ずり、ずり。

付き添おうか?言ってくれた友人の親切が申し訳なくて、私は大丈夫だよ笑顔を取り繕う。気を使わせないように、それとなく保健室へと歩きだした。
最初はなんでもないみたいにふつうの歩き方を心掛けたが、擦りむいて少しえぐれた膝はあまりうまく曲がらない。
錆びたようにギチギチと固まった傷口は無理矢理曲げると鈍い痛みが骨に響く。クラスメートたちが試合を再開したのを横目で確認した後、私はこっそりと歩くのやめて右足を引きずり始めた。

ずりずり、ずり。

振り返って見れば、私の歩いた後は蛇が這ったみたいな一本道が出来上がっている。
少し遠くで聞こえる小さくなった皆の声が知らない人のものみたいで、私だけおいてけぼりみたいだな、なんて思った。

じわり。石にでも引っ掛けてしまったのか、滲んでくる血は止まりそうにない。膝は段々と赤黒く変色してきて、私の中の黒いものが一緒に滲み出て来ているみたいだった。

このまま、胸に溜まったどろどろも汚い渦も、全部ぜんぶ流れ出てしまえばいいのに。

走るのを急に止めために吹き出た汗が全身に纏わり付いていて、前から吹き付ける風がやけに涼しく感じる。
膝から小さな川になって下へと流れた赤は靴下に染み込んでしまい、なんだか右足だけ妙に冷たい。

こんなにも体中が涼しく感じているのに、瞼だけが重たくて熱かった。
朝から涙はずっと堪えていたのに、痛みでそのブレーキが緩んでしまったみたいだ。私が泣くなんて、まちがってる。
それでも視界は段々と潤って、だめだだめだと首を振り涙を無理やり押し込んだ。
ごちゃごちゃの気持ちをせき止めるように、私はぎゅっと手の平いっぱい力をいれて、ハーフパンツの裾をにぎりしめる。
くしゃくしゃに寄った布は、なんだか険しく見えた。


すると突然、力を入れた指がやんわりと解けさせられて、やさしく右腕を引かれる。

びっくりして、硝子細工でも扱うようにそっと腕を掴んでくる手を辿っていく。すると、恋い焦がれていた蘭丸くんが心配そうにこちらを見下ろしていた。


「大丈夫か?」

「え…なんで、蘭丸くん授業は…?」

「足引きずってるのが見えたから、適当に抜けてきた」

何でもないみたいに蘭丸くんはふわりと笑う。けれど今日は、男子もサッカーの授業ではなかっただろうか。

「大丈夫、大丈夫だから蘭丸くん。サッカーでしょ?たのしみにしてたよね、戻ってサッカーしてきて」

「サッカーなんていつでもできるさ」

今はこっちのが大事だろう?安心させるように笑って、私に負担が掛からないように支えてくれる蘭丸くんに胸が裂けそうになる。
なんで、朝あんなに酷いことを言った私にこんなにやさしくしてくれるのだろう。
頑張ってせき止めていた涙は、力を抜いたと同時に脆くもボロボロと溢れ出してしまった。

「泣くほど痛いのか?!少し急ごう、すぐに水で洗おう。」

「ちがう、ちがうの蘭丸くん。」

ジャージの裾を引っ張って、その場で止まってくれるように促す。少し焦った表情の蘭丸くんをまっすぐにみつめた。


「朝、酷いこといっぱい言って、ごめんなさい…っ」

本当はもっといっぱい謝りたいことがあったのに、湧き出てくる嗚咽のせいでうまく舌が回らない。


「ばかだなぁ、そんなの気にしてないさ。」

「あのねほんとは、蘭丸くんの隣歩くの、だいすき」

「…!」

「けど、私かわいくないから、蘭丸くんの隣歩くの似合わないなって思って、蘭丸くんに守ってもらうの、まちがってるなって思って…」

「美奈子。それはちがう」


両肩に優しく手を置かれて、まっすぐに見つめられる。宝石みたいな猫目は、キラキラと太陽が反射して星屑が詰まっているみたいに綺麗だった。


「美奈子はかわいいよ。けど、こういう言い方ムカつくかもしれないけど、俺はこんな目立つ見た目してるから、どうしても周りの目に入ってしまうんだと思う。」


けどな、そう続ける蘭丸くんの凜とした瞳は、ひとりの男の子の目だった。


「けどな、これでも俺、守ってるつもりなんだ。」

「…え?」

「並んで少し前に立てば、どうしても先に俺が目に入る。そうすれば、美奈子は変な奴に絡まれないで済むから。」


男として情けないやり方かもだけどな、困ったように蘭丸くんは笑う。


「ただ俺が、他の男に美奈子に近づいて欲しくないってだけの勝手な自己満足なんだ。だから、守られるべきじゃないとか、そういうのとは違うから」


でも今まで嫌な気持ちにさせてたならごめんな、そう言われて私は否定の意を込めて何度も首を横に振る。

「いつも、蘭丸くんが優しく守ってくれるのわかってた。ほんとにいつもうれしかったの…。もう、並んでくれないかなって思ってた。」

「ばかだなあ、嫌がったって並んで隣歩くよ」


ばか、なんて言葉でさえ優しい蘭丸くんの笑顔はキラキラとまぶしい。

この膝の真っ黒なかさぶたが取れる頃には、私の灰色の濁った気持ちも一緒に剥がれて、少しでもかわいい女の子になれたらいいな。



【となりのアジール】:霧野
110825



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