ところがどっこい、次の日になってもその次の日になっても、嫌がらせなんか一つもやって来なかった。

その代わりと言ってはあれだが、西野空にとっても懐かれた。

今までろくに話したこともなかったのに、最近では事あるごとに話しかけられるようになった。班活動の時間があれば大人しく私の指示に従い、お昼ご飯にも度々誘われ、ペアを組めと授業で言われれば必ず私の元にやってくる。(男女ペアという指定がないときも、だ)

これは何かの罠なんじゃないか、恥をかかされた復讐の機会でも伺ってるんじゃなかろうか。
これが素直な私の見解である。

そうでなくても私は元々人から懐かれるとか、人から甘えられるとかがあまり得意ではないので、気がつけば西野空への嫌悪感は苦手意識に塗り変えられていた。

西野空の声が聞こえると反射的に逃げるという習慣が付いてしまったのも、もはや自然の流れであった。


今回も、それだった。

廊下掃除が終わったあと職員室に呼び出されて、私は他のクラスメイトよりも帰りが遅くなってしまっていた。
案の定戻って来たら教室には誰もいなくて、箒を片付けてさっさと帰ろうと思ったところで、廊下から西野空の声が聞こえたのだ。

誰も居ない教室に一人とか、間違いなく絡まれる。

だから私は、姿を隠したいがために、思わず目の前にあった掃除用具入れに飛び込んでしまったのだ。


サッカー部の面々は適当な椅子に座りながら、だらだらと雑談を続けているようだった。
時間からしてもう部活は始まっている頃だから、今日は定休日なんだろうか。
部活ないなら早く帰れよもう!

そんな思いも虚しく、彼等は延々と軽口をたたき合っている。


「そういや西野空さ、最近あの子にべったりじゃん。」

「笹木のことお?」

「そうそうそれ。大人しそうじゃんあいつ、組み合わせ意外すぎ。なんか狙いでもあんのか?」


誰かが私の名前を口にしたのが聞こえて、ひっそりと聞き耳を立てた。
この流れはもしや、西野空の思惑を人知れず聞き出せるいい機会じゃないか。誰だか知らんがよくやったサッカー部員。


「何、あいつ実は金持ち、とか?遊びに調度良いとか?」

「やめろよそういうのお。僕はただふつーに笹木が好きなだけなんだからあ。」

「…えっ、まじなの?」


お前が好きな芸能人に誰も似てねえじゃん、あの子とかあの子とか。ときらびやかで可愛らしい顔をした有名人がつらつらと並べ上がっていく。おい私との比較対象にそんな人々連れ出してくんな。
まじだよお、と西野空のふて腐れた声が響く。西野空の間延びした言い方は全然まじには聞こえない。


「…僕さあ、女女した女子ってだあいっ嫌いなんだよねえ」


西野空が至極真面目そうに、いきなり語り出した。
何時にもなく真剣な雰囲気に、他の男子は口をつぐむ。


「ひとりだと弱くてビクビクしてるだけの癖してさあ、集団になるとコソコソ陰口しだしたり、いきなり勢い付いちゃって怒鳴りに来たりするしい。そのくせ言い返せばすぐ泣くしい。」


どうやらこの間の掃除騒動は、西野空の中の女子嫌いを大いに煽った出来事だったらしい。


「僕こないだ笹木に怒鳴られたんだけどお、その前に僕が女子に手出しちゃったからその仕返しかと思ったんだよねえ。でも途中から個人的に言いたいこと僕にぶつけてるだけだったから、なんか拍子抜けしちゃったんだあ。」


あれは三分の一くらい悪かったと思っている。今まで「うるさい男子」に溜め込んできた不平不満を、西野空ひとりにぶつけてしまった節があったのだ。
その件については一応西野空にも謝った筈なのだが「そうなんだあ」でその時は片付けられた。


「最初はなんだこいつうって思ったんだけど、女子にまで怒鳴ってるし、あーこいつ男女で区別してるんじゃなくて僕に向けて文句言いに来てるんだなって思ったらあ、なんか言われてることすんなり受け入れられたんだよねえ。なんか、こう―…」


そこで彼は口をつぐんだ。珍しく言葉を選んでいるようだった。


「こう、はっきり言ってる姿に、キュンとしたんだあ」


一瞬の間の後、残りのサッカー部員は今まで溜め込んだものを吐き出すみたいに大いに笑い出した。
私も許されるなら大笑いしてやりたかった。
だってあの西野空が「キュン」とか言ってるんだよ面白過ぎるわ。

けれどそれよりも、今まで感じたことの無いくらい大きく跳ね上がる心臓で手一杯で、私はそれどころじゃなかった。下手したら口から出てしまいそうな程だ。
手の平は震えて、足にも上手く力が入らない。緊張なのか驚きなのか、急な事で上手く息も吸えない。普段どうやって呼吸してるんだっけ。

その時だ、ずっと変な体制をしていたお陰で痺れが限界だった腰がバランスを崩して、支えを失った私は思わず左手側の扉に手を付いてしまった。
ろくな鍵も付いていない扉は簡単に外側へと開いてしまい、私の身体は宙へと浮いた。目の前には眩しい外の光りが広がっていく。

いくつもの箒と埃を纏って落ちるさなか、私ははっきりとこう思っていた。もうどうにでもなれ。


【聞くつもりはなかったんです】:西野空

120705



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