目の前に広がる小さな背中に俺はそっと手を伸ばした。
指を広げると小さな花びらのように一枚、付箋がこぼれ落ちる。
彼女の背中に止まった蛍光色は落ち着いた紺色のセーターによく映えた。
触れないようにそうっと手を引いてみるが、彼女に感づく様子はない。
俺は心の中で密かに微笑んだ。
授業中の小さな日課。
俺はもう一枚、とカラフルな付箋の入った透明なケースへと手を伸ばす。
このまま続けていけば彼女は俺のイタズラに気がついて、いつものようにこちらを睨みつけてくるだろう。
(ちょっと、狩屋!)
授業を黙々と続ける教師をちらちらと気にかけながら、掠れるほどに小さな声で俺の名前を呼ぶ彼女を見るのはたまらなく楽しかった。
板書の手を止めて教師がこちらを振り向く際に、悔しそうに唇を噛みながら前へと向き直す姿も、どうしようもなく気分が良い。
そんな様子を想像すると、笑いが込み上げてくる。
口許がにやけてしまい、慌てて手で覆い隠した。
こんなにも下らない、あの子からしてみれば迷惑なだけの行為なのだけれど、素直でない俺の、唯一の彼女との接点だった。
ふと手元へ視線を戻すと、ケースにはピンク色の付箋だけが残っていた。
気づかぬうちに避けていたという事実に驚かされてしまう。
ふいにそれを一枚剥がして、俺は徐に手近に在ったシャーペンを取った。
俺の拙い、けれど出来るだけ丁寧な字で初めて素直に思いを綴ってみる。
きっとこの小さな手紙も、背中に張り付いた他の色に紛れてごみ箱へと放られてしまうのだろう。
それでいいと、そう思った。
俺は震える手を押さえるようにして、もう一度目の前の背中へと手を伸ばした。
【小さなラブレター】:狩屋
111024