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「しんちゃん」


そっと名前を呼べば、背中を向けていた彼がゆっくりとこちらを向いた。その姿につい口許が綻ぶ。


「ごはん、出来たよ」

「ああ、今行く」


彼の仕事場近くの、2LDKのアパートの一室に住みはじめてから早一年が経とうとしている。高校の部活動で知り合って、そこから長い交際期間を経て、ようやく去年籍を入れた。

彼と同じバスケ部でマネージャーを勤めていた私は、当時彼ではなく、別の男の子へと淡い恋心を寄せていた。その相手も、同じバスケ部だった。

けれど結局、私の初恋が叶うことはなかった。初恋のその男の子には、既に別の想い人が居たのである。

ひっそりと体育館の裏で泣き崩れていた私を慰めてくれたのが、彼だった。

「――あいつ程とはいかないかもしれないが、必ず幸せにする――」

その日から、私たちのお付き合いは始まったのだ。


張り切って作った夕飯を二人で囲んで、テレビをつければ、最新のスポーツニュース。バスケットの話題だ。吸い寄せられるようにそちらを見れば、画面に映るのは初恋のあの人の姿。秀徳で共に戦っていたあの人は、今、プロのバスケットプレーヤーとして日本中を、時として世界中を騒がせている。
ふいに彼の顔へ視線を向けてみれば、いつにもなく柔らかい笑顔で画面を見つめ続けていた。青春時代、同じコートでプレーしていた仲間だ。きっと、思うところがあるのだろう。


「…すごいね。なんだか、遠くへ行っちゃったみたい」

「…美奈子は」

「ん?」

「美奈子はあいつの元へ居た方が、幸せになれたのだろうか」


珍しく少し不安そうな声でそんな事を言うものだから、少し笑ってしまった。
そっと、お箸を掴んでいるのとは反対の手を、私の両手で包み込む。


「私、今しあわせだよ。生きてきた中で一番しあわせ。あなたの隣だから、そう思えるの。」


ぎゅ、と手を握れば、優しく握り返される。俺もだ、なんて柔らかく紡がれる声が、なんて愛おしい。


「――大好きだよ、信ちゃん」


繋がれた私と彼の左手で、キラリとお揃いのシルバーが煌めいた。


(木村)
121007

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