※悲恋



ごめん。


澄んだボーイソプラノが辺りに響き渡る。

空はどこまでも鉛色が広がっていて、重たい雲は今にも落ちてしまいそうだった。手を伸ばせば届きそうである。

太陽の光は厚い壁に阻まれて、辺りは靄がかかったように白っぽく薄暗い。

そんなホワイトカラーの広がる世界で、鮮やかなナイルブルーの瞳はよく映えた。
潤む膜を薄く張ったそれはきらきらと宝石みたいに瞬く。あまりに綺麗で、吸い込まれるみたいに目を逸らすことができない。

私の頭の中では、彼の言葉がこだまのように反芻してぼわんと幾度も響き渡る。

ごめん。

たった一言、それだけの言葉で私たちの間の何かは、簡単にぷつりと断ち切られてしまった。
別れの意味を含んだそれを、私はうまく飲み込むことができない。
近くで鐘の音が響くように、私の頭はズクズクと痛んで意識がくらりとする。
考えることすべてを、止めてしまいたかった。

冷えきった風が私たちの間を通り抜る。ザワリと木々が騒いで、海松色をした木の影が柳のようにぐにゃりとしなった。
騒ぐ風の音が、私たちの沈黙をよりいっそう際立たせる。

何か、返したい。この息を吸うのもままならないすき間を断ち切りたい。けれど言葉が喉に引っ掛かってしまって、うまく声を発することはできなかった。

逃げるように目をそらせて、やり場のなくなった視点を彼の右手辺りへ向ける。すると彼のきつく結ばれた右手の平に更に強く爪が食い込むのが目に入った。
彼が果たしてどう受け取ったのかはわからないけれど、余裕なく吸い込んだ呼吸の音が耳に留まる。

私が再び顔を上げたことを合図に、彼はまた重々しく口を開いた。


「本当に、ごめ、」

「もう謝らないで」


思ったよりもきつく、強い声で、私は彼の言葉を遮る。
彼は言葉を続けることを止めて、ゆっくりと口を閉じた。
私は捕らえるように、真っすぐ彼のナイルブルーの瞳を見つめる。


「これ以上、私をみじめにしないで」


鼻の奥がツンと痺れた。自分で落とした言葉の筈が、結構堪えてしまった。
開いているのが億劫なくらいに、瞼が重く感じる。

それは彼も同じであったようで、大きくて形のいい瞳が半分くらいに閉じられてみえた。
ミルクみたいな色の瞼が、目尻が、淡く薄紅に染まっている。

お腹から喉へ競り上がる嗚咽を飲み込んで、私は無理矢理繕った声を口にする。


「男の人なんて、まだまだいっぱいいるし」

「うん」

「蘭丸くんよりもやさしい人みつけるし」

「うん」

「蘭丸くんよりもかわいい人みつけるし」

「ふは、嫌味」

「蘭丸くんよりも、」


歯がカタカタ小刻みに音を出す。ぎゅっと食いしばり、渇いた口の奥に溜まった唾を飲み込んで私は最後の言葉を整えた。


「蘭丸くんよりも、私を好きになってくれる人、みつけるし」


初めて男の子と、蘭丸くんと付き合ったとき、私は自分の中の何かが変わってしまうような気がして恐かった。
けれど自分も、周りも、何もかも、特に姿を変えたものなどなかった。
彼氏が出来た。ただそれが自分にくっついただけで、私は私で、毎日は普通に平凡に時間を刻んで進んでいく。

きっと、別れも同じようなものだ。
明日は普通にやってきて、普通に時間は回って、学校もある。授業を受けて、友達もいて。ご飯もたべるし、くだらない話でお腹がいたくなるくらいに笑い転げられる。
くっついていたものが取れて、ただ元に戻るだけ。

なのになんで、心はぽっかり穴が空いたみたいに切なくなるのだろうか。


ふいに、辺りがぼんやりと霞んで見える。頬が濡れて、吹き付ける風も冷たい。

そういえば、さっきから腕も、髪も、肩も冷たい気がしていた。
いつの間に雨は降り始めていたのだろう。

頬を流れる水は熱かったり冷たかったりとなんだか忙しない。
輪郭がぼけた視界のピンク色は空の白と混ざって溶けてしまったみたいだった。

開くタイミングを失った右手のビニール傘を、重たい雫が這うように滑り落ちていく。


【雨】:霧野
120130



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