雲ひとつない鮮やかなブルースカイ。
ポカポカの柔らかい光が、桜の木に生い茂る緑の葉の間をくぐりぬけて、身体にやさしく影を落とす。

心地好い陽気につい自然と瞼が落ちてきてしまう、5月のとある日。


こんなお昼寝日和を逃す手はない、そう思って教室移動を装い雷門中校舎を抜け出し
所詮おさぼりをしている只今午前10時そこそこ。
ちなみに本来は数学のお時間。

数字の羅列なんてどうせ眠気の促進剤になるだけなので、サッカー棟の裏でひっそりとお昼寝準備の真っ最中なのである。
最近みつけた秘密のお昼寝スポット。校舎からも離れていて且つ、校庭からも完全な死角。だから誰にもジャマされない、すばらしすぎる安息地。

ちょっと重かったけど、枕代わりに辞書と若干厚めだかサイズの小さい教科書をアイピローにして、いざおやすみなさい。
木陰の落ちるコンクリートの上は心地好い温度にあったまっていて、横になればすぐに瞼が重くなる。おやすみ三秒よろしく、夢の世界へ落ちていったのだった。




どのくらい寝ていたのだろうか、夢と現実の境で頭の中がふわふわしていて時間もよくわからない。
薄く瞼を開けてみても、眠る前に教科書で視界を遮っていたので目の前は真っ暗だった。一瞬、寝過ごして夜になってしまったのかと焦ったけれど、空気がまだ暖かいということはそこまで時間は経っていないみたいだ。と一安心。

寝起きではっきりしない頭だったが、ふと、人の気配を感じた。
人の気配で起きるなんてなんだか野性の動物ちっく。なんてちょっとおかしく思ってみたり。
誰かがこちらに近づいてきている気がする。あぁ見付かってしまったようだ。先生だったら困ったなあ
そう頭では思うのだが、身体はまだ夢の世界へおいてけぼりになっているらしく、指一本すら動かせそうにない。
それどころか雲に身体を沈めるみたいに、再びふわふわと意識が落ちていきそうになる。

じゃりじゃりと小さな砂が踏まれてぶつかり合う音がする。
そしてそれは段々と大きくなって、コンクリートの段差を上る音に変わった。

タン、タン、タン。

軽いリズムを刻んで足音は、私の耳の横辺りでぴたりと止んだ。

きっとこれは起こされる。
これから肩へ訪れるであろう衝撃を予期して、小さく身体を強張らせた。


…しかしいつまで経っても構えていた衝撃はやって来ない。
けれど私の横のダレかが居なくなった様子もない。

静かに隣に居座り続けるこの人は一体何なのだろうか。
相手のわからないこんなに気味が悪い事態だというのに、不思議と怖いという気持ちが生まれない。
半分寝ているような物だから危機感知能力が薄れているのかもしれない。
実は今これは夢なのではないかとも思っている位だ。そのくらい、曖昧な思考。

意識が本格的に落ちはじめる寸前になって、見えない相手は唐突にしゃがみ込んだ。
実際見たわけではないので、そんな気がするだけ。
けれど確かに距離が近くなった。
自分じゃない、他の人の匂いがする。

嫌いな匂いではなかった。
視界の情報が欠けているせいか、いつもより随分と鼻が敏感になっているみたいだ。
ひなたぼっこした小猫みたいな香が、少し強めの香水にくるまれている。
大人びた甘い匂いで隠された、幼さの残る匂い。
暖かい空気に運ばれてふわふわと自然に存在を主張している。

なんだか見知らぬ小猫に懐かれたような気持ちになっていた。
頭でも撫でてあげたい気分である。
でも、もう夢に意識が持って行かれそうだ。
瞼もぴったりとくっついてしまい、私の思考は凍らせたみたいにぴたっと止まってしまった。

その時、匂いが濃くなった。
ふわっと唇に、マシュマロをくっつけたみたいな感触がする。
でもそれはとても熱くて、甘い味がした。
キャンディが無くなったあとみたいな微かな甘さだった。
お菓子でも食べる夢を見ているのかもしれない、と思ったが
唇に感じる熱が妙にリアルで、多分現実なのだろう、と遠くで感じた。

