※偽造向坂


猫の耳みたいに跳ね上がった濃い灰色の髪の毛が、窓から入ってきたお昼の温かい風にさらさらと揺れていた。
大きなサップグリーンの瞳は、おねむなのか何度もパチパチと瞬きを繰り返している。
私の左ななめ前の窓際の席に座る彼、向坂くんは、まるで本当に猫みたいな男の子である。
彼自身小さい方ではないのだが、動作ひとつひとつが愛らしく、見ているこちらの心をくすぐってくる。
誘われる眠気に負けたのか、顔を両腕に埋めて肩を上下に揺らし始めた姿なんかは、悶えるくらいに可愛らしい。
こうして、ちらりちらりと気づかれないようにさりげなく交わることのない視線を彼の背中に送ることが日課となってきていた。

私は、向坂悟くんに恋をしている。



***

「ねぇねぇ、サッカー部で誰が好み?」


授業がおわり部活がある人は急いでクラスを飛び出して行き、掃除も終わった放課後の教室。

私のような帰宅部や放課後特に用事のない女の子数人で、所詮ガールズトークを繰り広げていた。

雷門の花形部活であるサッカー部の話題が出るのは、定番中の定番である。


「私はやっぱり神童くんかなー」

「ああやっぱり?王道だよねー。
霧野くんも良くない?」

「南沢先輩もかっこいいよねー!」

頬をピンクに染めながら、キャピキャピと話に花を咲かす彼女達はかわいらしい。
あまり他クラスや先輩に詳しくない私でも知っているような学校の有名人がつらつらと並べられていく。

「ねぇ、美奈子ちゃんは誰がタイプ?」

「えっ」

唐突に話題を振られ、少しどもってしまった。
「私もその辺りかなぁ」
なんて当たり障りのない返事を返してごまかすと
「やっぱそうだよねぇ」
とうんうん頷いてくれた。

よかった。不審に思われてはいないらしい。


「あーあ、うちのクラスにもサッカー部いればなぁ。」

そしたら毎日授業も掃除も楽しくなるのにねー、なんて皆がため息を漏らして笑う。
あれ?

「向坂くん、サッカー部だよね?」

皆笑うのをぴたりとやめて、視線は一気に私に注がれることとなった。
しまった、やってしまったかもしれない。
これはもしかしたら意識しているのがバレてしまったかも。
背中が冷えてツーと汗が伝うのがわかった。

確信を突かれたらなんて返したら良いかと必死に答えを脳内で模索していると、
みんながどっ、と吹き出した。

「向坂は、ねぇ?」

「うん、ないない。」

「白ユニのチームだしねぇ」

彼女達に言わせるとこう、らしい。

白ユニの向坂くんは、
黄ユニの神童くんたちのチームほどサッカーは上手くない。
性格も悪くはないが、別段目立ってお人よしというほどでもない。
気も強くないけれど、速水くんほど弱々しいわけでない。
頭だって特別良くも悪くもない。

平たく言えばつまり「特徴がない。」らしい。

「まぁ顔はちょっと良いかな、って思うけどね。」
と誰かが口にすると、皆カラカラと笑っていた。

自分の気持ちがバレてしまったわけではなかったことと、
このメンバー内にライバルが居なかったことへの安心感を感じつつ、

同時になんだかとてもしょっぱい気持ちになってしまって、私は口の中で発し損ねた言葉をもごもごと転がした。


***


昇降口を出てみると日はすっかり暮れていて、辺りは薄暗くなっていた。
帰路に付くため、ぼんやりと藍色に染まったバス停までの道を歩く。

結局あの後もガールズトークは花を咲かし続け、
教室の電灯の明るさが目立って来た頃に、戸締まりに来た先生に見つかって教室から追い出されてしまった。

女の子の楽しいおしゃべり会は話題が尽きることもなく延々と続いていくから、もし先生が居なかったら私は間違いなく終バスすら逃すはめなっていただろう。
そう思うと少しばかり背筋が凍るような気持ちになる。
けれど、すごく、楽しかった。
ひっきりなしに笑い続けたせいで頬が微かに熱い。

涼しくなった風が横を抜けていくのが心地好かった。けれど小さく虫が鳴いているこの道をひとりで歩くのは、少し物寂しい。


バス停を見るとひょろりとした人影が一本、ぼんやりと浮かび上がっている。
雷門には元々バス利用者がほとほと少ないから、
誰かと帰り道が被るなんてことは本当にめずらしい。
こんな時間ならなおさらだ。

バス停まであと20歩くらいのところで、シルエットが段々とはっきりしてきた。
どうやら男の子みたいだ。

こんな時間に帰宅だなんてずいぶん部活熱心な子だなぁ、なんて思い、ちらりと視線を向けてみるとカチリと目が合ってしまった。


(向坂、くん…!)


