私側だと踏んだので前言は撤回しようと思う。

「これ全部女の子からっスか。紫っちも隅に置けない男っスよねえ。まあいいや、はい。これは俺から!ハッピーバースデー」

最後のフレーズに、私は鈍器で殴られたみたいな衝撃を受けた。ぐりんと勢い良く隣へ顔を向ければ、ありがと〜なんてのんびり返事をしながら、紫原は黄瀬から小さな紙袋を受け取っている。

「あんた誕生日だったの?!」

「え?そうだよー?」

知らなかったの?とでも言いたげな口調に若干のいらつきを覚えた。「言われても無いのに、一々他人の誕生日なんか覚えてる訳ないでしょ」と刺のある言葉を放てば「確かにー。俺も美奈子ちんの誕生日とか知らねーやー」と返ってきた。知っていたら驚愕ものだが、腹が立たなかったと言えば嘘になる。

「それにしても、すごい量っスね」

再び菓子山を見つめる黄瀬は、しみじみそんな感想を述べた。

「毎年こんなになるんスか?」

「ん〜…去年よりは多い、かなあ?」

二人の会話をぼんやり聞きながら、私は頭の中で事を整理した。
つまりは、こういうことであろう。
紫原の誕生日ということで、誰かが彼にお菓子をプレゼントする。紫原がそれを一旦机に置いたのか、誰かがひっそりと机に置いて行ったのか。どちらが発端か解らないけれど、ともかく机に置き去りにされていたお菓子を見て、次にやってきた女の子が前に習って机にお菓子を置いていく。次の子も前の子に習う。そして次の子も…という行程を踏んで、ある程度山が出来上がる。次第にそれがルールでもあるかのように、そっとお菓子が積み上げらるようになって、女の子も自分のプレゼントが埋もれるような真似はしたくないから、上へ上へとここまで高さを増した。という訳である。
それにしても、紫原が学校中から可愛がられているのは知っていたが、ここまでとは。これは、気分としては餌付けなのだろうか。呆れるのを通り越して感心までしてしまう。

想像の域を出ないが、とりあえずこの奇怪な現象の仮定が出来上がった。ひとつ文句を付けるなら、紫原のことを理解しにくいのは、彼の言葉の足りなさが起因しているのだと抗議してやりたい。絶対疲れるから実行はしないが。

「ところで紫っち、他の部員からはなんか貰ったっスか?」

「んーと、去年くれたから、赤ちんはプレゼントくれるんじゃないかなー?あ、そうだ」

のそり、と急に紫原はこちらへと意識を向けた。会話を中断させられた黄瀬も、釣られたようにこちらを見ている。

「美奈子ちんも、なんかお菓子ちょーだい?」

「へっ?!」

「こんだけ貰ってまだせびるんスか?!」

黄瀬ちんうるさーい、なんて言いながら、紫原は犬でも追い払うみたいに黄瀬をしっしっと追いやった。
貰うだけ貰ったらポイって。それはあんまりだろう、と思った。黄瀬が気の毒だ。「酷いっス!」なんて言うその意見は、正しい。

無視を決め込んだのか、もはや視界に入って居ないのか。再びこちらへ向き直った紫原は、大きな手を私の目の前へ差し出して来る。拒否権はないらしい。なんという暴君。

まあ、誕生日だし。少し甘やかすくらいいいか。そう思った私は徐に鞄をまさぐった。問題は、彼の求めるようなお菓子があるかどうかなのだが。

「――あった。」

昨日のお昼休みに友達からわけてもらっていた、小分けの包みのチョコレートが3粒ほど発掘された。貰い物をプレゼントってどうなんだろう。そう思ったけれど、紫原にとって肝心なのは多分「食べれるか否か」というところなので、そこは目をつむることにした。

「はい、これ」

「……」

手の平の上へチョコレートを乗せて、ずいっと彼へ突き出す。喜んで飛びつくものかと思っていたら、一向に動き出す気配がない。

「…いらないの?」

「いるけどー…」

「……?」

むう、と小さくため息でも漏らしそうな勢いの彼に、私は疑問符しか浮かばない。だからあんたは言葉が少な過ぎるんだって、文句あるなら喋れ!
そう思ったのだが、なぜだかスッと、自分でも驚くくらいすんなりと、彼が言わんとしていることが想像出来てしまって。
恐る恐る、私は口を開いた。

「…お誕生日、おめでとう?」

瞬間、パッと花でも咲いたみたいに紫原は明るい表情を浮かべた。ふわふわと柔らかい空気が辺りに流れ出す。

「ありがとー美奈子ちん」

喜々として私の手からチョコレートを受け取った紫原は、早速ひとつの封を開けて口の中へと放り込んだ。
うまー、なんて頬を綻ばす彼に、なんだか気が抜けてしまった。ちょっとだけ、この山を作り上げた女の子たちの気持ちが解ったかも知れない。なかなか、可愛いじゃないの。

隣の席の大男、紫原敦は脱力系で言葉が足りなくて、大分不可解な人物ではあるけれど。
なんだかんだ憎めなくて愛され気質な、そんな奴である。


【あるおかしな日】:紫原
HAPPY BIRTHDAY!

121009

 

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