ちゅっと軽く唇を吸った音がする。
飴でも舐めるみたいに上唇を舌が這って、熱は離れていく
そこでぷつん、と意識の糸は途切れた。



++++++++


「なんてことがあったのだよ、
三国くん。」

箒片手に教室掃除に勤しむ三国にそう告げると、呆れたような目でこっちを見てきた。

日も大分傾いて、鮮やかなオレンジ色に教室が染め上がる。
クラスメートの居なくなった放課後の教室を、三国と二人で掃除と掲示物張替え作業をだらだらと進めていた。
正確に言うと私がだらだらと進めていた。
三国は部活に早く行きたいが為に、キチンと手際よく仕事をこなしている。

結局あの後再び寝コケて、お昼休みに何事もなかったようにいそいそと教室に戻って来た私は、待ち伏せしていた担任に見事に捕まってしまった。
ダムが崩壊したみたいにぎゃんぎゃんまくし立てられた挙げ句、教室掃除と掲示物張替えなんて雑用まで押し付けられてしまったのだ。全くなんてことだ。


「…お前はうちのサッカー棟でなにしてるんだ」

溜息を漏らしながらも三国は正確に埃をかき集めていく。
突然私がけしかけたジャンケンに不運にも負けた彼は、教室掃除のメンバーに見事に組み込まれてしまったのだ。
ジャンケンに負けたからといって掃除の役目を請け負う必要なんてどこにもないのに、
しぶしぶ了承する辺り心優しいと言うかお人よしというか。
ともかく損な性格だなぁと思う。
お陰で大いに助かっているわけだけども。

「ニ単限もサボって昼寝してたことまではわかった。
で、結局何があったんだ?」

「簡潔に言うとね、」

誰かにちゅーされた。

三国が盛大にむせた。
あ、汚い。

「大丈夫かい三国くん。」
「あ、すまない。
、じゃなくてだな」
背中をトントンと叩いてあげると、振り向いた三国に肩をがしりと捕まれた。
勢い良すぎてちょっと痛い。

「笹木それは、その、それだけだったんだな?
他には何もされていないんだな?」

「え、うん?
一回ちゅーってされただけだよ。」

そう答えると三国は今日何度目かわからない、しかし本日で一番長い溜息を盛大に吐き出した。
なんだか魂までひょろりと出てきそうな溜息だ。
サッカー部は大変らしいし、疲労でも貯まっているのかもしれない。

「疲れてるなら早く寝た方がいいよ三国?」

「誰のせいだ誰の!」

お前は無防備すぎるんだ、だとか不審者だったらどうするんだ云々うーだらあーだら、
なんだか三国の何かに火を付けてしまったらしい。
この顔にまくし立てられると迫力が違うなぁ。
何か、イタズラして叱られてる気分。
君は私のお父さんか。

「うん、三国は娘思いの
いいお父さんになれると思うよ。」

「笹木お前人の話を聞…はぁ、
…笹木が娘だったら寿命が大幅に縮みそうだな。」


もういいと言わんばかりに言葉を打ち切り
三国は床に転がっていた箒を拾いあげて坦々と掃除を再開した。

私も掲示用のプリントを張り付けようと
画鋲の入った小さな瓶を手に持つ。

しかしこの瓶、蓋が固い。
上へ上へ渾身の力でひっぱってみるが、一向に開く気配が見えない。

「ねぇ怪力って三国だよね?」

「お前は俺に喧嘩を売っているのか?」

あーけーて?と可愛らしく媚びてくねくねお願いしてみると、
しぶしぶと言った感じで三国は画鋲の瓶を受け取った。
うん、やっぱり三国お父さんぽい。

「…っ、あれ、」

開かないな。
三国は大きな手で瓶の蓋を握り締め二、三度引っ張った。
手の甲には太い血管がはち切れそうな位くっきりと浮かんでいる。
しかし瓶はやはり開く気配を見せない。

このガチムチ三国で開かないだなんて…、この瓶実は開いたことがないんじゃないだろうか。
絶望的である。
これでは一向に作業が進まない。
終わらない。
つまり帰れない…

せっかく取り戻したやる気を全て削ぎ落とされ、がっくりと肩をおとしているとガラララッと教室の後方の扉が開いた。



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