バス停の彼はなんと向坂くんだった。
目の前を通り抜ける車のライトを反射して、サップグリーンの瞳はキラリと光る。
途端に恥ずかしくなって、私は足元へと視線をずらした。

向坂くんと1、2歩分の距離を取って、彼の右ななめ後ろで足を止める。
教室と同じような位置のはずなのに、今は彼の背中を拝めそうにはない。
頬が再び熱を帯びていくのを感じて、更に恥ずかしくなった。


「笹木さん、さ。」

「…えっ」

名前を呼ばれた事にびっくりして、勢いよく顔を上げる。
再び見上げた向坂くんは、体ごとこちらを向いていて「いきなりごめんね。」とへらりと笑った。

「笹木さんさ、朝よくバス被るよね」

「知って、たんだ?」

「そりゃあ知ってるよ」

教室だって席近いでしょ、と向坂くんはまた笑う。
彼がろくに会話もしたことのない私を知っていた、だとか
今彼と一対でおしゃべりが続いているだとか、
嬉しすぎて目が回ったようにクラクラして、どうにかなってしまいそうだった。
心臓が強くせわしなく波打っているのがわかって、彼に気づかれてしまうのではないかと心配になり上から両手でぎゅっと押さえる。

「野暮なこと聞いてごめん、笹木さんて神童好きって本当?」

「…へ?」


向坂くんの口から言った覚えもないような、とんでもない言葉が聞こえてぽかんとしてしまった。
「いや違うよ!ちがうから!」と一間置いてから手をぶんぶん振って必死に否定の意を繰り返すと、
「あ、やっぱ言いづらいよね、ごめん」だなんて言われてしまった。絶対誤解は解けていない。
よりにもよってどうして好きな人にそんなあらぬ誤解をされなければならないのか。必死に否定を繰り返す。

「本当に、ちがうの!」

「え、でもさっき…あっ」

「さっき?」

しまった。と言った顔をして向坂くんは口元を押さえ目線を反らす。
じっと見つめると観念したみたいに苦笑して「さっきね、」と話し始めてくれた。

「青山が、教室にタオル取りに行ってさ」

「青山くん?て隣のクラスの白ユニの?」

「そうそう、セカンドの」


そのときにうちのクラスからの会話が聞こえたらしくて。と言われサッと顔が青ざめるのを感じた。
放課後女子会はストッパーやオブラートなんてものは一切なく、本人たちが居ないのを良いことにずけずけと踏み入った噂話を繰り返した。
噂された当人たちからしてみれば、随分と嫌な気持ちにさせてしまったことだろう。
「ごめん、ね…青山くん怒ったよね…」
というと向坂くんからは苦笑を返されただけだった。ああ、やってしまった。

「えっと、それで笹木さんが神童の話題出た辺りで頷いてたって聞いたから、」

そうなのかなって、と言われてきょとんとする。
そんな返事したっけなぁ、と思い思考を巡らすが、生憎これっぽっちも覚えがなかった。

「ごめんね覚えてないや…
たぶん、適当に打った相槌か何かだと思う…」

「え、本当にそうなんだ?」

「うん、本当にちがうよ。」

そっか、なんて言いながら向坂くんは何か考え事を始めたようだった。

「それにしても、青山くんが私知ってただなんてびっくりしたな。」

クラスも違うしてんで接点もないような私のことをなんで知ってるんだろう。と今更ながら疑問が浮かぶ。
「えっ。…と、知り合いじゃなかったんだ?」

「うん。クラスちがうし、しゃべったこともないよ。」

てっきり友達なんだと思ってたよ。
と、向坂くんが少し早口で喋り終えたのとバスの到着とはほぼ同時だった。





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