パチン、パチン。
夕日色に染まった放課後の教室で、俺と彼女は目の前に積み上げられた紙の束をただひたすら、端で一つに纏めていた。
言葉を交わすこともなく、ただ黙々と作業だけが続いていく。
息を吸い込む音すら何かのきっかけになってしまいそうで、意識をしてしまうと呼吸すらままならなくなっていた。
整然とした静寂が、俺達の間を漂っている。
この重苦しい沈黙は、数ヶ月前までは存在しない筈のものだった。
向かいでホチキスを黙々と動かし続ける、暖かかった小さな手が、今はとても遠いものに感じてしまう。
次々と留められていく針の端と端の僅かな距離がどうにももどかしくて、俺はやるせない思いを押し込むようにそっと瞼を伏せた。
「…ねえ。」
ガチャン。
唐突に響いた彼女の声は妙に懐かしくて、驚きのあまり針が紙を噛んでしまう。
格好悪くも片端が紙の裏に届かず、変な形に歪んでしまった。
恐る恐る目線だけを彼女へ向けてみると、何かを決め込んだような、どこかすっきりとしたような強い瞳でまっすぐにこちらを見つめてくる。
澄んだセピア色は薄く夕日色を反射させて、キラキラと宝石みたいだった。
なんだか見ていられなくなって、俺は咄嗟に視線を手元へと戻す。
蘭丸くんの目は宝石みたいで眩しいね。
そう言いながら頬を染めて、片手で数えられるくらいしか視線が交わらなかったのはいつのことだっただろうか。
あんなにも恋しくて、どうにかしてでもこちらを向いて欲しかった眼差しが目の前にあるのに、今は何故これ程までに恐ろしく感じているのだろう。
きっと、交わったときが終わりの合図であることをどこかできちんと理解しているからなのだ。
どこで、変わってしまったのだろう。
これからこぼれ落ちるであろう彼女の言葉を想像して、俺はおなかに溜まった気持ち分、小さく小さく息を吐き出した。
きっと、元に戻るものなど何もないのだ。
手元に残ってしまった二つの小さな跡を指で塞ぐようにして、俺はゆっくりと顔を上げた。
【ホチキス】:霧野
111030